ママは同級生  泉水しゅう

@izumisyuu7

第1話同級生はママになる

4月6日、太陽が眩しい春休みの朝、私、水無月明菜(みなずき あきな)は起きたいとは思わない…もっと寝ていたい…もっと寝ていたい…今日は朝から憂鬱な気分だ…

なぜかと言うと私の父、啓太の結婚式が執り行われる日だから…

結婚式は教会で、その後の披露宴は場所を移動してパーティーをするらしい…らしい?だって…

お父さんったら自分の結婚式なのに相手のお母さんの言われたとおりにしているだけ…そして決まったことを私に言ってくるだけ…

決まったことを聞いて、そのとおりに動いて…

なんなの?…いったい…

お母さんになる人にはまだ会ってもいないし…

それに『まま』って呼ぶようにって言われたって…

そんなにすぐには呼べない…でも『ママ』とか呼ばないと、なんか変な距離感が出ちゃいそうな…

そういうのもあって、練習はしたものの…

それよりもお父さんから相手の人との顔合わせの話しすら出ていない…

多分忘れてる…絶対に忘れてる…絶対!

だって合わせるどころか写真すらないなんて…何のためののスマホなのよ!!これだから男の人って…

だって普通付き合っていれば写真の1枚や2枚ぐらいは撮ってるでしょ?それどころか2人一緒の写真とか、お互いに撮りあったり写メ送りあったりするでしょ?普通は!

まったく…ポワーンとしてて優柔不断で、何でもすぐ雑ににする…

こんな人とよく結婚したいと言ったもんだ…

いやっ!そんな大切なことを言われたかどうか覚えていないって…ああっ!なんかイライラしてきた!

こんな父親を見ていたら本当にイライラしてくる!

相手の人も相手の人で…こんな父親のどこが気に入ったんだろう?…

なんだか相手のお母さんに相当気に入られているみたいだけど、どうやってそこまで気に入られたのか今でも不思議に思ってる…

それにしてもすべてがめちゃくちゃ早い!

お父さんの話しを聞いててると頭の中がグチャグチャになってしまって…事の始まりは…

楽しく過ごしていた春休みの4月3日の夜のことだった…仕事から帰ってきて…

「帰ったぞ明菜!」

「おかえり」

「…お父さんな…結婚することになったみたいだ…」

だもん!…いきなりよ!…私は呆気にとられるというか、あまりにも突然な言葉に

「へっ??…けっ、結婚?誰と?…」

「女の人とだよ、決まっているだろう?」

「ん?…そりゃそうねって…いや、そんな事わかってるけど…いつ?」

「4月6日…」

「ええっ!!聞いてないわよ!」

「だから今言ったんだよぉ」

「急過ぎない?だって…こ心の準備が…」

「おおっ!そりゃあそうだ!なんたってさっき決まったんだよぉ!俺も心の準備ができてないぞ!」

「ええっ!!さっ、さっき?なんでもっと早くっ…じゃない!いい人いるならいるって、なんで言ってくれなかったのよ!」

「いやっ!実はな、仕事終わって帰ろうとしたら相手のお母さんが電話してきてな、『結婚式の件でなんですが4月6日で予約しました。その後にパーティーの予約もしました。娘はぽわーっとしていて優柔不断なところもありますが、どうかよろしくお願いします』って言われたんだよぉ…」

