挑戦③ 狂気の運試し

「や、やっと、着いたぁ……」


 晴吉が最後の石階段を上り切ると、鳥居とりいの柱部分にもたれかかった。

 彼の周囲を覆っていた霧はすっかり晴れていたが、今度は逆に日が落ちて暗くなっていた。

 満点の空には雲一つなく、月と星が街で見るより輝いて見える。


(参拝、できるよな……?)


 ここまで登って来る間に晴吉が出会ったのは、バスにいた降りて行った男と若者の集団だけで、神社の宮司や巫女には一切会わなかった。

 もしすでに閉館しているのなら、彼らに山を降りるよう言われるはず。

 だから晴吉も、その辺りは心配していなかった。

 それよりも心配だったのは……


(下にいた人たち、無事に降りられたのかな?)


 晴吉は、息を整えながらふと上ってきた階段の方をちらりと見やった。

 ほぼ等間隔に設けられてた石階段の踊り場に、若者たちが固まってしゃがみ込んでいたからだ。


 晴吉が素人目で見た限りでは、彼らにケガはなかった。

 一方で、晴吉の耳には彼らの口から発せられたうわ言がまだ残響していた。


『石……兵……像……』

『猿……猪……熊……』

『下に三十七段……下に十九段……上がりたいのに……』


 思い出してしまった彼は、ぶると体を震わせる。

 彼の脳裏に過るのは、一つの心配だった。


(神社にいる神様のたたり、とかじゃないよね……)


 晴吉は恐怖に眉をひそませながらも、若者たちの言葉を詳細に思い出していく。

 自分も今は疲れているだけでなんともないものの、無意識に何か祟られそうなことをしていないか確認するためだ。

 あんな風にはなりたくない……その一心で。


 ある踊り場には大小の石がゴロゴロ転がっていた。

 またある場所では、木々の向こうに獣の気配を感じた。

 階段の段数は——数えていないからわからないが、下がった覚えはない。


 次に晴吉は、それぞれの場所で自分が何をしたのかを反芻はんすうした。


 石の転がっている踊り場では、軍手をしていたおかげで転ばずに済んだ。

 獣を感じたときは、リュックに獣除けの鈴をぶら下げつつ鼻歌で自分を鼓舞した。

 階段は——神社が山頂にあるのだから、絶対に横道に入ったりしていないし、実際にそんな案内もなかった……と思う。


(大丈夫、だよね……?)


 そこまで思い出したところで、晴吉はふうと息を一つ吐いた。

 大丈夫、自分はなんにも悪いことはしていない。

 獣たちへの対応も、自分の身を守っただけで、誓って殺生はしなかった。


 だから自分にはこの神社を参拝し、かつおみくじを引く権利がある。

 そう自分に言い聞かせた晴吉は、寄りかかっていた柱から離れると鳥居をゆっくりと潜った。


 境内には人の気配はなく、しんとしていた。

 奥にある本殿らしき建物の方から吹く風は生暖かく、肌に張りつくかのよう。

 『逢魔おうまこく』——にはまだ早すぎるはず。

 それでも晴吉の背中には、恐怖と緊張からか冷たい汗が伝った。


(やっぱり遅かったか……)


 帰って出直そう……そう思った晴吉が踵を返そうとした矢先だった。

 彼の視線の端に、キラリと光るものが映る。

 彼が光の方に目を戻すと、そこには……


 件の筒——が、ひさしの下に置かれた机にちょこんと一つ乗っていたのだ。


 途端に晴吉の心臓が早鐘を打ち始め、彼の両目はその筒へと釘付けとなる。

 その白目は、十中八九血走っていただろう。


「引いてもイイよね……? お金さえ払えば……だってこれだけ頑張ったんだし……」


 自分も下で見た若者たちと同様、うわ言を言い始めたことに彼は気づいていなかった。

 それどころか彼の足は、おみくじが置かれた机まで全速力で駆けていき、次の瞬間には小銭を料金入れへと雑に放り込み、筒を両手でわしづかみにしていた。


「よし——来い、大吉だいきちぃ!」


 ガシャガシャと、乱暴に筒を振るう晴吉。

 それまで他人に気を掛ける余裕のあった彼とはまるで別人のようだった。

 ——そして、ついにそのときが訪れた。


 筒の穴から細い棒が飛び出るのを見ると、晴吉はそれを折れんばかりに掴み取り、書かれた文字を読んだ。

 そこには……


大凶だいきょう』の二文字だけが、真っ黒い墨で書かれていた。

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