山ノ大神年 色取月一日 第二話

 そんなこともあり、高校三年間の夏休みは必ず長野へ民泊をしに行った。

 毎年同じお宅にお邪魔出来るわけではなかったけど、新しい人との出会いもあり、何よりどこのお宅もあのご婦人の家へは徒歩で行ける距離にあったので、毎日時間をみつけては遊びに行っていた。



 卒業を間近に控えた時分には、私は大玉西瓜を軽々と運べる人間になっていて、それが誇らしかった。

 就職したらあの家を出て、ご婦人の家へすぐに遊びに行ける場所にある部屋を借りようと、バイトをしながら着々と準備を進めていた。










「おん…漓宛」



目を覚ますと、心臓が大きく脈打っていた。不安を表情に出した縁が、私の顔を覗き込んでいる。

 頬を伝うものが涙だと気づいて、身を起こしながら隠すように目をこする。もう遅いかもしれないけど。



「思わず起こしちゃったよ。申し訳ないね」


「ううん、むしろありがとう」



見たくない光景まで夢見てしまうところだった。まだ慣れない海釣りの疲労感が、あの時の心地いい疲労感に似ていたせいで、こんな懐かしい夢を見たのかもしれない。

 いつの間にかソファで眠むってしまっていたせいで、身体の節々が痛い。



「あの子は?」


「惺大?。彼ならとっくに寝室へ行ったよ。今頃大きないびきをかいている頃かもしれないね」



惺大がいないと聞いてほっとした。彼には泣いているところなんて見られたくない。

 愛情いっぱいに育てられたようなあの子に憐れまれたら、私はきっと壊れてしまう。



「ねえ縁、夢の話……聞いてもらえる?。楽しい話じゃないんだけど…」



縁は静かに首肯して、隣に深く腰かけてくれた。





 高校三年生の夏。

 同級生のほとんどが受験勉強に勤しむ中、私は就職活動のためにスーツで忙しなく動き回っていた。無論、長野で働ける場所を探していた。

 農業や畜産業方面の仕事に就けたらという希望はあったけど、長野で働けるなら希望から多少外れてもいいと思っていた。



 だけど、何の前触れもなくその日は訪れた。

 あのご婦人の訃報が記された葉書をポストから取り出して、しばらくその場から動くことが出来なかった。



 通夜に参列するために学校を欠席し、新幹線で長野へ向かったこと。遺影の中の人となってしまったご婦人の顔をずっと見据えていたこと。そこまでは何となく覚えている。でも、その時誰に声をかけられたとか、どうやって家まで帰ったとか、通夜の後のことは全く覚えていない。

 だけどそんなことがあって、私は愛して止まなかった長野の地を遠ざけるようになった。長野あそこへ行けば大好きだった分、彼女がいないことに涙が溢れてしまうから。

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