「なっ何?もう相手のお母さんが全部手配してくれたってこと?」

「そうだな…そうなるよな…ハハ…」

「ええっ!嘘でしょ?」

「俺もビックリだよ。いつの間にか全部決まっててな」

「えっ?お父さん!相手の人はなんて言ってたの?」

「おおっ!忘れてた!まだ聞いてないなぁ」

「なにそれー!!相手の人に聞かずに結婚って…嘘でしょ?」

「本当だ、父さんもビックリしててなっ!」

「ビックリしたのは私よ!普通なんか言うでしょ?結婚してくださいとか…」

「あっ!まだ言ってねぇな!…その…なんだ…」

父の話しに聞いていて、あまりにも雑すぎる話の内容に怒りが込み上げてきて話の途中に割って入った。

「なにそれえええええええええええーっ!!!!!!」

私は大声で叫んでしまった。

「おあっ!ビックリしたぁー!」

「ビックリした!じゃないのよ!相手の人に言ってないの?」

「まあ…な」

「なっなっなっなっなによー!!!!!!結婚してくださいも言ってないのになんで結婚式があるのよ!!!!!!おかしいでしょ???」

「まぁ、そうみたいだな…」

「そうみたいだなって、あんたの結婚式でしょうがぁーっ!!!!」

「うん、まぁそういう事になって…」

明菜は父のポワポワと自分のペースで他人事みたいに言っているのが許せず…

「こらああっ!!!結婚するのは誰よぉーっ!!!!」

「俺…でいいですか?」

「いいですか?って、誰に聞いとんじゃあーっ!!!私が聞いとんじゃあーっ!!!」

「は…はい…そうでした…」

さすがの父も明菜の怒り方にビビって言葉遣いも変わる…

「だよなぁーっ!!!じゃあ相手の人に言ってないの?」

「まっ、まあ…そういう事になるような…」

「なんでそういうことになるよの!!!!おかしいでしょ??」

「おかしい…かな?…」

「聞くなあーっ!!!相手の人が可哀想でしょ???」

「そっ、そうかぁ?…そうなるのか?」

「そうなるのか?だとぉぉぉっ!女の夢ぶち壊しやがって!どの面下げて言ってんのよお??」

「こんな顔ですが…」

「…ふざけんなぁ!!!結婚だぞ!!お互い好きだからするもんじゃないの??」

「普通はそうだと思いますが…」

「ふ、つ、うだよなぁ?」

「そ、お、で、す、ね」

「真似すんなぁーっ!そんなこと言ってる場合かぁ?あんたは相手の人好きなんでしょ?」

「…たぶん…」

「たぶん????って、なによ!!!好きだから結婚するんでしょうがあっ!!!」

「まあ…そうなると思いますが…」

「わっ訳わからん!!なによ!!この結婚は!!!」

「こっちも訳わかんないっす…」

「…なんでよ!なんで分かんなくなるのよぉっ!!もぉーっ!!」

明菜は怒りを抑えながら確認をしようと考えた。

「ちょっと!!まず確認よ!いい?」

「は、はい」

父親も明菜の怒りに萎縮してしまったままだった。

「相手の人は初めてなの?」

「はっ初めてって言うと?」

「結婚に決まってるでしょ??」

「あぁ…たぶん初めてかと…」

「たぶん?そんなのも聞いてないの?」

「まぁ…そんな話になったことないんで…」

「もおーっ!!いつから付き合ってんの?」

「えっと…付き合ってたっけな?」

「はぁぁぁっ?付き合ってなくてなんで結婚式が決まるのよぉ!!」

「…そう言われましても…」

「あんたはもぉー!ポヤってしてるから相手の人が付き合ってくださいって言ったの聞き逃してんじゃないの?絶対そうよ!」

「そ、そっかあ…いつの間にか言われてたんだ…」

「もぉぉぉっ!!男ならハッキリと付き合ってくださいって言えぇぇぇっ!!!」

「いやあ…そんな事言うタイミングなんて…とても…」

「なんでよっ?じゃあせめて結婚してくださいぐらいハッキリ言ってあげてよ!!」

「はぁ…」

「きちんと返事!!」

「はい!」

「それでよし!ハッキリ言わないと…お父さんは初めてじゃないからいいけど…相手の人が可哀想よ…こんな優柔不断で…だからお母さんに嫌われて別れることになったのに…まだわかんないの?」

