第4話「愛か支配か――ラブレンジャー分裂!?」その1

 ~都内某所 小さな公園~


 ラブグリーンこと緑川駿也はその日、とある公園で絵を描いていた。

 彼は芸術家としての一面も持ち合わせており、非番の日にはこうして時折絵を描いているのだ。

(ふぅ……少し休むか……)

 駿也は持っていた絵の具をの筆を置くと、原っぱに横になった。


(風が気持ちいいな。風の音も草木の音も、こうして自然の音を聞くと心が落ち着く……)

 心の中でつぶやいた。

(そういえば……あの子と会ったのもここだったな……。メイちゃん、元気かな……)

 駿也は数年前の出来事を思い出していた。



「ねぇ、メイ。あんたの本当の両親ってヴィランだったんでしょ? なんでその子供のアンタが人間に混じってのうのうと暮らしてんの?」

「あんたの一族も代々ヴィランの家系だったって聞くし。あんたも将来は犯罪者になるんじゃない?あははははっ!」

 あの日、中学生くらいの女子生徒数名が1人の少女を取り囲んでいた。


 特殊能力を用いた犯罪者、ヴィランの娘。

 大決戦から500年近く経った今でも、ヴィランによる犯罪は世界各地で発生している。

 そしてそういった身内の者が起こした犯罪によって、周りから迫害を受ける人たちも多くいる。

 彼女もまた、両親の被害者だった。


「ご、ごめんなさい……。で、……でもわたし、何も特殊能力持ってないし、ちゃんと普通の人間と同じだから……」

「はぁ? なに生意気なこと言ってんのよ。もう学校来るなよ」

「絶対あんたもいつかヴィランになるのよ!!」

 女子生徒たちはそう言って、メイという少女を突き飛ばした。


 メイはその場に倒れこみ、悲しそうな表情で彼女たちを見つめた。

「世が世ならヴィランの子供ってだけで、即刻ヒーローに退治されたのよ、あんたは」

「あたしらがヒーローの代わりに退治してあげよっか? あははははっ! とうっ!!」

 女子生徒たちはメイの背中を蹴り飛ばし、足で背中や頭を踏みつける。

「ごめ……なさ……っ! うっ、ひっく……!」

 メイは、蹴られながら泣いていた。


「やめろっ!!」

 鋭い怒声と共に割って入ったのは、当時高校生だった駿也だった。

「は? 誰あんた。関係ないじゃん」

「その子から離れろ」

 駿也の圧力に屈し、彼女たちはメイから離れた。駿也は倒れているメイに駆け寄った。


「何よ? ヒーロー気取り?」

「この子の味方をするってんなら、あんたはヒーローじゃなくてヴィランよ! こいつはヴィランの家系で、両親だって犯罪者なんだから」

 女子生徒たちは、駿也を睨みつけながらメイの出自を説明する。

「家系や両親なんて関係ない。この子はこの子だ。一生懸命に生きようとしているこの子を虐げることは絶対に許されない」

 だが駿也は、メイをかばう姿勢を崩さなかった。


「ふんっ、かっこつけるのも大概にしときなさいよ!」

「行きましょ。じゃあね、極悪人」

 女子生徒たちはそう言って駿也とメイの前から姿を消した。



「大丈夫? 立てる?」

 駿也はメイに手を貸して立たせると、彼女が怪我をしていないか確認する。

 幸いにも蹴られてできた擦り傷程度で済んだようだ。

 彼女は泣いていた。泣きながら彼女は言う。

「本当に……ごめんなさい……。でも……どうして、助けてくれたんですか? わたしみたいなヴィランの子供を……」


 駿也はメイを優しく見つめ、その名を尋ねた。

「君、名前はなんていうの? 僕は緑川駿也っていうんだ。」

「メ、メイ……です……」

 おずおずとメイが名乗ると、駿也はにっこりと微笑む。

「メイちゃんか、かわいい名前だね」

「……!」

 メイは、駿也のその言葉に目を見開いた。


「あの……なんでわたしを助けてくれたんですか? 緑川さん……」

 メイが尋ねた。

「駿也でいいよ」

 駿也は答える。そして話を続けた。

「言ったでしょ? “君は君だ”って」

「……でも、わたしはヴィランの娘です……。だから……」

 メイが言いかけると、駿也はそれを遮るように話す。

「関係ないよ、そんなの。君は一生懸命に生きてる。それでいいんだよ」

 駿也のその言葉に、メイは涙をポロポロとこぼした。

「ありがとう……ございます……」

 駿也はメイの頭を優しく撫でた。


「あ、あの……時々でいいので、またここで……駿也さんに会いたいです……。迷惑でなければ……」

「もちろん! 僕も、この公園にたまに来るから」

 駿也はメイのその頼みを快く引き受けた。長い前髪で少ししか見えていなかったメイの瞳が、パァッと輝いた。

「はい! ありがとうございます!」

 メイは元気よくお礼を言った。

 

 その日から駿也は、彼女が親戚に引き取られて仙台に引っ越すまでの間、時々この公園に訪れては、学校帰りのメイと話をするようになったのだった。

(メイちゃん、仙台でも元気にしてるかな?)



 すると……。

 ピピピピ、と彼の端末が鳴る。

 しばし昔の記憶に浸っていた駿也を、無慈悲にも巻き戻す音。

 それは彼を、芸術を愛する心優しい青年から、平和を守るヒーローへと引き戻す音だ。

 非番の日に連絡が来るということは、よほどの緊急事態なのだろう。

 急いで出ると、やはり秩父総司令からの緊急連絡。

 駿也を除く他のメンバーがディボーチ帝国の怪人、およびヨークと戦闘中だが、苦戦を強いられているとのことだった。


「わかりました、すぐに向かいます」

 短く返事を返すと駿也は、端末に送られてきた位置情報を元に現場へと急行するのだった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

OP

(OPテーマ:「愛力戦隊!ラブレンジャー」)

(作詞:ラブレンジャー 歌:ラブレンジャー)


