漓宛編 第四話

 船に乗ってまず目につくのは、やはり大きな水槽だろうか。惺大の案内によれば、ここには屑を入れるらしい。

 一階のフリースペースで寛げと彼は言うけれど、ゴミを見ながらってこと?。

 私の疑念を察したらしい縁が、惺大の解説に説明を加えた。



「僕らの集める屑は漓宛の考えるものとは違ってね、魚の形をした亡者の記憶なんだよ。生きているから水槽に入れるし、見た目も美しいから水槽に入っていても不快にならないと思う」



そういうことだったのか。

 死後の世界のと生前の世界でのは少し異なるのだろうか。

 それとも違いなんてなくて、隠世では記憶が屑と呼ばれる何かしらの理由があるのかもしれない。



「どうして記憶が屑扱いなの?」



多くの神様たちにとっては海を穢すもの、という認識なのだと縁は言う。それだからこうやって海を綺麗にするために、屑――魚の姿をした亡者の記憶――を回収しているのだとか。



 何故人間の記憶がこの海にあるのかなんて、どうでもいい。ただ純粋に、人間の記憶が可視化していることに驚いただけ。

 生き物に姿を変え、記憶の持ち主から離れてこの海を泳いでいると考えると何だか面白かった。



「一階の外は釣りが出来るスペースになってるんだ。そっちには後で行くとして、先に二階を案内するよ」



二階は平屋の一軒家を彷彿とさせる間取りで、短い廊下があり、その横に小さな部屋がいくつかあった。

 階段を上がって手前から寝室が四つ、最奥の部屋はこの船を動かす操縦室になっているようだ。

 聞いてもいないのに、惺大は船舶免許を持っているのだと胸を張った。私は持っていないし、操縦はこの子と縁に任せる感じになるな。

 廊下の終わりに立てつけられた扉の向こうは甲板に繋がっていた。甲板に出ると生温なまぬるい風が短髪を微かに揺らし、毛先が耳をくすぐる。

 外から見たら魚の頭部に当たる場所だったのに、甲板では視界を遮る物もなければ風も感じるのだから不思議だ。どういう構造なんだろうか。



 沖に出たら周囲には海しか見えなくなるだろうと取り留めのないことを考えていたら、この甲板からは星がよく見えるのだと惺大が嬉しそうに語る。確かに海と空しか見えないのだから、星が綺麗に見えるだろう。

 それじゃあ、といつの間にか操縦室にいた縁が船を動かした。足の裏から伝わる揺れに、船の上にいることを自覚する。

 これからどんな生活が始まるのか、想像もつかない。それでもきっと、生前よりは幸せな暮らしが出来る気がした。

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