「いやっ…分かってはいるけどな…」

「何が分かっているのよ?」

「何がって…そ、その…」

父親の子供みたいな喋り方に明菜はまた怒りが込み上げてくる。

「どっちが親よ?訳わかんないじゃないの!!」

「そ、そんなに怒るなって…血圧上がるぞ…」

「私はまだそんなに年取ってないわよ!…女子高生よ!…」

「そっ、そう言えばそうだった…」

「なに?そう言えばって?…老けて見えてるってこと?女子高生の娘に向かってこの口が言うかぁー!」

明菜は父の口を摘まんで捻った。

「んんんっ!!」

明菜が手を話すと、

「痛いじゃないか!」

「当たり前よ!女子高生の娘に向かってよく言えるわね!このオッサンがあ!」

「あっ明菜!お、落ち着こう!今なんの話ししてたんだっけ?」

「あっ!結婚よ!…私なら相手の人にハッキリと言ってもらって…って考えているの!もちろん!返事もハッキリ言うわよ!」

「おおっ!すごい!」

「すごいじゃないってば!今は私のことよりあんたのことでしょ?ハッキリしなさい!」

「はい!」

「返事だけハッキリ言ってどうすんのよぉ!結婚よ?ハッキリ言ってあげて!」

「…なんて言ったらさぁ…」

「結婚しよう!とか結婚してくださいでしょ!大事な言葉なんだからきちんと言ってよ!」

「…まぁ…たぶんオッケーだ」

「なっ、なっ、何よ!!たぶんって!勝手に決めて!これで確認したつもり?」

「まぁ…な」

「まぁな!じゃなーい!本当にいい加減ね!あんた!いい年なんだからこれくらいはきちんと確認しなさいよ!子供じゃないんだから!」

「わっ、分かったから!分かったから!確認したらいいのか?」

「なんで私に聞くのよっ!相手の人に聞いてよっ!まったく!近頃のオッサンわぁー!」

「じゃあ今度確認しときまーす!」

「今度?今度じゃないのよ!!今よ!今でしょうがぁ!!今すぐ聞きなさぁーい!」

「はい!」

父は大慌てで相手に電話をかけにスマホを取り出し別の部屋に入っていった。

「もおーっ!心配ばかりかけさせて…本当に結婚してやっていけるのかしら?…物凄く不安だわ…」

別の部屋に入って電話していた父が電話を切って戻ってきた。

「どうだった?」

明菜はどんな返事だったかワクワクして聞いてみた。

「あの子に電話したんだけどすぐにお母さんが代わってな、衣装の打ち合わせが明日なので仕事帰りに寄ってって言われちゃったよ」

「えっ?ち、ちょっと待って!何聞いたのよ?相手の人の直接の確認でしょ?」

「あっ!そう言えば…そうだったな…もおいっかぁ!なっ!明菜!」

「もおいっかぁ??何言ってんのよぉ!!聞かないでどおすんのよぉっ!!」

「まぁ…相手のお母さんが全て決めてくれたし…めでたしめでたし…なっ!」

「なっ!って…何よっ!もおー!訳わかんなーい!…結婚ってこんなにもあっけなく決まっちゃうの?」

「そういうこともあるだろ」

「いやいやーっ!!私の思い描いてきた理想の結婚が…なんか静かに崩れ落ちていくんじゃなくて、ミサイル撃ち込まれてドッカーン!!って爆破された気分よ!…」

「まあまあ…理想と現実…」

「いやあああああっ!!!こんな結婚私はしたくなあああーい!!」

「明菜はうまくいくよ…多分な」

「何よ!たぶんって…それに変な間を開けて言ってくるなんて…もおおおおおおおーっ!!私の夢を返してぇー!!」



翌日の朝…結婚式まであと2日…


「もおっ!あの優柔不断オヤジめぇーっ!」朝の目覚めからすこぶる不機嫌だ!昨日のこともあり、あれからずっと不機嫌なままである。

「友達と会うかあー。こんな日は誰と会おうかな…昨日皆と会ったし、まずメールしてっと!」

私は友達が多い方だと思うけど、休みの日とかによく会う特に仲のいい子は5人…霜月弥生(しもずきやよい)さん、白露葉月(しらつゆはづき)さん、如月裕美(きさらぎゆうみ)さん、雨水さつき(うすいさつき)さん、水森陽香(みずもりはるか)さん…今日は昨日のイライラもあるし…

「まずは順番にメールしてみよっと!」

葉月さんから

ー 今日予定有りなので、ごめんね明菜 ー

裕美は?

ー 今日は朝から塾なの、春休み特訓でちょっと無理かも ー

さつき…

ー 今から日帰り旅行に行くの ー

陽香はどうかしら?

ー 今日はちょっと予定があって、ごめんね ー

残りは霜月さん…

ー おはようございます。今日は何も予定がないので会えますよ。昨日の店ですか? ー

「やったー!霜月さんは会える!」

ー じゃあ昨日の店に10時半でどう? ー

ー はい!10時半に行きますねよろしくです ー

ー じゃああとでね! ー

これで完了!

