山ノ大神年 限り月二十一日

山ノ大神年 限り月二十一日 第一話

 随分と前から、縁からある頼み事をされていた。それは、海を美しいと感じているきおくを釣り上げたら、どの魚がその記憶であるのかすぐわかるように必ず記録を取るようにというものだ。

 大水槽に入れてしまうとどの魚がどのような記憶なのかがわからなくなってしまうから、記録を取る理由はわかる。しかし、どうして「海を美しく感じている記憶」という限定的なきおくという指示を出されたのかがわからなかった。



 理由を聞かされたのは今朝方。

 大水槽のきおくがいっぱいになった際は市場に赴いてきおくを欲しがる神々にそれらを譲るらしいのだが、今日はまだ満杯とは言い難い。大水槽の半分もきおくがいないのだから。

 それでも市場へ向かっているのかと尋ねたところ、縁が驚くべきことを口にしたのだ。



「今日は海の神様に依頼されているきおくをお屋敷へ届けに行くんだよ。話さなかったっけ?」



いつもの説明し忘れだ。だからといって気分を害すことはないけど。



「聞いてない。どうして神様の屋敷に直接?」



市場できおくを見て回る神様たちは、自ら足を運んできおくを吟味するのだと聞いていた。それは亡者に自身の領域、つまり神の領域を犯されたくないと考えているからだと言う。



「海の神様であられる浪華ろうか様は、亡者の記憶を屑と呼んで、人間を創った創造の神様を糾弾している神様の筆頭だと噂で聞いたことがある。だから恐らく立場上、大っぴらにきおくを市場へ見に赴くことが出来ないんじゃないかな」



あまりに神様たちの事情に詳しすぎる彼に、惺大も一言ツッコミたくなったらしい。



「だから内々に縁さんに頼んでるってことか?。人間を嫌ってる神様に頼まれるって、縁さんってマジで何なの?」



それに関しては同意だ。人間嫌いの神様に頼まれごとをされるなんて、普通じゃない。

 やっぱり縁は何かの神様なんじゃないかという疑いが再び過る。



「隠世で長いこと海を綺麗にする仕事をしているし、一応立場はわきまえてるつもりだからね。きっと他の亡者よりはましだとお考えになられたんじゃないかな?。僕にも浪華ろうか様の心中まではわからないよ」



困った様子で答える縁の心中も、私たちにはわからなかった。



 とにかく、海の神様の屋敷へ行くと言う。

 私や惺大はてっきり留守番かと思っていたけど、一人じゃ全て運べないと助けを求めるので、手伝うために私たちも同行することになった。










 浜辺沿いにずっと進んだ先、浦山の麓に見上げる程大きな石造りの鳥居が聳えている。

 そこを潜れば、本来亡者が足を踏み入れることは許されない神々の領域。

 しかし、私たちはたった今それを潜り、神々の領域へと足を踏み入れた。

 土はある程度ならされて道が出来ていたけど、険しい山であることには変わらない。



 足元に小ぶりな寒芍薬かんしゃくやくくらいしかないような海の望める山道を数十分ほど登って行くと、視界にやっと屋敷が現れた。

 棚田を思わせるような段差のある場所に、屋敷は建っていた。恐らく山を切り崩して建てられたのだろう。はっきりとは見通せないけど、同じような屋敷が他にもずらりと山の頂上まで続いているようだった。

 屋敷、というにはお寺寄りの見た目というか、荘厳さが目立った。

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