第15話

あの日から、ガンツさんは工房に閉じこもってしまった。

「最高の鍋と包丁ができるまで、誰にも会わん!」

そう、店の前に張り紙を出して宣言したらしい。

俺は、完成を楽しみに待つことにした。


その間、俺はギルドの仕事を毎日着々とこなしていた。

もちろん、Fランクの「飼育員」として、だ。

「今日は『逃げ足ダチョウの羽』ですか。なるほど、足が速いやつですね」

俺はぷるんと一緒に、広大な平原に行った。

ダチョウたちは、俺の姿を見つけると猛スピードで逃げていく。

『うわー! にんげんだ! みんな、はやく逃げろー!』

「あ、待ってください! ちょっと羽が欲しいだけなんです!」

俺は、スキルを使って遠くから呼びかける。

逃げ足ダチョウたちは、砂煙を上げて急ブレーキをかけて止まった。

『え!? いま、はなしかけられた!?』

「はい。俺、ブラッシングが得意なんですよ。古い羽が抜けて、もっと速く走れるようになります」

『ほ、ほんと!? それは、すごい!』

俺は、コロが羊にやった時の要領で、ダチョウたちをブラッシングした。

もちろん、俺は素手でだ。

「おお、これはいい羽だ。とても、きれいですね」

『あーん、そこそこ! ああ、きもちいいー!』

俺は、抜け落ちた立派な飾り羽を、袋いっぱいに集めて帰った。

もちろん、ギルドはまたしても大騒ぎだ。

「傷一つない、最高ランクの羽だぞ!」

「Fランクのユウが、またやったらしいぞ!」


町の人々の、俺を見る目も少しずつ変わってきた。

「あ、あの人が、魔物と話せる飼育員のユウさんだよ」

「Fランクなのに、いつも難しい素材を、無傷で大量に持って帰ってくるんだ」

「彼が連れている魔物たちも、本当はとてもお利口さんなんじゃないか?」

そんな良い噂が、町中に流れ始めていた。

ルビやコロも、町の人に少しずつ受け入れられているようだった。

それは、俺にとってとても良いことだ。


そして、数日が過ぎたある日のこと。

ガンツさんから、「できたぞ!」と興奮した声で連絡が来た。

俺は三匹を連れて、わくわくしながら鍛冶屋へ向かった。

工房の中は、まだ完成したばかりの熱気が残っている。

ガンツさんは、全てをやり遂げた男の顔をしていた。

彼の目の前には、二つの道具が神々しく置かれていた。

すごみのあるオーラを放つ、漆黒の包丁。

そして、ずっしりと重そうな、漆黒の深い鍋。

「わあ……。なんだか、ものすごく強そうですね」

俺が素直な感想を言うと、ガンツさんは満足そうに歯を見せて笑った。

「へっへっへ。当たり前だ。これこそ、わしの鍛冶屋人生で最高の傑作だ」

「コロ殿の歯形がついた、あのオリハルコンをベースにしてある」

「ルビ殿の炎で溶かした、あの万年ゴケ鉄を、何度も打ち込んであるからな」

「お主のための、最強の調理器具セットだ!」

ガンツさんは、自分の作品を誇らしげに胸を張った。

「さあ、試し切りをしてみろい」

ガンツさんは、工房で一番硬い作業台を指差した。

「え? これを、切るんですか?」

「そうだ。その包丁なら、切れるはずだ」

俺は、恐る恐る漆黒の包丁を握ってみた。

不思議なことに、吸い付くように手にしっくりと馴染む。

俺は、包丁を作業台の上に、そっと当ててみた。

力を入れるつもりは、全くなかった。

だが、包丁は、まるで熱したナイフがバターを切るかのように、作業台に吸い込まれていった。

スーーッ、と静かな音もなく、頑丈な作業台が真っ二つに切れた。

「「「……」」」

俺も、三匹も、そして作ったガンツさんまでもが、その切れ味に言葉を失った。

「……よ、よし。これなら、あのガラクの実も楽に切れるだろう」

ガンツさんが、震える声でなんとか言った。

「ありがとうございます、ガンツさん! 大切にします!」

俺は、心の底からお礼を言った。

「これでお料理が、もっとずっと楽しくなります!」

「う、うむ。礼には及ばん。こっちこそ、礼を言いたいくらいだ」

ガンツさんは、なんだか照れくさそうに頭をかいている。

「なあ、ユウ殿。一つ、頼みがあるんだが……」

「はい? なんでしょうか」

「その……時々でいいんだ。ルビ殿に、うちの炉の火力を、上げてもらえんか?」

「え? そんなことでいいんですか?」

「ああ! あの火があれば、わしは、もっとすごいものが作れる気がする!」

ガンツさんは、鍛冶屋として、目をきらきらと輝かせている。

「もちろんです! ルビ、火力調整のいい練習にもなるな!」

『うん! やったー! わたし、がんばるね!』

ルビも、新しい役目ができて嬉しそうだ。

こうして俺は、最強の調理器具を手に入れた。

そして、鍛冶屋のガンツさんという、強力な協力者もできたのだった。


その頃、ギルドの執務室では。

ドリンさんが、ギルド職員からの新しい報告に頭を抱えていた。

「なんだと!? あの頑固なガンツのじいさんが、Fランクのユウに土下座しただと!?」

「は、はい! しかも、伝説の金属を使った、国宝級の『調理器具』を、タダでプレゼントした、と!」

「ちょうりきぐ……? 剣や鎧ではなくか?」

「その上、ユウは、報酬として『ドラゴンの炎』を、ガンツに提供する約束をしたとか……」

「……もうだめだ。わしの胃が、持たん……」

ドリンさんの胃痛は、今日も悪化する一方だった。

俺は、そんなこととは全く知らず、新しい鍋と包丁で、クマ子のための特大ステーキを焼く準備をしていた。

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