「さて、今から準備していかなくっちゃ!」

友達に会えると思うと気分はいくらか晴れて足取りも軽く友達との待ち合わせの店に。

「ちょっと早かったかなぁ…霜月さんはまだ来てないかなぁっと、あっ!」

店内を見回しているところにちょうど霜月さんが入ってきた。

「明菜さん!待ちましたか?」

「私も今来たところよ!どこ座る?…あっ!あそこにしよ!」

どこに座るか聞いてはいけないのを忘れるところだった。霜月さんに聞くと、とても時間がかかるので友達の皆も気をつけていた。

「昨日ぶりー!」

私は友達に会えた事もあっていつものように元気に言っていた。

「そうでしたね。昨日も会ってたから久しぶりは使えないですもんね」

「そうそう!」

「そう言えば!今日の面白メールどうしたんですか?愚痴って…」

少し心配そうな表情の霜月さんが私を見ている。

「そう!それよ!昨日のことなんだけど…」

「昨日って会った後のことですね?」

「そうなの。仕事から帰ってきたのお父さんが急に結婚するって言い出して…大変だったのよ!」

「えっ!明菜さんのお父さんって独身だったんですか?」

霜月弥生は驚いた顔にして私に聞いてきた。

「そうなの…5年前に離婚して…それ以来私が食事に家事全部やってるの…もう大変よ!」

「そうだったんですか!…大変ですね」

「そうなのよ。私のお父さんって物凄い優柔不断でポワーとしてて何でもいい加減にするから毎日イライラするの」

「お父さんってそんなに優柔不断なんですか?」

「そうなのよ、一緒にファミレスとか行くでしょ?するとメニューなんかなかなか決まらないし、買い物でスーパーなんか行っても同じものが何種類かあるとまた悩んでなかなか決まらないのよ…わかる?」

「なんとなく分かりますよ。だって明菜さんって何でも決めるの早いでしょ?それだとお父さんに早く決めてって思うんじゃないかしら?」

「そうそう!分かってくれた?」

「はい!」

元気に返事をしてくれた霜月さんは私に向いて笑顔を見せた。

「ありがとぉー!分かってくれて嬉しい!あっ!注文するの忘れてた!霜月さん!飲み物どうする?…じゃない!私と一緒のにする?」

「はい!ありがとう!お願いします!」

(危ない危ない…メニュー決めさせたら30分は待つようになるから…)

