孤独な処刑人は、それでも人を殺し続ける

@takahasimomiji

プロローグ

 ――こ、このぉ、卑怯者!


 イーストエンドのさらに果て。

 裏路地を歩いていると、遠くから幼い女性の悲鳴が聞こえた。


 足を止める。灰色の霧を切り裂くような、尋常ではない声だった。


 嫌な予感がする。


 声の方向から考えるに、ここよりもさらに入り組んだ裏路地あたり。


 ただのトラブルではない。気づいた瞬間、走り出していた。


 全力疾走すると、背負っている黒の斧がカタカタ揺れる。肩の後ろに手を回し、斧の柄を握った。戦闘態勢で裏路地のさらに奥へと突入した。


 祈るような気持ちで捜索する。


 見つけた。彼女は細い路地にいた。数人の男に囲まれて、袋小路に追い詰められている。


 ――瞬間、俺の呼吸は止まってしまった。


 長い髪をはためかせ、彼女は舞っているようだった。小さな身体で大きな槍を、踊るように振るっている。オレンジのガス灯に照らされて、銀の髪が光を放つ。白の槍が描く曲線と彼女の舞は黄金比となり、神話の戦女神を思わせる至上の芸術品のようだった。


 息が止まる。僅かに使命感を忘れ足が止まる。何年かぶりの感動で放心していた。

戦い――殺し合いをしているとは思えなかった。


 金属音で我に返る。彼女の槍さばきは優雅だが、男三人には不利だった。鉄パイプと打ち合ううちに、じりじりと奥の方へと押し込まれている。


「おい、何をしている」


 背負っていた黒の斧を手に取り、声をかける。

 男たちは振り向いた。俺に気づくと目を見開き、身体をこわばらせる。


「ちっ――死神かよ……っ! こんな日についてねぇ……」


 三人とも《腐敗病》の進行は中程度だろうか。髪が抜け落ちやせていた。鉄パイプを握り締め、警戒するように構えている。


「何をしていた」

「……ちょっと遊んでいただけ、と言ったら?」

「偽証は許さん。罪を重ねるのなら、その首を落とす」


 路地に冷たい風が吹く。冬の空気が肌を刺す。

 路地は静かだった。


「上等な獲物の狩りをしていた、と言ったら?」

「未遂でも罪は重い。拘束して連行させてもらおう」

「けっ、さすが死神サマだな」


 自嘲するように笑った。強張った筋肉で鉄パイプを握り締め、憎しみを込めた瞳で睨みつけてくる。


「あなたは……いったい……?」


 銀髪の少女が茫然と呟く。宝石のような紅い瞳が路地の最奥で輝いていた。


「アニキ……こいつ、ほんとに強いんスか?」


 奥の男が訝しむ。視線は黒の斧に集中し、困惑するような態度だった。


「こいつの実力を知る悪党はみんな死んだよ。だから、死神」

「その呼び名は好きではないがな」

「でもっすよ、アニキ――人間なら、これで死ぬっスよね!」


 不意を突くように、子分面の男が腰の《蒸気銃》を抜く。早撃ちを想定した拳銃だ。銃口は俺の心臓に向き、付属の圧力メーターが振り切れんばかりの勢いで回る。圧縮蒸気によって加速した弾丸が音速を超えて放たれる。


 それより早く、俺は羽織っていた黒の上着を前方に広げて盾にする。防弾素材が組み込まれた特注品だ。三発の銃弾をすべて防いだ。


「なっ!」驚愕の声が聞こえる。早撃ちに自信を持っていたのだろう。予期していなければ上着を広げる前にやられていた。


「バカ野郎! 下手にヤツを刺激したら――」


 男たちはやけっぱちな表情で《蒸気銃》を構える。本気の殺し合いに鉄パイプでは無謀だ。


一歩遅い。銃を構える前に、斧の間合いへと接近した。


「処刑人、アストラルが宣告する。自警団の名の下に、貴様らを処刑する」

「く、クソッたれが――ッ!」


 距離をとろうと男たちがのけぞるも、俺はさらに踏み込み斧を振るう。


 まず、一人。目を見開いたままの生首が落下していく。

 返しの刃で二人目を斬る。もちろん、俺が狙うのは首元だけ。処刑で罪人を苦しませてはならない。


「し、死神! この女がどうな――」


 三人目の男が少女の頭部に拳銃を突き付ける。


 この距離ならば銃より斧が速い。脅し文句を言い終わる前に三人目も処刑した。刹那の攻防に断末魔さえ響かない。べちゃっ、と肉塊が血だまりに倒れていく音だけが、殺し合いの終わりを告げていた。


 見慣れた死の光景。日常となった惨劇の風景だ。


 路地はしんと静まり返る。粘度の高い血が地面を濡らす音がやけにはっきりと聞こえた。


 少女を見ると、長い髪のあちこちが赤く濡れていた。呆然と立ち尽くし、虚ろな目で転がる死体を見つめている。


「怪我はないか」

「平気……です。ありがとうございます……」


 血や泥はついているが、目立った外傷はない。痛がるそぶりもないのは安心した。


「でも……なんで……」


 ぽつり、呟く。そよ風にさえかき消されそうな弱々しい声が、路地の静寂の中では聞こえてしまった。


 次の言葉を予想して、心の中で嘆息する。

 少女は身なりがいい。立ち姿は一本芯が通っており、《腐敗病》に侵されていない肌は白くきめ細かい。


西側で大切に育てられたのだろう。その美しさはイーストエンドで浮いていた。


「なんで……殺したんですか……?」

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