首だけヤンデレアンドロイドは没落令嬢に首ったけ!
潮騒めもそ
第1話
お掃除ロボットのコリィが無機質な唸り声で床を走り回っている。
今はアンドレ様の屋敷――かつて私が暮らしていた、広くも狭くもない築二十年の家を淡々と掃除する。
埃を払うたびに、昔の思い出がちらちらと浮かぶ。
――子供のころ、両親はアンドロイドの研究者で、いつも忙しかった。
私の相手をしてくれたのは、執事アンドロイドのレイン。
やわらかな声で紅茶を注ぎ、眠るまで絵本を読んでくれた。
かけっこにボードゲームもした、たくさんの思い出が家の至る所にある。
彼は、大事な家族だった。
そして今はこの屋敷の主であるアンドレとも、幼馴染としてよく一緒に遊んだものだ。
……あの頃は、本当に幸せだったな。
思い出に沈みながら、書斎の本棚の奥を拭いていたそのとき――。
コトン。
妙な音がした。
本をどけると、奥に小さな扉があった。金属の縁には、ミント家の紋章。
鍵は錆びついていて、軽く押すとギギ……と古びた音を立てて開いた。
中は、狭い隠し部屋。
小さな明かり窓から光が差し込んでいる。
中央に、白い布をかけられたガラスケースがひとつ置かれている。
なにこれ……
布をめくった瞬間、喉が凍りついた。
中に安置されていたのは――首だけのアンドロイドだった。
黒の長髪はまだ艶を保ち、まぶたは今にも開きそうなくらい精巧な顔立ち。
……懐かしい、私の執事。
震える指先で、頬にそっと触れた。
「レイン……?」
反応はない。
首の接合部に小さなスイッチがある。
つい、押してしまった。
――ピッ。
空気が止まった気がした。
ふわりと黒髪が、風もないのに生きているようになびく。
ゆっくりとまぶたが開き、アメジストの瞳と目が合った。
「……ミント様」
「ひゃああああっ!!?」
あまりのことに、ガラスケースを倒しかけた。
あわてて支えた手の中で、レインの首がごろんと転がりかける。
目を開けた彼は、穏やかに微笑んでいた。
黒髪がするりと動き、私の手に絡みついた。
「ひゃあ!離して!」
黒髪が、名残惜しそうに腕から離れていく。
「お元気でしたか? またこうしてお話できるなんて、夢のようです」
「あなた本当にレインなの!? なんで首だけで喋れるの!? 高性能モデルだったの?」
「……私はレインですよ。過去のデータが曖昧ですが、時間をかければ復旧可能です」
「一体どうしてこんなところに首だけ……?」
まるで昔のままの口調に、混乱と懐かしさがいっぺんに押し寄せる。
レインは丁寧に首を傾け、どこか嬉しそうに言った。
「今日は何をして遊びましょうか。かくれんぼ? ボードゲーム?」
「もう……! 遊びません! 子供扱いしないで。ていうか首だけでどうやって遊ぶつもり?」
「髪の毛を操ります」
するりと、黒髪が私の手を撫でた。
「やっやめて!くすぐったい!」
頬に髪の毛がすうっと触れる。
けれど、その声を聞いたレインは、どこか安堵したように笑った。
「ミント様の声……やっとまた聞けて嬉しいです」
「……レイン」
「ああ……もっとたくさん名前を呼んで欲しいです」
穏やかで――けれど、どこか底の見えない微笑み。
……それにしても、なんで動いてるの? 七年以上も前の機体なのに。
ぬるくなった紅茶を飲んだような苦い気分になる。
「ミント様、どうかなさいましたか?」
「……いいえ、なんでもないわ。お掃除、再開しなきゃ」
そう言いながらも、背筋に張りつくような視線を感じる。
首だけのレイン。
まるで見守られているような――いや、それ以上の。
「また来るからここでおとなしく待っていてね」
レインは小さく笑って、黒髪を揺らし、手を振る真似をした。
「それは……お約束できません」
その声は、コリィの駆動音にまぎれて消えた。
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