第14話 香りの余韻、寄り添う夜

自室に戻り、紙袋を開けると、中には上質な入浴剤やラベンダーとゼラニウムの香りのボディクリーム、可憐なミニリップ。

そして一枚のカードが添えられていた。


――『憂様へ。日々の努力の合間に、少しでも安らぎが訪れますように。

どうか健やかで実り多い一年をお過ごしくださいませ』


女の子らしい丸みを帯びた文字。

その端には、ぎこちなく描かれたカエルのイラストが添えられていた。

両手の長さも目の大きさも不揃い――けれど、その不器用さがむしろ愛らしい。


憂はカードをなぞり、小さく笑みをこぼす。

「……本当に、不器用な人だな」


厳しさと誠実さ、その両方を受け取った気がして、憂はカードを胸に抱きしめた。


窓の外にまだ淡い光が残るころ、憂は静かに浴槽に身を沈めた。


石田から贈られた入浴剤を指先で揉み入れると、湯面から柔らかな蒸気が立ち上り、浴室全体を落ち着いた空気が満たしていく。

熱めのお湯が肌を包み込み、張りつめていた心がほどけるのを感じながら、憂は目を閉じて深く息を吸い込んだ。


今日の出来事が胸の奥で静かにほどけていく。

千秋の気遣い、葉月のあたたかな笑顔、石田さんの的確な助言、そしてメイドたちのさりげない心配り――

それぞれの姿が鮮やかに浮かび上がり、心に小さな温もりを灯した。


「……石田さん、ありがとう」

小さな声が湯気に溶ける。


湯から上がると、タオルで体を包み、濡れた髪をふわりと拭く。

ボディクリームを手のひらで温めながら丁寧に伸ばすと、甘やかな香りが体と気持ちをほぐしていく。

最後に可憐なミニリップを唇にひと塗りする。

薄く艶めく色とほのかな香りが、夕暮れの静かな部屋にひそやかな幸福感を添えた。


湯気に霞む鏡に、自分の笑みがゆっくりと浮かぶ。

その微笑みに励まされるように、憂は今日一日の余韻を胸に抱き、夜も更け、ベッドへ向かった。


薄明かりの中、ベッドに二人が並ぶ。

葉月は穏やかな呼吸で半分眠っているが、憂は少し緊張しながら肩に手を添えた。

柔らかな体温が肩を伝い、鼻をくすぐる入浴剤の香りと混ざる。


「葉月姉……あの、実は……」

憂の声は小さく震える。指先が髪に触れるたび、胸が高鳴る。


葉月は半分目を閉じ微笑む。

「……ん? どうしたの、憂ちゃん?」


「私、千秋の家庭教師のアルバイト、始めたの」

憂はそっと葉月に寄り添う。


「ごめんね……勝手に始めちゃって……」

小さく謝ると、葉月は手を握り返す。掌の温もりが体にじんわり伝わる。


「……別に、いいよ。憂ちゃん……」

囁かれた言葉に憂は自然に笑みを返す。額をそっと寄せ、体を葉月に預ける。

呼吸が重なり、静かな親密さに包まれる。


「……こうして、そばにいてくれると、すごく嬉しいんだ」

耳元で囁かれ、憂は小さく頷く。

手のひらで背中を撫で、自然に葉月に寄り添った。


「……私も……嬉しいよ」

互いの温もりを感じながら、静かな夜がゆっくりと広がっていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る