「混沌のとん」編

とん編① 勝利のち暗雲


『しょ、賞品は、この私、御門 一紗とのを、です! これで勘弁して……いいえ、しなさーい!』

(勘弁いたします! させていただきますとも!)


 怒りと羞恥で茹で上がった一紗の顔が、晴吉の脳裏いっぱいに蘇る。

 あの熱気と混沌が渦巻いたクイズ大会からもう一週間が経っているのに、その光景ははまだ鮮明だった。


 結果だけ言えば、クイズ大会は晴吉の勝利で終わった。

 ただし、彼とこつの点数は僅差きんさ、それ以外の参加者も彼らに数問分及ばないだけの大接戦。

加えて、出題者が芦屋から一紗に替わったことも、彼らの熱い勝負にはよい燃料となった。

賞品——それも自分に関わる何かを渡さなければならない空気の中、しどろもどろになりながら問題を読み上げる彼女の姿は、全校生徒の記憶に深く刻まれた。


 一方で、悪かった彼女と晴吉の評判は落ち着きを見せ、すれ違う生徒に揶揄われることはあっても、陰口を叩かれることはほとんどなくなった。

 だから今日も、彼は気持ちよく駅から学校への通学路を歩くことができている。

 ただしその割に、彼の足取りは少し重かった。

 なぜなら……


「すまないな、晴吉。こうも人気が多いとは知らず……目の裏がまだシバシバしているぞ」


 そう言って彼に手を引かれているのは、『四凶』のリーダー的存在『とん』。

 その銀髪で目元を隠し、晴吉を見下ろす細身かつ長身の美女だ。

 普段は晴吉の母、葛乃が若い頃着ていた古着を好んで着ており、今日もペイルブルーのワンピースの腰元を紺色のリボンで結わえていた。


「いえいえ、とん様——じゃなかった、とんさん。俺、こういうのは婆ちゃんで慣れてるんで、全然問題ないですよ」

「ふむ、確かにお前の家にはいたるところにがあったな。それに時折、ヨシが『おっとっと』と言うのが聞こえた」

「そ、そんなことが……その、婆ちゃんは大丈夫でしたか?」

「ああ、段差で少し躓いただけだ。現に、いつもひょこひょこと歩いて、お前が帰って来るのを迎えてくれるだろう?」

「そう、でしたね……よかった」


 ふうと晴吉が息をつく。

 幼少期から両親が共働きなこともあって、晴吉は祖母であるヨシに面倒を見てもらっていた。

 今の彼の半分は、ヨシによって作り出されたと言っても過言ではない。

 だからこそ、全盲で全ろうのとんにも、何の抵抗もなく接することができていた。


「ということはボク……いや私は、お前の中でヨシと同じというわけか……かしらね。じゃあ、お前のその献身に存分に甘えようかな?」

「な、慣れるまで! 慣れるまでですよ?」


 晴吉が、わざわざ身体を低くして耳元で囁こうとするとんをたしなめる。


「フフ、わかった……わ。何より、甘えすぎるとが移ってしまうしねえ。それは私の望むところじゃあない」

「——!」


 晴吉がドキリとして、とんの方を見やる。

 彼女は前髪から白い瞳孔を覗かせて、微笑むばかりだった。


 彼女の力『混沌こんとん』は、対象を絞ることこそできないものの、その範囲は街ひとつを優に超える。

 その気になれば街を反理想郷ディストピアに変え、そこからまた別の街へ滅びを拡散することすらできる程だ。


 しかし、彼(彼女)が今の姿になってからは、その力の行使は鳴りを潜めている。

 それが何を思ってのことかは、他の四凶はもちろん、契約者である晴吉にも読めなかった。

「今日はいよいよ、かの一紗嬢と話をする……のよね? どんな話をするつもりだ……なの?」


 先程から、わざとらしく変えられる彼女の口調。

 これにも何らかの意図があるのかもしれない。

 しかし、まだ人として未熟な晴吉の口は、


「そ、そうですね。えっと……」


 と、たどたどしく誤魔化ごまかすことしかできなかった。

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