「じゃあ注文してくるね!」

と、カウンターへ…商品を待っている間に明菜は、どうする?って言葉を出さないようにしているが、家でもたまに聞いてしまい大失敗していたことを思い出していた…

特に父と霜月さんには使わないようにしないといけなかったことに『注意しなければ』と、思ったのである。

「なんだかこの二人って似てるところがありそう…」

とも思っていた…。

そして商品を受け取って戻ってきた。

「ありがとうございます!」

2人は早速飲み物を口にしながら話しを続ける。

「新学年楽しみよね?クラスは3年間一緒だけど席はどこになるかしら?」

来週の月曜から学校が始まるのでついつい学校の話しになってしまう。

「やっぱり名前順じゃないですか?」

「そうね!やっぱり新学年初めの席順はそうなりそうよね」

「春休み中に会ってなかった友達とも久々に会うし、楽しみよねー?」

「はい!楽しみです!」

「霜月さん、春休み終わるまでは何か予定はあるの?」

「そうですね、今のところはまだよくはわからないんですよ」

「えっ、どういうこと?」

「その日の朝にならないと分からないんですよ…」

「へっ?なんでなんで?」

「お母さんが勝手に予定決めるんですよ」

「勝手にって?…」

「はい、お母さんは、誰にも相談しないで自分の思ったとおりに決めるので大変なんですよ…」

「うわぁ…それって最悪!」

「そうですよね…だから私の予定なんかは無視するのでなんにもできないんですよ」

「へえー、じゃあ今度はいつ遊ぶ?って約束はいつもわからないですって言ってたのって…」

「そうです、いつ予定が入るかわからないので約束できなかったんですよ…」

「そうだったんだ」

明菜は今まで遊ぶ予定がいつもその日の朝にならないと分からいのでと言っていたことの理由が分かり納得できた。

「今まで忙しい人なんだって思ってたけど違ったのね?でも大変そう…」

「そうなんですよー、朝起きると今日の予定を言われるので大変ですよ」

「なんか私の愚痴なんかより霜月さんの方が愚痴言ってくれないと…ストレス溜まるわよ…」

「そう…思いますか?」

「うん、何かあったらいつでも言ってよ、愚痴ぐらいならいつでもいくらでも聞けるから…ねっ!」

「ありがとございます!あの…それと…名前の呼び方なんですけど…皆と同じように呼んでくれてもいいんですよ、弥生って…」

「そう?なんか言葉遣いが丁寧だからついつい霜月さんって呼んでたの。ごめんね。今からは弥生って呼ぶわよ!」

「はい!ありがとうござ…ありがとう!話し方はすぐには直らないかもしれません…」

「話し方はそのうちでいいから…ね!弥生!」

「はい!」

それからいろいろ話して昼食も一緒に食べて、この日は朝の不機嫌もなくなりいつものニコニコの明菜に戻っていた。

家に帰ると、さっきまでのニコニコは消えてしまい、だんだんと近づく結婚式の日にイライラしてくる…それもそのはず…結婚式は明後日なのだから…それと大事なことに色々と気がついた。

(お父さんは衣装合わせだの結婚指輪がどうだとか色々やることあるみたいだけど、肝心なところ忘れてない?結婚してくださいに相手の人との顔合わせに…)

「あっ!なっ、名前は?名前すら聞いてないじゃない!私!!」

私以外誰もいないリビングに声が響く。

「もう!結婚するって言い出して明々後日に結婚だなんて!頭の中がグチャグチャになって相手の人の名前すら聞けてないじゃないの!」

そんなことも聞けていなかった自分に驚いた。

「お父さんのせいだわ!相手の人の名前聞くのも忘れるなんて…私ったらどうしたのよ?お父さんが帰ってきたら聞いてみよっと…」

(昨日結婚するって言われて…明後日よ…結婚式…)

