婚約破棄され全てを失った俺のスキル『自動反撃(フルカウンター)』が覚醒。俺を陥れた連中が勝手に自滅していくのを眺めながら、俺は最強の冒険者として伝説の姫君たちに囲まれてます

kuni

第1話

「―――カイン・アシュフォード!貴様との婚約を、本日この場を以て破棄させていただく!」


甲高く、ヒステリックな声が、王宮の夜会を催す大広間に響き渡った。 声の主は、アナスタシア・オーブリー公爵令嬢。この国の公爵が溺愛する一人娘であり、そして―――俺、カイン・アシュフォードの婚約者、だった女だ。


「……どういう、ことですか、アナスタシア様」


俺は目の前の状況が理解できなかった。 王家の主催する夜会。きらびやかなシャンデリアの下、着飾った貴族たちが、扇やグラスを片手にこちらを「観劇」している。 その視線の中心で、俺は、美しい婚約者から人差し指を突きつけられていた。


アナスタシアは、勝ち誇るような、あるいは侮蔑しきるような笑みを浮かべて口を開く。 「とぼけるな、この泥棒猫が!いや、もはや『反逆者』と呼ぶべきか!」 「反逆者……?何を仰っているのですか。俺はアシュフォード騎士爵家の一員として、王家に忠誠を誓って―――」 「黙れ!」


乾いた音が響く。 彼女の細い手のひらが、俺の頬を打ったのだ。 貴族たちの「ああ」という憐れむような、「面白い」と嘲るような、そんな視線が俺に突き刺さる。


「第一、貴様のような騎士爵家の、それも次男坊風情が、公爵家である私と釣り合うと思っていたこと自体が片腹痛い!……ああ、そうでしたわ。貴様が我が家に取り入るために使った『汚い手』、その証拠が上がっておりますのよ?」 「汚い、手……?」


意味が分からない。 俺たちの婚約は、次期騎士団長として嘱望されていた俺の剣の腕と、実直な性格を公爵閣下に買われ、向こうから打診されたものだったはずだ。


俺が困惑していると、スッと人混みをかき分けて一人の男が前に出た。 白銀の豪奢な騎士服。輝くような金髪。 この国で、俺が唯一「親友」と呼んだ男。 騎士団長、ギデオン・アークライト。


「ギデオン……!どういうことか説明してくれ!アナスタシア様は、俺が―――」 「……カイン。お前に『親友』と呼ばれたこと、今、心から恥じている」 「なっ……!?」


ギデオンは、まるでこの世の悪を見るかのような、冷たい目で俺を一瞥した。 彼の視線は、俺を通り越し、アナスタシアへと注がれる。 そして、彼は、今しがた俺を殴った彼女の肩を、優しく抱き寄せた。


「アナスタシア嬢、もう大丈夫だ。こいつの悪事は、すべて私が白日の下に晒そう」 「ああ、ギデオン様……!私、怖かった……!この男が、王家転覆を狙う『反逆者』だったなんて……!」


王家転覆? 話が飛躍しすぎている。俺はただ、日々騎士としての務めを果たし、時折アナスタシアと茶会をしていただけだ。 なぜ、俺が反逆者になる?


ギデオンが懐から一枚の羊皮紙を取り出し、広間の中心にいた国王陛下の前で、朗々と読み上げ始めた。 「―――カイン・アシュフォードは、騎士団の備品を横流しし、その利益を以て、隣国のスパイと接触していた疑いがある!」 「ま、待て!そんな馬鹿な!」 「これが証拠だ!」


ギデオンが投げつけた数枚の羊皮紙。 それは、確かに俺のサインが書かれた「備品横流しの指示書」と、スパイに宛てた「王都の警備情報」だった。


いや、違う。 サインは、確かに俺のものだ。俺の筆跡だ。 だが、こんなものを書いた覚えは、天地神明に誓って、ない。


「……ギデオン。お前、まさか……」 「見苦しいぞ、カイン!お前の悪事は、俺がすべて把握していた!これ以上、我が愛するアナスタシアを、そしてこの国を、貴様のような男の好きにはさせん!」


愛する、アナスタシア。 そうか。そういうことか。 そういう、ことだったのか。


俺が、この二人の「仲」に気づかないとでも思ったのか。 俺が、ギデオンの「野心」に気づかないとでも思ったのか。


俺は、気づいていた。 だが、「親友」だからと信じていた。 「婚約者」だからと、信じようとしていた。


俺の甘さが、この最悪の状況を招いたのだ。 アナスタシアは、より地位の高い騎士団長(ギデオン)に乗り換え、俺の存在が邪魔になった。 ギデオンは、俺というライバルを蹴落とし、公爵令嬢という「トロフィー」を手に入れたかった。


その二人の利害が一致し、俺は「反逆者」に仕立て上げられた。 あまりにも完璧な、冤罪だった。


「カイン・アシュフォード!」 国王陛下が、ついにその重い口を開いた。 「貴様の罪は万死に値する。だが、長年のアシュフォード家の功績に免じ、死罪は免じてやる」 「……陛下」 「貴様を騎士団から追放し、アシュフォード家からも籍を剥奪。二度と王都の土を踏むことを許さん!即刻、この場から去れ!」


ガシャン、と音を立てて、二人の衛兵が俺の腕を掴んだ。 騎士の誇りであったサーベルを奪われ、みすぼらしい平服に着替えさせられる。


大広間の貴族たちは、もはや俺を見ていない。 彼らは、悲劇のヒイロイン(アナスタシア)と、国を救った英雄(ギデオン)の新たなカップルの誕生に、惜しみない拍手を送っていた。


「くそ……っ!」 俺は、誰にも聞こえない声で、そう呟くしかなかった。


どれだけ歩いただろうか。 雨が降り始めていた。 夜会の華やかな衣装ではなく、追放者用の粗末な麻の服に着替えさせられた俺は、衛兵に小突かれながら、王都の最果てにある「罪人門」の前に立たされていた。


「二度と戻ってくるな。分かったな、反逆者」


衛兵は、ゴミでも吐き捨てるようにそう言うと、重い鉄の門を閉めた。 ゴウ、と風が吹き荒れる。 雨が、泥が、俺のすべてを汚していく。


家も、地位も、名誉も、婚約者も、親友も。 すべてを、失った。 俺が、真面目に、実直に、積み上げてきたはずのすべてを、たった一晩で失った。


雨に打たれながら、俺は膝から崩れ落ちた。 悔しいか? 憎いか? ああ、そうだ。 だが、それ以上に、冷え切った何かが俺の胸を満たしていく。


復讐したい、などという熱い感情は、不思議と湧いてこなかった。 ただ、ひたすらに、「面倒だ」と思った。 あんな連中のために、俺のこれからの人生を「復讐」なんぞに使うのは、あまりにも馬鹿馬鹿しい。


……ああ、そうか。 俺は、別に復讐なんて望んでいない。 ただ、彼らが俺に押し付けた「事実」を、そっくりそのままお返ししたいだけだ。


俺は泥水に濡れた顔を上げた。 暗い空の向こう、今も祝宴が続いているであろう王都を睨みつける。


「ギデオン、アナスタシア。―――そして、俺を陥れた皆」


俺は、かすれた声で、手紙を出す。


その瞬間。 まるで、俺の言葉に返事をするかのように、視界の隅に、青白い光の文字が浮かび上がった。


【 スキル『自動反撃(フルカウンター)』が発現しました 】

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