「くじけそうな時だって~♪ 逃げだしそうな時だって~♪」

「みんな~♪ がいるから~♪ 大丈夫だよ~♪」

「強大な欲望が迫るとき~♪ 愛が包むさ~♪」

「ラブリーガン♪ ラブリーソード♪」

「いっせーのーで~♪ ラブ注入~♪」

「愛を伝え合おうよ」

「悲しみも~♪ 苦労も~♪ 愛のハートで~♪」

「愛さえあれば~♪ 負けないさ~♪」

「ラブ~♪ ラララ~♪ ラブ♪ ラララブ~♪」

「キュンときて~♪ ほんわかして~♪ キュウっとなって~♪」

「ギュッとして~♪ ぽかぽかして~♪ チュウっとして~♪」

「無限の愛を~♪ 力に変えて~♪ 闇を払え~♪ ラブレンジャー♪」

「愛~♪ 愛~♪ 愛~♪ 愛の戦士~♪ 愛力戦隊~♪ ラブレンジャー♪」

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 現場に到着した駿也は、目の前の光景に驚く。

 すでに変身しているラブレンジャーとヨークが戦う傍ら、人間同士が殴る、蹴るなどの暴行を行っているのだ。

 ラブレンジャーたちは仲裁に入りたいところだが、集団で襲い掛かるヨークたちがそれをさせない。

「みんな! 大丈夫か!?」

「来てくれたか、駿也! 見ての通り大混乱だ!」

 駿也は彼らの声を聞き、状況を把握すると即座に変身する。

 緑色の光を放って変身を終えた彼の耳に、悪意の声が入ってくる。


 怯える誰かを、誰かが殴り、蹴り、罵る。

 罵声、怒号、泣き声……。

 この場には負の感情が渦巻いている。

 喧嘩じゃない……。

 これは……まるで……。

 駿也の脳裏によみがえったのは、かつてのメイの姿。

 ヴィランの娘として、周りから虐げられていた少女の姿だった。


「うあっ!!」

 攻撃を受けたラブイエローの声に、ふと我に帰った駿也はラブグリーンとして戦闘に加わる。

「みんな、今行くよ!」

 ヨークを何体か蹴散らしながら、他のメンバーたちの元へと向かうラブグリーン。

「せっかくのお休みのところ、すみません!」

 背中合わせになったラブブルーこと水希の言葉。

 普段冷静な彼女の息の切れ方から、相当苦戦を強いられていることがわかる。

「人々の様子もおかしいし、いったいなにが……」

 彼女に問いかけようと駿也。

 その答えを待つ前に、元凶と思わしき影が姿を現した。



 元凶と思わしき影が、ゆっくりと姿を現した。

 人々が殴り合い、怒号と悲鳴が飛び交う路上。その一角、まるで騒ぎなど他人事だと言わんばかりの足取りで、黒いコートを翻しながら歩いてくる女。


「……エヌ!」

 ラブレッドが低く唸るように名を呼ぶ。


 白い髪。薄く笑う唇。人混みの中心に立つだけで、空気が一段冷たくなるような存在感。ディボーチ帝国大幹部——憎悪のエヌが、退屈そうにあくびを噛み殺した。


「やぁ、ラブレンジャー。今日も“愛のパトロール”ご苦労さま」

 軽い調子で手をひらひら振る。その背後では、ヨークたちがギャアギャアと騒ぎながら市民に混じって暴れ回っている。


