惺大編 第二話

 初めの頃は隠世がどんな場所なのか、ひたすら歩いて観察した。

 神様がいらっしゃるからと鳥居の向こう側へは行けなかったけど、それ以外の行ける場所には足を運んだ。



 隠世の入り口とも言える三途の川へ向かおうとした時には驚いた。初めてこの道を歩いた時には薄っすらとした記憶だけどコブシが咲いていた並木道も、改めて訪れた時には桜が咲いていて、この坂道には時花が咲くのかもしれないと思ったことをよく覚えている。

 坂道を下って三途の川を改めて見回しても、探しているものは見つからなかった。



 濃霧の中は少し散策するだけで気持ちが悪くなるので探索出来ず、最後に向かったのが浜辺だった。

 そこで偶然、海を掃除している亡者たちを見かけた。俺以外で列を外れている亡者に初めて会ったことと、彼らが海好きということですぐに意気投合した。

 じいちゃんも親父も漁師で幼い頃から海とゆかりのあった俺としては、彼らと過ごす時間は充実していた。

 失った記憶を当てもなく探すのにも疲れていたので、少し休憩することにした。

 そんな経緯で彼らを手伝うことになった。



 彼らも誰かから聞いた話らしいが、この海の生き物は姿こそ魚そのものだけど亡者の記憶が形を変えたものらしい。俺の記憶もみつかるかもしれないと一瞬希望を抱いてしまったが、亡者の記憶と言っても来世へ旅立った者の記憶らしいので、俺の記憶はここにない。



 浜辺に流れ着くクラゲの姿をした亡者の記憶を拾う作業も板についてきた頃、縁さんに声をかけられて沖に出ることになった。

 船に乗る時はいつもワクワクしていたけど、見たことのないシイラの形をした船に乗るとなれば高揚感はさらに増した。

 縁さんの案内で船内を見て回ったけど、操縦室がなければ二階建ての一軒家のような内装だった。

 そんな中でキッチンといったものがないのは、亡者に不必要な設備だからだ。

 縁さんに言われて初めて気がついたけど、死ぬと人は空腹以外にも感じなくなることがあるらしい。



 一度沖に出て作業をしてみたが、あともう一人は人手が欲しいという話になり、まさかの岸へトンボ返り。

 隠世の浜辺には、空き缶やプラスチックの類が一切流れ着いていない。綺麗な海だと思ったけど、神様にとっては溢れる亡者の記憶がごみそのものなんだと彼が教えてくれた。

 現世の海も隠世の海も汚れに苦しんでいると思うと、海が大好きな身としてはなんだか悲しくなった。






 縁さんがくだんのもう一人を探しに行って数日。

 船の中で教えてもらった仕事をおさらいして、あとは再び実践するのみという状態になった丁度いいタイミングで、縁さんが帰って来た。

 彼が連れて来たのはすらりとした女の人だった。L字ソファに乗って、船に取り付けられた大きな丸窓から彼女を観察する。短いツーブロックヘアで、ややボーイッシュな髪型、クールビューティーな印象を受ける人だ。それに細縁眼鏡が知的な雰囲気を漂わせている。

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