心の中の呟きが明らかに普通ではない結婚式までの速さに声が出そうになる。

「何よ!この超スピード婚は!…」

そんなことを考えていると…

「ガチャ、ただいまぁ!」

「おっ!帰ってきたわ、聞かないと…名前…」

いつもはすぐに言えるのに自分が聞くのを忘れてたとなってちょっと恥ずかしい。

「あああー疲れたー、さっき結婚指輪取りに行ってそのまま相手のお母さんに渡してきたから余計に疲れたよぉ」

「おかえり…その…名前…忘れて…」

相手の人の名前を聞き忘れていた事に物凄く言い難かったのもあって言葉が詰まった感じになった。

「名前?今更聞くのか?啓太だぞ、忘れたか?」

「…誰があんたの名前今更聞くのよ!!相手の人よ!!」

「おおっ!ビックリしたー!そっそうか?…えっと…何だっけ?…」

「ええっ!!名前忘れたのぉ??…ちっ、ちょっとぉ…大丈夫なの?この結婚…」

相手の名前をわすれたみたいな父の言葉に呆れ返ると共に不安な気持ちが出てきた。

「大丈夫だ!…そうだ!相手の人じゃ言いにくいから『ママ』って呼んであげろ!会った日には言えるようにしとけよ…なっ!」

「ママあ?…何よ!私って小学生ぐらいに見えるのぉ?このオヤジー!」

「ママが言いやすいだろう?『お母さん』だとなんか畏まった感じがしないか?」

「まぁ…でも初対面なのに…やっぱり『お母さん』って呼ぶ方がいいんじゃないの?」

「明菜が言うとなんか変に聞こえるぞ…やっぱり気楽に呼べる『ママ』でいこう!」

「ええっ!恥ずかしいよ!…『ママ』って…」

明菜はそう言うと顔を赤らめていた。

「お母さんよりはママの方が良く聞こえたぞ…やっぱり『ママ』で決まりだな」

「…『ママ』かぁぁぁっ!…呼べる頑張ってみるわ…」

きちんと『ママ』と呼ぶようにしなくちゃ!という事で頭の中がいっぱいになってしまった明菜は、その『ママ』の名前を確認することさえ忘れていたのだった。

  4月5日 結婚式前日

今日は友達の裕美と葉月と弥生といつもの店で集まっていた。そして明日の結婚式当日の事を離していた。

「もぉぉぉぉぉっ!明日行きたくないっ!」

「なんで?お父さんの結婚式でしょ?」

裕美が何かあったんじゃないかと心配そうに聞いてきた。葉月と弥生も心配して明菜を見る。

「聞いてよ!明日初対面の相手の人に『ママ』って呼ぶようにって言われたの…もう最悪!」

「そうだったの?私はママって読んでるわよ」

葉月が言う。

「名前呼びは?」裕美が聞いた。

「名前知らないの…」

「えええええええっ!!!」

3人共驚いて同時に声を上げた。

「知らないって…マジ?」

「そうよ…」

「…」

3人共新しく母親になる人の名前を、それも結婚式前日だと言うのに知らないことに驚きすぎて言葉が出なかった。

「…じ、じゃあ『ママ』って呼ぶ練習しましょ…」

葉月は皆がなぜ名前知らないのか聞きたかったが明菜の今にも泣きそうな表情を見て聞くのをやめて違うことを言った。

「ええええええー」

明菜の表情が変わったのがわかると、

「大丈夫よ、ちゃんと呼べるって…ちょっと練習してみましょ…相手役は…あっ!弥生で!弥生に向かって言ってみて」

「練習かぁ…そうね、でも、なんだか恥ずかしい…」

「恥ずかしいのは最初だけですよ。私をお母さんと思って呼んでみてください」

弥生は優しい笑顔で私に言葉をかけてくれた。

「弥生がお母さんだったらいいのに…」

「さあ、明菜さ…明菜!」

「…ママ…うわぁ!恥ずかしい!…」

赤面する様子に、

「明菜照れてて可愛い!」

裕美が笑顔で言うと

「さあ!もう一度」

葉月が催促するように明菜に言った。

「マッ、ママ…」

「明菜、もう一度!」

弥生も声をかける。

「ママ…」

「マ…ママ…」

「ママ…」

「ママ…」

「ママ」

「ママ」

「ママ!」…

もう何十回…いや百回は超えているだろう。明菜達の周りに座っているお客さん達は演劇部のセリフの練習とでも思っているらしく気にもしていない。

「ママ!」

「ようし!だいぶ言えてきたわね。じゃあ『ママ晩御飯は何?』を練習しましょう!」

「ええっ!なっ、なんで?」

「だって明菜の雰囲気だたママしか言えなくなりそうだからよ。ママのあとに続くセリフがスムーズに出てこないと何だかギクシャクして気まずい感じになりそうだから」

裕美が笑顔で言ってきた。

私は『ママ』だけ呼べればいいと思っていたが、言われてみれば言ったあとに話が出て来なかったらなんにもならない事に気が付いた。

「まぁ、そう言われればそうよね、練習するわ!」

そんな調子でいろいろなバージョンを練習した。

「なんか弥生がママになったみたい」

裕美が言うと、

「弥生がママの方がいいんじゃないの」

葉月も明菜と弥生に言った。

「私も弥生がママの方がいい!だって言うの慣れちゃったし…」

「なんだか私お母さんになっちゃった気分ですよね、明菜…」

「うん、ママ!」

冗談で言い合う2人に裕美と葉月も大笑いしていた…

帰ってくると自分のベッドにジャンプして飛び込むように着地していた。

「疲れたああああああーっ!もういっぱい言って慣れたけど…弥生にいうのが慣れたみたいで、帰りに『ママ!じゃあねー!』だもん…もう恥ずかしい…」皆も大爆笑だったのを思い出す。