「お前の仕業か、エヌ!」

 ラブレッドが一歩前に出る。炎を宿したかのような彼の赤いスーツが太陽に照らされて輝く。

「人間同士を争わせて、面白がってるのかよ!」


「ん~?」

 エヌはその問いかけに、わざとらしく首を傾げてみせる。

「さて、どうかなぁ?」

 彼女は右手を持ち上げ、空中で細い指をくいっと動かした。まるで、見えない糸を操る傀儡師のように。


 その瞬間——。

「あいつだ! あいつがみんなを操ってるに違いない!」

 ラブイエローが歯を食いしばる。ラブピンクも、細めた瞳でエヌを睨みつける。

「性格悪すぎでしょ……!」


 エヌはくすりと笑った。指先の動きは、あくまでも“真似事”だ。だが、それを見たラブレンジャーたちの警戒と怒りが跳ね上がることを、彼女自身が一番よく分かっている。

「ふふ。やだなぁ、そんな怖い顔して。こんなのちょっとした“お人形遊び”でしょ? ねぇ、ラブレンジャー。私が憎い?」


 エヌの姿を、遠く離れた高台からひとりの怪人が眺めていた。

 細い体に、燕尾服のようなシルエット。顔の下半分を仮面で隠し、手には細い指揮棒。支配の怪人——コントーロだ。

「ふふふ……エヌ様も、相変わらず相手をからかうのがお好きだ」

 高台に吹く風の中で、コントーロは愉快そうに肩を揺らす。

「さて、ラブレンジャーたち。いつ私の存在に気付きますかねぇ? 早くしないとあなたたちも、私の“愛”の虜になってしまいますよぉ?」

 指揮棒の先で、下の光景をなぞる。彼の目には、街路を埋める人々の頭上に、薄く光る“糸”のようなものが無数に伸びて見えていた。


 怒鳴る者。怯えて泣き叫ぶ者。震える手でスマホを構えながら、その場から離れられなくなっている者。

 その中で、数人だけが不自然なほど落ち着いた眼差しでラブレンジャーを睨みつけていた。

「……来るぞ!」

 ラブグリーンが気配を読み、身構える。


 エヌの背後から、ヨークの群れが一斉に飛び出した。黒い影がアスファルトを滑るように走り、ラブレンジャーたちへ殺到する。

「くそっ、数が多すぎる!」

 ラブイエローがラブロッドを振るい、ヨークを薙ぎ払う。だが、倒したそばから、別のヨークが人々の影から飛び出してくる。


 さらに——。

「ラブレンジャーだ! 本物だ!」

「こいつらだ! 俺たちの愛を笑ったやつら!」

 ボロボロのスーツ姿、制服姿、買い物袋を持った主婦。様々な格好の人々が、ヨークの前に立ちはだかるようにラブレンジャーの前へ出てきた。


「なっ、そこをどいてくれ! 危ない!」

 ラブレッドが叫ぶが、彼らは退かない。どころか、拳を握りしめて詰め寄ってくる。


「わぁ~守ってくれるの~? 嬉しいな~」

 エヌが、わざとらしいぶりっ子声を出す。両手を頬の横に添え、彼らの後ろに隠れるように後ずさる。

「ラブレンジャーたちが偽物の愛でいじめてきて怖いの。ねぇ、こいつらに“本物の愛”を教えてあげて♡」

 その言葉を合図にするように、人々の瞳の奥に、薄暗い光が宿った。


