惺大編 第四話
「この船は一階と二階があって、一階の
漓宛ちゃんは特に何も言わずに後をついてくる。
外観はシイラ型の船だが、内装は船らしさがある部分とそうでない部分がある。なんとも不思議な構造は、隠世故かもしれない。深く考えるだけ無駄な気がした。
ともあれとても快適なので、彼女も気に入ってくれたら嬉しい。船酔いする質だとそれは叶わないので、そうではないことを祈る。
縁さんが漓宛ちゃんに、隠世の海で屑と呼ばれるものが亡者の記憶だという前提を教えているのを横で聞いていて、一つ疑問が浮かんだ。
そもそも何故、人間の記憶なんかが海にあるんだろう。
訊いてみると彼は、あの列に視線をやりながら教えてくれた。
「来世へ旅立つ亡者は、その前に前世の記憶を浦山から流れる水で
なるほどな。ならいつか俺や俺の家族の記憶もこの海に流れ着くのか。きっとすばしっこくて明るい色の魚に姿を変えるだろうな、と楽しく予想を立てる。
だけどそれが隠世の海にとって屑だという事実には胸が痛む。大切な記憶が隠世の海では屑となってしまうのが切なかった。
気を取り直して漓宛ちゃんを二階へ案内する。寝室として誂えられている部屋は四つあって、操縦室の隣の部屋を縁さんが、その隣を俺が使っているので、残りの二部屋の好きな方を漓宛ちゃんに使ってもらうことになる。
退屈させないように、十六の時に船舶免許を取得している話なんかをしながら操縦室を案内して、最後に甲板に出た。
「ここでは釣りは出来ないけど、夜になると星が綺麗なんだ」
言った後に少し後悔する。
高校生に星が綺麗なんて言われたら、小生意気に思われるだろうか。ませていると思われていたら、恥ずかしい。
「こ、これで案内は一応終わり。何か質問はある?」
「ないよ」
先程の発言に特に何も思わなかったようで、漓宛ちゃんは愛想笑いを浮かべた。
打ち解けるには少し時間がかかるかもしれないな、と思ったら気づかぬ間に苦笑していた。
急に船が動いて操縦室を振り返れば、上下に開閉する窓越しに縁さんが控え目に手を振っていた。
この先、縁さんや漓宛ちゃんとどんな思い出を作れるだろう。
これから出会う人達とのまだ見ぬ幸せな未来を迫り来る死によって奪われた俺にはもうないと思っていた、〝未来に抱く期待〟で胸がいっぱいだった。
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