山ノ大神年 限り月二十一日 第二話

 慣れた足取りで進む縁が足を止めたのは、隠世の海を背に建つ屋敷だった。

 この屋敷からは海が眺望出来るだろうが、断崖絶壁に建てられているようだ。きっと海の方からこの屋敷を見れば、懸造かけづくりになっているはずだ。それがどこか清水寺を彷彿とさせる。

 青海波せいがいは模様の門扉もんぴを縁が押し開け、中へ入る。惺大が鳥居を通った時のようにここでも頭を下げるので、私も倣っておく。

 花がつき始めたばかりの蝋梅ろうばいが品よく薫る中庭には、屋敷へ一本道が緩やかに続いている。その両端には砂紋さもんの美しい砂利の庭、屋敷の入り口傍には鹿威ししおどしが風流な音を閑静かんせいな庭全体に響かせている。



 庭をしばし堪能しながら進むと、とうとう屋敷の入り口に辿り着く。

 瓦の屋根からは、緑青ろくしょう色の錆びついた鎖樋くさりといがぶらさがっている。



「なあ縁さん、本当に大丈夫?。俺と漓宛ちゃんを見るなり激怒ってことは…?」


「大丈夫、いつも不機嫌な御方だけど、みだりに他の神様の領分を犯すようなことはしないよ」



私たち人間は創造の神様の手で生み出された産物なので、それを勝手にどうこうすることは出来ないはずだから安心してと微笑まれた。

 やっぱり神々の内情に詳し過ぎはしないか、と尋ねようとしたところで縁が屋敷に向かって声を上げた。



「縁です」



すると家主の声も待たず、彼は木枠の障子扉を横に引いた。

 慌てふためく私たちの表情を見て彼は可笑しそうに小さく笑った。



「家主が許可しなければそもそも開かないんだよ」



そういうことは先に言ってほしい。無駄に冷や汗をかいてしまった。



「お入り、ってことさ。二人ともおいで」



縁について、おそるおそる中へとお邪魔する。靴を脱いで三人仲良く並べると、フィッシュバッカンを抱え直して薄暗い廊下を進んで行く。



 思いの他複雑な構造をしている廊下は、少しでも気を抜けば迷子になってしまいそうだった。

 そうでなくとも人間に対して好意的ではない神様の住む屋敷だ。一人取り残されないよう、縁の後にぴったりとついて行く。

 惺大も同じことを考えていたのか、私と肩が触れそうなほどの距離にいる。

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