弥生ってよく見ると美人であり、可愛い笑顔がなんかいい…そしてポワポワとしているところもとてもいい女の子…

この子を狙っている男子も多くいるが、その美人で可愛いらしいからか、男子から中々告白されないでいるらしい…

部活でちょっと活躍していて多少モテている男子が何人か告白したが皆ダメだったらしい…

断った理由を弥生に聞いてみたら、

「馴れ馴れしく言ってくるし…ほとんど話したこともないのに、いきなり2人でどこか行こう!とか付き合うよな?なんて言ってくるので、なんか怖くてお断りしました」

そんなことを言っっていた。

まぁどう見ても彼氏なんかいないし、当分は私たちと仲良くしていけそうと思って笑顔になった。

さて、明日は言えるのかなぁ…初対面だし…



  4月6日   結婚式当日

「ああっ!…もう!用意しよう…」

結婚式当日の朝。天気はいいが私の気分は複雑…

もう朝から初対面の『ママ』に会うと思うと恥ずかしさがあって緊張もある、何とも言えない経験したことのない複雑な気持ちで着替えをしている。

「ああっ!…もう!」

お父さんは用意があるから先に出ているって昨日言っていたから今は家の中には私だけ…

「さて、髪の毛もセットしてお化粧して…」

自分の姿を鏡で見る。ポニーテールにネイビーのパーティードレスが華やかさを醸し出していた。

「私って結婚できるかしら?結婚式の朝ってどんなんだろう…やっぱり今日みたいじゃなくて、きっと嬉しさマックスよね!うん!」

気を取り直して会場へと向かった。

教会に着いて、目の前に来ると

「うわぁー、やっぱりいいわ!」

普段は見ない教会の建物に感動していた。

中に入ると、そこは教会…今にもウエディングドレス姿の女性が出てきそうな雰囲気がある。

「うわぁー!テレビのドラマとかで見てた教会の本物!なんかテレビで見たよりも凄い!やっぱり本物は違うわぁ!私もウエディングドレス着たいから教会よね…ああっ…なんか楽しみ!」

父の結婚式なのに自分の結婚式の下見に来ている気分になっていた明菜に結婚式のスタッフさんが近寄り、

「本日はおめでとうございます。どちら様でしょうか?」

「水無月明菜です」

先程までの夢を妄想している笑顔から急に現実に引き戻されて緊張しまくりの表情に変わっていく。

「はい!こちらへどうぞ」

「はい」

案内される明菜は緊張したままでスタッフさんの後ろをついて行く。

「こちらが席になります」

とスタッフさんに言われるとスタッフさんに軽く会釈をして座る。

「うわぁー緊張するー!」

そこには私一人と、通路を跨いだ左隣に2人座っていた。

(そりゃそうよね、みんな予定が入っているでしょうから)

わずか3日での開催の結婚式やパーティーに来れる人はなかなかいない。

「まぁ、出席する人が少なくて良かった」

凍小声で独り言を言っていた。そして緊張感もいくらか和らいできた。

「間もなく結婚式を執り行ないます。その前に…」

スタッフさんからの式の簡単な進行などの説明が始まる。

「いよいよね」

明菜の緊張感が高まっていく。説明も終わり、本番前のちょっとした静けさが式の始まりを知らせる。

「それでは只今より結婚式を始めます」

スタッフさんがあちこち動き出し、お父さんも入ってきた。スタッフさんが細かくお父さんに話しかけて指示を出している。

「うわーぁ!馬子にも衣装?てか、あんまり似合ってない」

明菜は吹き出しそうになった。

そして歌も終わり通路後ろのドアが開き、男の人に連れ添われているウエディングドレス姿が現れた。

「…綺麗…」

そのウエディングドレス姿に見とれてしまった明菜は目の前を通るウエディングベールで覆われた姿をワクワクしつつも緊張感も爆上がりでまともに顔をみることができなかった。

そして男の人から父に代わり、いよいよ2人での誓いと指輪交換、誓いのキスへと流れていくのを見守っていた。

いよいよ誓いの言葉へ。

「新郎、水無月啓太」

お父さんは牧師さんに呼ばれてビクッとする。

私はそれを見て笑いそうになったのを必死でこらえた。

「もおー!なにビックリしてんのよー」誰にも聞こえないほどの小声で囁いた。

「貴方は霜月弥生を妻とし病める時も健やかなると時も、夫として愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか?」

「はっ、はい…誓います」

(ん?霜月弥生?聞き間違いよね?だって昨日も会っていたし何かの間違い!名前を聞き間違えたのよ…だって昨日弥生をお母さん役としてママと呼ぶ練習をしてたし、まさかね…間違ったってあんなオッサンと結婚するはずもないし女子高生だし…きっと聞き間違い!)何かの間違いと自分自身を落ち着かせていた。

そして牧師さんの声が響く

「新婦、霜月弥生」

私はそれを聞いて、同姓同名だと願っていた…違う人だと思うしかなかった。

「貴方は水無月啓太を夫とし、病める時も健やかなる時も、妻として愛し、敬い、慈しむことを誓いますか?」

「はい、誓います」

私は心の中に問いかけた…(今の声、昨日何度も聞いた弥生の声よね…また聞き間違い?)

