沈黙の構造
帝都大学大学院・建築学専攻。
天道真一は、卒業制作で高い評価を得ながらも、
内心では満足していなかった。
「建築が人を感動させるなら、なぜ街は無表情なんだ?」
戦後復興の波の中、
実用第一の無機質な建物が次々と立ち上がる。
美しさより、速さと効率が求められる時代。
そんな現実に、彼の理想主義は打ち砕かれつつあった。
ある日、学内で行われた建築デザイン審査会。
天道の発表テーマは「沈黙の構造」——
音を吸収し、祈りの静寂を再現する礼拝堂の設計だった。
しかし、審査員の一人・加納教授が冷たく言い放つ。
「静けさに意味はない。人は喧騒の中に生きる。」
反論しようとする天道に、恩師の高井教授が静かに制した。
「理想を描くなとは言わん。
だがな、理想を“建てる”には、現実の地盤がいる。」
その言葉に、天道は何も言い返せなかった。
失意の中、天道は学外コンペに応募する。
テーマは「人の記憶を留める建築」。
彼は廃教会を改修し、音を吸い込む構造の模型を制作した。
だが完成直前、設計上のミスで屋根が崩落。
模型は粉々に壊れ、彼の手に深い切り傷が残った。
それを見た研究仲間の花村綾が見舞いに来る。
彼女は既に社会人として劇場の美術助手をしていた。
「あなたの建築、静かすぎるのよ。
もっと人の声を聴かせてあげて。」
その一言に、天道は思い出した。
――“音を閉じこめる”のではなく、“音を導く”という発想。
彼は傷ついた手で、再び図面を描き始めた。
半年後、学内展示会で、彼は新たな設計を発表する。
名は「灯(ともしび)の塔」。
外壁の隙間から風が通り抜け、
人が歩くたびに“共鳴音”がわずかに響く構造。
中央には円形の吹き抜けがあり、
上部に小さな鐘が吊られていた。
「この建築は沈黙ではなく、“人の声を聴く静けさ”です。」
会場は静まり返り、
審査員のひとりがぽつりと言った。
「音と空間が調和している……。
建築に魂を感じる。」
その日、天道真一は初めて「建築家」と呼ばれた。
展示会の翌日、綾から手紙が届く。
『あなたの塔の音、客席から聴こえました。
あれはきっと、舞台の幕が上がる音ね。
だから私は信じています。
あなたがいつか“祈りを鳴らす建物”を造る日を。』
手紙を読みながら、天道は思う。
「沈黙とは、音が生まれる前の“祈り”なんだ。」
彼の視線の先で、
新しい街の鐘が、小さく鳴った。
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