「愛のために、ラブレンジャーに“わからせる”!」

「俺たちの愛が正しい。間違ってるラブレンジャーは、俺らの愛に従え!」

 叫びながら、彼らはラブレンジャーへ手を伸ばす。怒号と、ひどく歪んだ“正義感”が、波のように押し寄せた。


「やめてください! どうか正気に戻って!」

 ラブブルーが慌てて距離を取る。ラブピンクは、伸びてきた手をギリギリでかわしながら叫んだ。

「ちょ、ちょっと、みんな! 危ないってば!」


 ヨークと人間が入り乱れ、戦場は一気に混沌とした。ほんの少し攻撃の角度を誤れば、ヨークではなく生身の人間に当たってしまう。

(攻撃できない……!)

 ラブグリーンは奥歯を噛み締める。目の前で、ヨークが笑いながら人間の背中に飛びつき、まるで盾のようにラブレンジャーとの間に立ちはだかるのが見えた。


「くっ……!」

 ラブレッドが拳を握るが、振り抜けない。炎の力は、今にも溢れ出しそうなのに。

「みんな落ち着いて! 民間人を傷つけたら——」

 ラブブルーの声も、怒号と悲鳴の中にかき消されそうになる。

 その時、ラブレンジャーのヘルメット内に、秩父総司令の緊迫した声が響いた。


『ラブレンジャー! 一時撤退! この状況での戦闘継続は危険だ!』

「でも総司令、このままじゃ——」

『状況を見ろ! 今のお前たちの攻撃は、市民を巻き込む可能性が高すぎる! 一度距離を取り、対策を立て直そう!』

 ラブレッドは悔しげに拳を震わせた。だが、総司令の判断が正しいことも理解している。

「……くっ。分かった、全員退くぞ!」


 ラブイエローとラブピンクも、ヨークの攻撃をいなしながら後退を始める。

「駿也!」

「分かってる!」

 ラブグリーンは最後尾に回り、迫りくるヨークと人間の間に蔦の壁を伸ばして退路を確保した。


 その様子を見て、エヌは大げさに手を叩く。

「はーい、ラブレンジャーの皆さ~ん。“職場放棄”♪」

 人々とヨークの群れの後ろで、エヌが勝ち誇ったように笑い声をあげる。

「ふふ、ラブレンジャー敗れたり~♪ あははははは!」

 その笑い声が、撤退するラブレンジャーたちの背中を鋭く刺す。


「くそっ……!」

 ラブレッドが振り返りざま、悔しそうにエヌを睨みつける。だが、今は歯を食いしばって前へ進むしかない。


 ラブグリーンは最後にもう一度だけ、暴力を振るう人々の顔を見た。そこには、かつてメイを囲んでいた女子生徒たちと同じ——“安心したいだけ”の、歪んだ笑みが浮かんでいた。

(……絶対に、止めてみせる)

 そう心の中で固く誓いながら、ラブグリーンは仲間たちと共にその場を後にした。


 高台からその光景を見下ろしていたコントーロは、小さく指揮棒を振る。

「さぁ、第一楽章は“退却のマーチ”ですか。いいでしょう、ラブレンジャー。次はもう少し、あなたたちの“心”に近い音を奏でてあげますよ……」

 彼の笑い声は、まだ誰にも届かない。

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