縁編 第四話

 まずは一階の大水槽についての話題に。

 屑と呼ばれているものが、亡者の記憶だと惺大はもう知っている。けれど、漓宛は屑を所謂いわゆるごみ屑だと思っている。解釈にずれが生じているから、なぜ水槽にを入れる必要があるのか彼女にも早めに説明しないと。



 漓宛に説明を終えると、今度は惺大が問いかけてきた。



「どうして人間の記憶が海に流れ着くのかは教えてもらってなかったよな」



その問いの答えを簡潔に教えてあげる。

 来世に前世の記憶を持っていけない規則は、烏鵲うじゃく様がお決めになったこと。

 そこで、清らかな山水で亡者たちの記憶を漱ぐことにしたようだけれど、そのせいで浪華ろうか様を筆頭とした水を司る神様たちはご立腹になられ、それが人間を嫌う最初の理由になった経緯いきさつがある。



『人間という生き物は、現世でも隠世でも海を汚すのね。素晴らしい作品をお創りなられたことで』



烏鵲うじゃく様はいつか浪華ろうか様から厳しいお言葉をもらっていた。ほとんどの場合は、僕が彼女からその手の嫌味を頂戴するようにしている。あの御方がお聞きになったら衝突は避けられないので、僕のところで彼女の言葉は止めている。

 だけど、このような神様たちの事情は二人には話せない。僕が人間の試作品だと知られたくはないからね。だから色々と掻い摘んで話している。そうすれば、ただ隠世での暮らしが長い亡者としか思われないから。



 惺大と漓宛が階段を上り二階での案内が行われている間に、一階の壁にかけられたコルクボードと向き合った。

 今日のノルマを記したメモ用紙を画鋲で留めておく。

 漓宛にはまだ説明していないけれど、惺大には神様からの依頼だと話してある。彼にも烏鵲うじゃく様からの要望だという点は話していないけれど。

 依頼というのも、烏鵲うじゃく様から頼まれたお使いにすぎない。次回作の人間を創るのに参考にしたい亡者の記憶を回収するよう頼まれているのだ。

 毎日あの御方の命で試作品であるウミネコがメモ用紙を運んで来るから、失くさないようこのコルクボードへ貼りつけている。



 その作業が終わって二階へ行くと、二人は甲板に出ていた。もう案内も終わっている頃だろうし、そろそろ船を沖に出そう。

 二人に軽く手を振って、船を動かしながらふと思う。

 この二人とはどれくらいの間一緒に過ごせるだろうか、と。

 惺大に漓宛、二人がどんな記憶を持っていてどんな記憶を釣り上げるのかも楽しみだ。

 僕は再び亡者を乗せて、人間を学ぶ暮らしを始める。

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