海ノ大神年 花残月二十五日

海ノ大神年 花残月二十五日 第一話

 来世の夢を見た。

 両親に愛されて、大好きな祖母がいつも一緒にお留守番をしてくれて、可愛い弟がいる、そんな夢。小説を読み他人の話を聞いて抱いた、私の「幸せ」の理想が詰まったような幻想だった。



 目を覚ますと、嫌な動悸がした。

 ――もしかして私、来世に行きたがってる?

 いや、そんなわけない。目的を達成したら隠世を去ると決めている惺大と違って、私はずっとここにいたいと思ってる。縁みたいに、ずっと隠世で海釣りをして、今の楽しい暮らしを続けたい。

 そう思っているのに。

 それなのにまるで来世に焦がれてるような夢を見る。



 今日に限った話ではない。

 二か月ほど前からこんな夢ばかり見る。

 正直に話せば、少しだけ来世に行ってみたいと思ったこともある。でもそれは夢から覚めて微睡まどろみの中にいる時だけだ。

 現実はそんなに甘くはない。だって、私の理想通りの来世を迎えられるとは限らないのだから。



 起き上がって部屋を出る。

 廊下を右に曲がり、隣の部屋の扉をノックする。開いた扉から出て来た惺大の顔を見て、徐々に動悸が治まっていくのがわかった。



「ごめん、夜遅くに」


「ううん、どうしたの?」


「少し…話につきあってもらえない?」





縁のいない居間に二人、ソファに並んで座る。



「惺大はさ、来世のこと考えたりする?。来世の夢を見たりとか…」


「来世?、あるよ」



迷うことなく彼は即答した。



「それは…さ、どんな来世かっていう想像?、それともこんな来世がいいなっていう理想?」



うーん、と唸って考える彼は、またすぐに答えを口にした。



「どっちもかな。想像で言えば、どんな生を送るんだろうって考えるよ。また人間かもしれないし、そうじゃないかもしれねえなとか。理想なら、沢山あるよ」



惺大の口からは様々な理想がとめどなく溢れ出した。

 来世もまた自分になりたいとか、でも長生きして大学に行ったり結婚したりしてみたいとか。



「欲張りだね」


「だろ?」



くすくすと笑い合えば、少しだけ気持ちが軽くなった気がした。でも…



「だけど、不安にはならないの?。もし来世では家族と全くの他人になっちゃったらとか、酷い人生だったらどうしようって」


「そりゃあ思うよ、考えないようにしてるだけ」



来世に理想や不安を抱くのは自然なことで、私だけじゃないのだと少し安心した。

 心のどこかでは、やっぱり幸せな人生を送りたかったという未練があって、私にあんな夢を見させているのではないかと思っていたけど、どうやらそうではないらしい。



「…俺も聞いていい?」


「どうぞ」



ソファに腰かけ直して、彼と向き合う。

 初めて会った時からは考えられない状況に、思わず笑みがこぼれる。



「大人になっても不安で眠れない夜とかある?」


「残念ながら、全然ある。子どもとか大人とか関係ないね、それに関しては。常にその時々の不安があるんだよ。なくなることはきっとないんだと私は思う」


「そっかぁぁああ」



大きなため息を吐き出しながら、床にそのまま転げ落ちて落胆する惺大。少々リアクションがオーバーな気がするけど、これも彼の明るさ故かもしれない。



「ま、でもさ」



顔を上げた惺大と目が合う。



「そんな時はこうやって誰かに話せたら楽になるよな」


「そうだね」



来世にはやっぱり行きたくない。だって私には今、こうして不安を打ち明けられる相談相手が隠世ここにいる。

 もしもまた来世の夢を見て苦しむことがあれば、彼に相談してみよう。

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