海ノ大神年 五月雨月十一日
海ノ大神年 五月雨月十一日 第一話
大物がかかったけど、とても私の力じゃ釣り上げることは出来なさそうだ。
縁に一度釣竿を任せて、大物を釣りたがっている惺大を船内へ呼びに走った。
追加の釣り餌を用意するために、大水槽の前にしゃがみ込んで引き戸を開けていた彼に「早く来てッ、早く」と後ろから大声で声をかけたせいか、バランスを崩した惺大が尻餅をつく。
「ごめん、つい」
「いいって。マグロかな?」
「どうだろう」
胴の間の釣り座では、縁が余裕のない表情で釣竿を引いていた。
惺大と二人がかりで正体のわからない大物の
腕がそろそろ限界だと諦めかけた時、私も加わって三人同時に渾身の力を以って釣竿を持ったまま身を引くと、遂に
釣るのが大変なのは記憶の重さが関係しているので、釣り上げても大きな魚とは限らない。だから、実際に大きな魚が釣れると喜びで舞い上がりそうになる。
「これはまた、凄く鮮やかな色の
「私も見たことない。惺大、これなんだかわかる?」
私も縁も、大きな魚であるという喜びが半分、見たことのない魚に疑問符が浮かんでしまう気持ちが半分といったところだった。
だけど、どこかで見たことがあるような…
「シイラだよ。この時期釣れるのは珍しいと思う」
「シイラ?」
「ほら、この船のモデルになってる魚だよ」
言われて見れば、と船を見上げる。
「漓宛ちゃんはともかく、縁さんはこの船がシイラモチーフだって知らないで乗ってたの?」
「面目ない…」
魚にある斑点模様は、船の方では窓のデザインに活かされているようだ。
縁曰く、この船を創って与えてくれた創造の神様は、今まで創った魚の中でシイラが一番のお気に入りらしい。それで船にもシイラらしさを取り入れたのではないかと言う。
「あ、見て色が…」
シイラの鮮やかさは打ち上げられた瞬間よりも大分褪せてしまっていて、もう緑色も黄色も薄っすらとしたものになっていた。
鮮やかさを失ったシイラはただの銀色の魚だった。
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