山ノ大神年 文月二十五日

漓宛編

漓宛編 第一話

 死んだ、という事実は案外すぐには気がつけないものなのかもしれない。

 生の終わりと死の始まりが地続きのせいか、自分の死が現実味を帯びないでいた。

 だけど、微睡みから覚めていくように段々と理解する。

 死んだということ。それから、ここが何処であるかということ。



 想像していたものとは異なる死後の世界。

 誰かに何かを言われなくとも、先へと続く石畳の敷かれた坂道を行く。

 お腹が空けば何かを口にして、眠くなれば目を閉じるのと同じように、そうすることが当たり前のように感じた。

 人間の本能として刻み込まれているのかもしれないと思えるほど、すんなりと足が動き川辺を後にした。









 ただひたすらに坂道を行けば、視界が開けた場所に出る。けれど道は相変わらずつまらない一本道だった。

 道の先に光が見える。

 そこからずっと列を成しているようで、なんとなく私もその列に並んだ。



 喪に服した者が現れ、そこで初めて幾分かの説明が成された。

 どうやらあの光は来世への入り口のようなものらしい。けれど、道は二つ用意されていると言う。

 一つは、そのまま来世へ。

 光に飛び込めばもう、私が私じゃなくなって次の生に生まれ変わるらしい。

 もう一つは、いつかは必ずここへやって来る家族や大切な人を待ち、再会してから来世へと旅立てる牧場へ。

 牧場と呼ばれるその場所には、緑馬りょくば紫牛しぎゅうと呼ばれる生き物がいて、彼らの世話をしながらのんびりと再会を待つのだと説明された。



 地獄はないのかと尋ねると、ありますと簡潔に告げられた。地獄を経る必要があると判断された者は、来世へ行く光の道中に闇が待ち構えているのだという。闇には壮絶で、果てしない地獄が存在しているのだと聞かされた。



 少し考えて、来世へと続く長蛇の列から抜けた。

 別に地獄が怖かったわけじゃない。もうどこへも行きたくないというのが、素直な気持ちだった。



 咎められることもなかったので、そのまま近くを散策する。

 周囲には海と、濃い霧と、ぱっとしない空だけ。

 何もないとわかって、私は海を背に道端の草むらに腰を据えた。

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