山ノ大神年 文月二十六日 第四話

 全員の準備が整い、早速釣り糸を凪いだ海へと垂らす。

 私の知っている釣りであれば、餌に食いついた魚が糸を引いて釣竿が海面の方へたゆんだら、糸をぐるぐると巻いていた気がする。

 だけど、きおく釣りでもそれは同じなのだろうか。



「ねえ」



案の定惺大が縁よりも先に「どうした?」と反応した。

 仕方がないので、彼に尋ねることにする。



「ヒットしたらここ、巻けばいいの?」



まだ自身の釣竿に何もかかっていないからと、糸を巻いて実演して見せてくれた。彼を見るに、釣り方は現世での釣りの解釈と同じだった。



「あ、今釣りの仕方は同じって思ったでしょ?。まあそうなんだけど」



釣竿を振りかぶり、遠くへ糸を垂らす惺大。そう簡単にはかからないとわかっているらしく、おしゃべりに興じようという気満々だ。

 話し相手に選ばれたのが私でなかったら別に構わなかったけど、そうはいかないのが世の常だ。



「隠世の海ではさ、魚の大きさで釣るのが大変になるんじゃなくて、記憶の重さで釣るのが大変になるんだってさ」


「つまり、小さいシルエットでも、その小魚へ姿を変えた記憶が重ければ釣るのが大変ってこと?」


「そうそう」



少し糸を上下に揺らしてみる。

 相手は生きている魚というわけではないから、餌を動かして見せてもあまり効果はないかもしれない。だけど、このままじっとしていると惺大に生い立ちから何まで根掘り葉掘り聞かれそうだ。それは大いに避けたい。



「漓宛ちゃんの」



ついに彼に対する苛立ちが限界に達した。



「ああ、もう。私の死因が何かって?、そんなの知ってど」


「違うよ。漓宛ちゃんの釣竿、魚かかってるよ」

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