第7話 知らなかっただけ

「お前ら、ちょっと休憩して来い」


 男子部の部長が一時を過ぎたころ、俺と龍平に言ってきた。そろそろ腹も減っている。下っ端から休憩に入らせてくれるところが部長らしい。


「じゃあ、ちょっとだけ」

「あっ、そうだ。真希ちゃんの野点に行ってやれよ」

「なんでですか。また無駄に騒ぎになるだけですよ」

「真希ちゃん、きっと待ってるぞ」

「休憩、入らせて頂きます」


 俺は部長との会話を切り上げる。龍平は純白のタキシードのままだ。それでも悪目立ちしないのは、龍平が色っぽいイケメンだからだろう。


「なにか食う?」

「その前に真希ちゃんの野点に行くぞ」

「なんでだよ」

「変な意地を張って真希ちゃん、傷つけることないだろ」


 龍平は茶道部が野点をしている坂の上を目指して上って行く。俺は黙って後を追う。真希はたぶん待ってくれている。その気持ちを無視する必要なんてないと、龍平は言っている。


 俺はまた嫉妬の的になり、敵を増やすだけだけれど、真希が待ってくれているのなら、行くしかないか。


 木陰での野点も盛況のようだった。客席に空きはない。

 けれども真希が亭主を務める野点の席はすぐにわかる。野点なんかに縁がなさそうな男子高生がずらりと並んでいるからだ。


「あっ、高良君と龍平君じゃない」


 部長の冴子先輩が俺達に気がつき、走って来た。


「真希ちゃんの野点にきてくれたのよね?」

「はい」

「今ね。真希ちゃんのお客があまりにも多いから、人数制限かけたところなの。だけど二人は特別枠っていうことで、列の最後に並んでくれる?」

「そんなにすごいんですか?」

「ちょっと真希ちゃん一人じゃ対応できない」

「わかりました。それじゃあ最後に並ばせて頂きます。ありがとうございます」

「こちらこそ、ありがとう」


 冴子先輩は紅白の幕が張られた裏方へと消えていく。


 真希はペールピンクの小紋の着物に白い帯を御太鼓に結っていた。

 芝生に直に敷かれた緋毛氈ひもうせんの上で正座して、抹茶の入った茶わんにポットから湯をそそぎ、茶筅ちゃせんで茶をたてる。茶筅をWの字に動かしで泡立てる。


 茶をたて終えた真希は茶碗を脇に置く。すると運び役が客に茶碗を持って行く。それをずっとくり返す。作法に従い、凛として背筋を伸ばした真希は可愛いというより美しい。


 俺と龍平の番になり、ようやく気づいたように大きく目を見張る。

 だからと言って騒ぎ立てるでもなく、軽い会釈を寄越してきた。


「どうぞ」


 懐紙かいしに乗せられた干菓子ひがしを部員に勧められ、俺達は受け取った。甘い砂糖菓子を口に入れて溶かしたあと、真希が立ててくれたお茶をすする。きめ細やかな泡が舌にも喉にも心地よい。最後の一滴まですするのが作法だから、俺はズズっと音を立てて飲み干した。

 空になった茶碗を部員に渡して席を立つ。


「美味かった」


 俺は一声かけた。

 真希はゆっくり優雅に一礼する。


 こんな真希もいるんだな。俺はキャンキャン小うるさい真希しか知らずにいたのにな。


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