第4話

俺は、茂みから出てきた二人組を見ていた。

彼らは剣を持ち、硬そうな鎧を着ている。

これが、冒険者という職業なのだろうか。


二人は俺を見た。

それから、俺の後ろにいる三匹にも気づく。

最後は、ひどい状態になったゴブリンの残骸に目を向けた。

彼らは、完全に動きを止めていた。


「な……なんだ、今の……」


男の冒険者が、震える声でつぶやいた。

女の冒険者も、顔を青くしている。

彼女は、ルビに向かって指を震わせながら差し向けた。


「あのトカゲ……今、火を……?」

「それも、爆発魔法みたいな、すごい火を……」


「あ、どうも。こんにちは」


俺はとりあえず、できるだけ優しく挨拶してみた。

彼らはビクッと、大きく肩を揺らした。

二人の視線が、慌てて俺に移る。

その目は、ひどい恐怖と混乱でいっぱいだった。


「けがはありませんか。」

「うちの子たちが、ちょっと、その……」

「遊びが激しすぎたみたいで、すみません」


俺がぺこりと頭を下げると、二人はますます混乱した顔になった。


「「え……?」」


「あ、いえ、だから、この子たちが……」


『ユウ、このひとたち、だれ?』


ルビが俺の足元に、トコトコと寄ってきた。

小さな首を、こてんと傾げる。

その可愛らしい仕草を見て、女の冒険者が「ひっ」と小さな悲鳴を上げた。

うーん、どうやら俺の子供たちは、あまり好かれていないらしい。

見た目がトカゲとスライムと子犬だから、仕方ないかもしれない。


「あ、俺はユウと言います。」

「この子たちの、世話をしているんです」


「世話……?」

「あなたが……この魔物たちの、世話を……?」


男の冒険者が、信じられないという顔で聞き返してきた。

彼は俺と、俺の頭の上で満足そうにしている、ぷるんを交互に見ている。


「はあ。まあ、飼育員みたいなものです」


「し、飼育員……?」


「はい。動物にご飯をあげたり、お世話をしたりする仕事です。」

「……ところで、あなた方は?」


俺が尋ねると、男のほうがハッとした。

彼は慌てて、腰に下げていた剣をさやに納めた。


「お、失礼した。」

「俺はガレン。こっちはリーゼ。」

「Cランクの冒険者だ」


「冒険者……。やっぱり、そうなんですね。」

「テレビで見るみたいで、かっこいいです」


「いや、そんなことより……ユウ殿。」

「あなた、一体何者なんだ?」

「ただの飼育員が、こんな森の奥深くにいるなんて……」

「しかも、そんな……物語に出てくるような魔獣を連れて……」


ガレンさんはそこで言葉を区切り、ごくりと唾を飲んだ。

物語に出てくる魔獣?

この子たちが、そんな大したものだろうか。


「え? 物語? この子たちは、ただのトカゲとスライムと子犬ですよ?」

「ほら、こんなに小さいじゃないですか」


俺がそう言ってコロの頭を撫でる。

コロは嬉しそうに『わふー』と尻尾を振って鳴いた。

しかし、ガレンさんとリーゼさんの顔色は、一向に良くならない。

むしろ、さっきよりもさらに青ざめていくようだった。


「ガレンさん……あのトカゲ、さっき火を噴きましたよね……」

「ゴブリンが、一瞬で炭になって……」


「ああ、見た。あれはレッドドレイクの子供……いや、それ以上だ。」

「エンシェントドラゴン、とか言われても信じるぞ……」


「あの子犬……ゴブリンリーダーの動きを、目で追えなかった……。」

「それに、あのスライム、魔法を……」


「ああ。魔力を喰うスライム……エンペラースライム、か?」

「馬鹿な……おとぎ話の中だけの存在のはずだ……」


二人が何やら小声で話し合っている。

ドラゴン? エンペラー?

この子たちのことを、言っているのだろうか。

ずいぶんと大げさな名前が、次々と出てきたものだ。


「あの、すみません。」

「俺たち、道に迷ってまして」


俺は二人の会話を止めて、本題を切り出した。


「もしよろしければ、一番近い町まで案内していただけませんか?」

「この子たちのご飯も、そろそろ買い出しに行きたくて」


「ま、町に……?」

「これを……この魔獣たちを、連れて……?」


リーゼさんが、引きつった笑みを浮かべた。

ガレンさんも、額から大量の汗を流している。


「はい。この子たちを置いていくわけには、いきませんから。」

「大丈夫ですよ、ちゃんとしつけてますから。」

「人様に迷惑は、絶対にかけません」


俺は胸を張って答えた。

動物園の飼育員として、しつけには自信がある。

さっきも、危ないことをした三匹を、ちゃんと叱ったところだ。


『ユウ、おなかへった』

『そろそろごはんのじかん?』

『さっきうごいたから、おなかすいたー』


三匹が同時に、俺に訴えかけてくる。

おっと、いけない。

もうそんな時間か。


「あ、すみません。ちょっと待ってくださいね。」

「この子たち、お腹が空いたみたいで」


俺は慌てて、持っていた木の皮の皿に、特製のペーストを盛り付け始めた。

ガレンさんとリーゼさんは、そんな俺の行動を、ぽかんと見ている。


「あ、そうだ。この気絶したゴブリンさん。」

「どうしましょうか?」


俺がそう言うと、ガレンさんが我に返った。


「ゴ、ゴブリン……さん……?」


「はい。このまま放置するのも、可哀想ですし……。」

「あ、ガレンさんたちが町に連れて帰って、治療とか……」


「いや、しない!」

「ゴブリンは魔物だ! 敵だ!」


ガレンさんが大声で叫んだ。

そうか。敵、なのか。

俺にとっては、ただの「ちょっと凶暴なサル」くらいの認識だったが。

これが、文化の違いというやつか。


「そ、そうですか。じゃあ、このまま……」


「……いや。待て。ユウ殿。」

「あなた、さっき『しつけた』と言ったな」


ガレンさんが、真剣な目で俺を見つめてくる。


「はい。やんちゃ盛りなので、大変ですけど」


「あの……ドラゴンと狼とスライムを……どうやって……?」

「力で、無理やり押さえつけたのか……?」


「え? 力? とんでもない。」

「そんなことしたら、信頼関係が築けないじゃないですか」


俺は心外だった。

動物のしつけの基本は、愛情と根気だ。

力で押さえつけるなんて、三流以下のやることだ。


「ちゃんと、目を見て話すんです。」

「『これはダメ』『こっちは良いこと』って、丁寧に教えるんですよ。」

「そうすれば、いつか必ず分かってくれます」


俺がそう熱弁すると、ガレンさんとリーゼさんは、何かを理解したような顔で、深く頷いた。


「なるほど……『対話』か……」


「まさか……伝説のテイマーは、魔獣と『対話』する、というのは本当だったのか……」


「はあ? 対話?」


「ユウ殿!」


ガレンさんが、いきなり俺の手を強く握ってきた。


「なんだ、いきなり」


「我々が、あなたを町まで護衛します!」

「いいや、ぜひ、させてください!」


「え、本当ですか! 助かります!」


「ただし、一つだけお願いがある!」


ガレンさんは真剣な顔で続けた。


「なんでしょうか?」


「その……『しつけ』とやらを、決して人前で見せないでいただきたい……」


「はあ。分かりました?」


よく分からないが、二人が案内してくれるなら助かる。

俺は三匹を促し、冒険者二人の後について歩き始めた。

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