漓宛編 第二話

 声をかけられたのは、少ししてから。

 牛歩のようにゆっくりと前へ進んでいく列をただじっと傍から眺めていたら、ふと隣に誰かが腰を下ろした。不思議と嫌な感じはしない。

 私と同じ、列から抜けた亡者だろうか。

 死んで肌の血色という血色が失せた私と並んでも、雪を欺く肌の彼は亡者らしさが増して見える。



「あの列に並ばないの?」


「やっぱり並ばないとだめかな」


「だめじゃないけど、何もしないでいるのは気が滅入ってしまわない?。色々考えてしまって」



確かにこのままでは生前の記憶に苛まれて、狂ってしまいそうだ。

 それでも何故か来世には足が向かないのだから、弁慶の立ち往生だ。



「私もこれからやって来る亡者に説明でもしようかな」


「残念だけど、あれは神様の仕かいの仕事だから、僕たちには出来ないんだ」


「何でそんなこと知ってるの?」


「君より長くここにいるからね」



私以外にもあの列を抜けた亡者がいることにどこか安堵しつつ、次の瞬間にはこれからどうしようかと途方に暮れてしまった。



「ねえ、君釣りは好き?」



立ち上がった彼は、どこかへ歩みを進めようと既に一歩踏み出していた。

 行き先が地獄よりも辛い所だっていい。

 行く当てのない私は、ここのことを知っている彼について行くことにした。











「海?」



ついて行った先は、海岸だった。

 死後の世界の海は二十八年間生きて来た世界よりも、うんと綺麗に見えた。

 淡い緑色が透けているけれど、魚なんかは見えない。



「あれはなに?」



少し高鳴った気持ちに応えるように、尋ねる声音も弾んでいる気がした。

 私にも、こんな声が出せたのか。生前には知り得なかった新しい発見だ。



「あれは幽霊船だよ。海で亡くなった人間を海岸まで運んで、さっきの列に並ばせるための。それ以外の死に方をした人間は三途の川を渡って来るみたいだよ」



言われてみれば目を覚ました時、川辺にいた。川のせせらぎが聞こえたのを覚えている。だけど、川を見ることなく坂道を歩いて来てしまったから、三途の川なるものがどんなものだったかは知ることが出来ないままだ。

 幽霊船から下りてくる人をぼうっと眺めていると、「こっち」と彼に手を引かれた。



「僕はここで働いているのだけど、君もどう?」



彼の指さした方には、大きな魚がいた。いや、正確には桟橋に停泊させた魚の造形をした一隻の船だ。

 そのふねの腹部は鮮やかな黄色、背部は銀色を帯びた青と濃紺の縞模様。なんという魚を意識して造られた船なのか、少し気になる。

 仕事内容は、ひたすら海の屑を釣り上げるというもの。こんなに綺麗な海に漂う穢れを取り除く仕事なら、悪くない。



「いいよ。することもなかったし、それに楽しそう」



それに気が紛れそうだ。



「ねえ、あなた名前は?」


よすが。君の名前も教えてほしいな」


漓宛りおん



 彼の手を借りて、自分の知っているのとは大分異なるふねの口から乗船する。

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