そして結婚指輪の交換…

「指輪交換っていいわー」できるだけ小声で囁く。

そして…額から汗を流すお父さんが彼女へと手をゆっくりと上げ、彼女を覆っているベールを上げる…いよいよ誓いのキス…ドキドキ…ベールを上げられ顔がハッキリと確認できた。

「え”っ???やっ、やよいいいいいいいいいいー!!」

叫んだ!それも産まれてこの方出したこともない大声で!!というか驚きすぎて声も出なく心の中で叫んでいた。

「なっなっなっなんでよおおおおおおおーっ!なんでお父さんの前にいるのよおおおおおおおー!!!」

もう驚きすぎて声が出ない…私は固まったまま2人を見ていた。

お父さんは汗だくでめちゃくちゃ緊張しているのが分かった。

弥生は…なんか緊張感って言うより恥ずかしさ?が全面に出ているように見えた。

誓いのキスもせずにお互いを赤面して見つめ合うだけ…

この様子を見ていた牧師さんが笑顔になって、

「二人共恥ずかしいみたいなので誓いのキスは後で、ということにしましょう」

と場を和ませていた。

式は終わり、私たちは外に出ていく。

そして少数によるフラワーシャワーになっていった。人数不足からスタッフさん達も混じってくれてのフラワーシャワーだった。

そしてブーケトス。受け取れる参加者は私ひとり…

ウエディングドレス姿の弥生と見つめ合うお互いに驚いた顔をしていたが、弥生は軽く投げてくれて…私はしっかりと受け取った…確かに…弥生から…同級生の!笑顔でいるウエディングドレス姿の弥生から…

敷物全て終わり、私は弥生のいる部屋に走った…ダッシュで…

弥生は今着替え中ですぐには部屋に入れず少し待たされた。

その間、私は、(弥生じゃなくてそっくりさんだったらどうする?いや、本物の弥生なんて言ったら…『ママ』?いやいや、昨日の練習ってマジだったの?ええーっ!!で、でもよく見たら弥生じゃなかったら?…ううううーっ!!どうなってんの???もう頭の中がメチャクチャ!…お父さんといい弥生までも…あっ!これってドッキリよね?何かの番組で…って、式も終わっているのにカメラもなにもでてこないじゃないのぉー!

私どうしたの?夢の中?ここは異世界?ここはどこよおおおおおおおーっ!)

心の中は大混乱でいると

着替えのスタッフさんから

「着替えが終わりましたのでどうぞ」

と、案内されて新婦さんの近くまでゆっくりと歩いていった。

すると鏡越しに弥生の顔が見えた。弥生も私に気付いて鏡越しに目が合う、そして振り返った新婦さんは間違いなく弥生だった…

そっくりさんでも別人でもなく本物の弥生だった…

「霜月さん…ですよね?」

私は恐る恐る尋ねた。

「はって」!…いえ、違います…み」

「えっ?人違い…人違いなのね?良かっ…」

続きの言葉を遮るように…

「あっ、あのーっ…水無月弥生です…よ、よろしくお願いします…」

「え”!!!な、なに?人違いよね?同級生の弥生さんじゃあないですよね?…」

「はっ、はい…その…えっと…明菜さん…私ですよど、同級生の…」

「ママ?」

「はい、昨日ぶりですね…」

バタン…

私は何がなんやら訳がわからずに、頭の中が処理しきれなくなってなって…目の前が暗くなった。

「夢?現実?何なの?…」

「ここはどこ?」

「家よ」

聞き覚えのある優しい声…

「えっ?…誰?」

「私ですよ」

間違いない!この声は…

「えっ?弥生?」

「ママですよ…」

弥生がママ?…昨日の続き?

「あなたのママですよ」

昨日何度も聞いた声…

私はここが夢か現実なのか分からなくなっていた…

















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ママは同級生  泉水しゅう @izumisyuu7

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