第10話

「よろしくてよ、ユウジさん!」

エリナが、なぜか得意げに僕に手を差し出してきた。

僕は、その手を(特に何も考えず)握った。

「はあ。よろしくお願いします」

「ふふん。わたくしがパーティーに入ったからには、百人力ですわよ」

エリナは、満足そうに胸を張っている。

その間も、ゼロは僕の服の裾を小さな手でそっと掴んでいた。

「マスター。お近クニ」

「分かったよ」

なんだか、不思議な組み合わせになったものだ。

最強を目指す方向音痴の女剣士と、料理が得意な古代ゴーレム。

そして、寝ているだけで強くなる僕。

「よし、話は決まったな」

ギルドマスターが、満足そうに頷いた。

「宰相ボルガがこの町に来るのは、おそらく三日後だ。それまでは、下手に目立つ行動は控えるように」

(もう、手遅れな気がするけどな)

僕は、昨日からの騒動を思い出して、心の中で呟いた。

Sランク登録、水晶破壊、Cランクパーティー瞬殺、オーク一撃。

これだけやっておいて、目立つなという方が無理な話だ。

「分かりましたわ、ギルドマスター。わたくしたちにお任せください」

エリナだけが、やる気に満ち溢れている。

「うむ。頼んだぞ。……ああ、そうだ、ゼロ」

「ナニデスカ、ギルドマスター」

「せっかくマスターとパーティーを組むんだ。何か、君の能力を見せてやったらどうだ?歓迎の印に」

「……了解シマシタ」

ゼロは、そう言うと、僕たちに向き直った。

「マスター。エリナ様。少々、オ待チクダサイ」

ゼロは、部屋の隅にあった小さな棚に向かった。

そして、何やら小さなカップと、見慣れない木の葉を取り出す。

そのまま、流れるような動作で、ポットのお湯をカップに注いだ。

「なんですの?お茶かしら?」

エリナが、不思議そうに見ている。

ゼロは、そのお茶を僕とエリナの前に、そっと差し出した。

カップからは、とても良い香りが漂ってくる。

「どうぞ」

僕は、そのカップを手に取り、一口飲んでみた。

「……美味しい」

思わず、声が出た。

今まで飲んだどんな飲み物とも違う。

爽やかなのに、奥深い味わいが口の中に広がった。

「なっ……!」

隣で飲んだエリナも、目を見開いて驚愕している。

「こ、こんな美味しいお茶、王宮でも飲んだことがありませんわ!」

「ゼロ特製の、ブレンドハーブティーだ」

ギルドマスターが、自慢げに笑う。

「こいつの料理の腕は、戦闘能力と同じくらい規格外でな」

「すごいな、ゼロは」

僕がそう言うと、ゼロは(表情は変わらないが)少し嬉しそうに、こくりと頷いた。

「マスターノタメナラ、毎日オ作リシマス」

「ありがとう。楽しみにしてる」

こんなに美味しいお茶が毎日飲めるなら、パーティーを組むのも悪くない。

「さて、ユウジさん、ゼロ!」

エリナが、お茶を飲み干して勢いよく立ち上がった。

「こうしてはいられませんわ!早速、パーティーとしての連携を確かめに行きましょう!」

「え、今からですか?」

僕は、ギルドマスターの「目立つな」という言葉を思い出した。

「当たり前ですわ!わたくしたちが最強のパーティーだと、あの宰相に見せつけるのです!」

(話を聞いてなかったな、この人)

僕は、少しだけため息が出た。

「マスター」

ゼロが、僕の服を引いた。

「食材ノ調達ヲ兼ネルナラ、合理的デス。今夜ノ、ディナーノタメニ」

「ディナー……」

ゼロの作る料理。それは、とても魅力的だった。

「分かりました。行きましょうか」

「決まりですわね!さあ、行きますわよ!」

エリナは、意気揚々とギルドマスターの部屋を出ていった。

僕とゼロも、その後を追う。

騒がしいギルドホールに戻ると、冒険者たちが僕たちに気づいた。

「おお!ユウジ様とエリナ様、それにゼロ様だ!」

「Sランクパーティー(仮)のお出ましだ!」

「どこかへ行かれるんですか!」

あっという間に、人だかりができてしまう。

「ええ、ちょっと依頼を受けに」

エリナが、得意げに答える。

「おお!ついにSランクパーティーが初任務か!」

「相手はドラゴンか!?それとも、リッチか!?」

「どんな伝説が生まれるんだ!」

モブ冒険者たちの期待が、最高潮に達している。

僕たちは、その視線を受けながら、ルナさんのカウンターに向かった。

「あ、ユウジさん、エリナさん、ゼロさん!お揃いでどうかなさいましたか?」

ルナさんが、にこやかに尋ねてくる。

「ルナさん!わたくしたち、パーティーとして依頼を受けに来ましたわ!」

エリナが、胸を張って宣言する。

「パ、パーティーですか!?このお三方で!?」

ルナさんは、興奮で顔を赤くしている。

「すごい……!アークス史上、最強のパーティーの誕生ですよ!」

「それで、何か良い依頼はありませんこと?わたくしたちの腕慣らしに丁度いいような」

「そ、そうですね……!Sランクの方々に、DランクやCランクというのも……」

ルナさんが、慌てて依頼書をめくり始める。

「ああ、これはいかがでしょう!?」

ルナさんが、一枚の依頼書を差し出した。

「『森の深部に出現した、キングゴブリンの討伐』。それと、その周辺でしか採れない『虹色キノコ』の採取です。ランクはDランクですが……」

「キングゴブリン、ですって。まあ、ウォーミングアップにはちょうどいいですわね」

エリナが、腕を組んで頷いている。

Dランクでいいのだろうか。

僕がそう思っていると、隣のゼロが、ピクリと反応した。

「……虹色キノコ」

ゼロが、ボソリと呟いた。

「知ってるの?」

「ハイ。幻ノ食材。最高ノスープガ作レマス」

ゼロの青い瞳が、キラキラと輝いているように見えた。

「……ルナさん。その依頼、受けます」

「え!?よ、よろしいのですか!?」

「はい。キノコが欲しいので」

「か、かしこまりました!Sランクパーティー『名称未定』様!Dランク依頼、受注です!」

ルナさんの声が、ギルドホールに響き渡った。

「おお!キングゴブリン討伐だ!」

「Sランクパーティーの初陣がDランク依頼!?」

「ま、まさか……あのキングゴブリン、普通の個体じゃないんじゃ……」

「きっと、伝説級(レジェンドクラス)のキングゴブリンに違いねえ!」

「それを、Sランクパーティーが、あえて受ける!」

「深え……!深すぎるぜ!」

モブ冒険者たちが、また勝手に盛り上がっている。

僕は、そんな彼らを後目に、エリナとゼロと一緒にギルドを出た。

今日は、早く帰って寝るのは、無理そうだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る