隠世の海

青時雨

其処は隠世

其処は隠世

 三途の川を渡ると、そこにはまっすぐとひとつの道が続いている。触れればひんやりとしていそうな石畳の敷かれた、緩やかな坂道。

 迎えるのは、花木かぼくの並木。時花の咲きほこる様は、まるでこちらへ来いと招いているよう。

 それは確かな絶景であるが、道を逝く亡者たちの瞳はどこか空虚で、其れに目を留めることはない。

 ずっと向こうまで続く木々一本一本の間、其のもとには石灯籠が鎮座している。傍を何者かが通れば、中に燈る炎が柔らかく揺らめいた。

 石畳の道を歩くこつこつという子気味のいい音も、風にさざめき散りゆく花も、炎の気配も確かに存在している。だが、ここは現世と分かたれた世。


 目を塞ぐ両手の花木かぼくから逃れると、視界が開ける。

 道は変わらず先まで続いているが、景色は一変。左手には浅緑色の海が広がり、遠く向こうには浦山が望める。一方右手には濃霧がかかっており、朧気だが僅かに険嶺が見えるだろうか。見上げれば、灰がかった藤色の遠い空が我関せずと此方を見下ろしている。

 浦山の麓には朽ちることのない石造りの鳥居が聳え、その先は神の領域である。山肌には神の住まう屋敷が点々と建っているのが、目を細めれば見えるかもしれない。

 しかし、眩く光る来世が道の終わりにあり、大概の亡者たちは道から大きく外れた遠くの鳥居を見逃し、神々の存在にも気がつかぬまま来世へと旅立つ。



 此処は隠世。

 万物が誕生うまれ、還る場所。

 永眠ねむれる亡者の性、生を手繰るる。


 其処は隠世。

 終焉と嚆矢こうしの狭間。

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