海ノ大神年 五月雨月十一日 第二話
「来世はシイラになりたいな」
不意にそんなことを言ったものだから、二人とも甲板に横たえていた身を起こして私を見た。
あの後いつも通り暗くなるまで釣りをして、夜になって急に縁が甲板で雑魚寝しながら夜更かしでもしてみようじゃないかと提案した。その提案に、私も惺大も大賛成と乗ったのだ。
そのため、今私たちは甲板に布団を持って来て横になっている。
「どうして?」
先に訊いてきたのは惺大だった。
縁もその理由を知りたがるように惺大の問いにうんうんと頷いて同じ疑問を持っていることを示した。
「今日あのシイラを見て思ったんだ。あのシイラや、このシイラを模した船みたいに海に生きれば、いつか釣り人に釣られて、空気に触れて色褪せて、呼吸が出来ない時間片目で太陽を見上げながら苦しんで、その場で潔く捌かれて一生を終えられるんじゃないかって」
そこには理想や羨望、嫉妬なんかを感じる心はなくて、家族のことで悩んだり愛情を欲したりすることもないのではないか。
人間であるが故に手に入れたものもあるはずだけど、私はそれよりも魚になってごはんや敵だけのことを考えて自由に海を泳いでいたかった。
「素敵じゃない?。自分より大きな魚や漁をする船に関心を向けられながら、まどろっこしいことなんて考えずに生きて、欲しいもののためじゃない至極簡潔な死を迎える。凄く安らか」
自然と、二人に何を思われるか不安ではなかった。私の中でいつの間にか気心の知れた友人のような存在となっている二人には、何も躊躇うことなく本音で話せた。
それは二人が私を否定せずに受け入れてくれると知っているから。
「来世のことなんて考えたことなかったな…」
そうこぼす縁に、はっとして訂正する。
「今のはあくまでもし来世に行くならの話ね。本気で来世に行こうって考えてるわけじゃないから」
本心だった。
それなのに、来世のことがすんなりと話題に出てきてしまうことに驚きと不安を覚えて、思わず両腕を抱きしめてしまう。
「来世、俺はまた俺になりたい。それが無理ならまた人間」
「どうして?」
今度は縁が惺大にその理由を尋ねた。
「俺は俺の人生が好きだったからもう一回生きたいかなって。また十八歳で死ぬのは正直勘弁だけど、家族のみんなにまた会えるから」
単純に食べられる生き物になってしまうのが怖い、とも苦笑しながらつけ加えた。
「縁は?」
少し踏み込んだ質問だったかな、と心配しながら彼の顔色を窺う。けれど彼は嫌がるわけでもなく、けれど少し悲し気な目をして言った。
「人間、かな」
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