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私はおんなの突然の発言に驚き、言葉をなくした。そんな私を見て、おんなはなぜだか、細い眉を寄せて、少し残念そうな顔をした。
なに、このおんな。もしかして、死にたいの?
おんなの顔を見るとそうとしか思えなくて、私はぞっとした。こんな、なにもかもに満ち足りたような、夫の不倫相手を歯牙にもかけないようなおんなが、死にたがっている?
「持っていらっしゃらないの? ……台所は、あっちですけど。」
おんなは、残念そうな顔のまま、いっそ無邪気な仕草で細い指を伸ばし、ドアの向こうを示した。私はそんなおんなの近くにいるのも怖くなって、一歩後ずさった。
「なんで? ……なんで? 私が、不倫してるから?」
だから死にたいのか、と、後ずさって、両腕で自分を庇うような恰好をしたまま、私は怯える子どもみたいに問いかけていた。
私が不倫してるから、夫が不倫してるから、このうつくしいおんなは壊れかけているのだろうか。それは、あっさりお菓子でもつまむみたいに死を望むくらいに。
おんなは、怯える私を不思議そうに見ていた。私がなにに怯えているのか全然分からないみたいに。実際、おんなには分からなかったのかもしれない。自分のなにが私を怯えさせているのかなんて。
「不倫? ……そう。……そうね。」
おんなは、ごく小さな声で、小鳥が囀るみたいにそれらの単語を口にした。その口調には、私への怒りも、夫への怒りも、なにも乗っていなかった。どこか茫洋と、おんなはひどく遠くを見ているみたいな目をしていた。私とか、夫とか、そんなものではなくて、ずっと遠く、別世界くらい遠く。このおんなは、そこから来て、そこに帰りたがっているのかもしれない。そんなふうに思わせる目をしていた。
「怒ってるんでしょ? 怒ってるのよね? そうでしょ?」
私は、焦ったみたいにそう繰り返していた。そうだと、怒っていると、そう言ってほしかった。そうじゃないと、このおんなは怖すぎる。どこから来て、どこに帰るつもりなのか分からないけれど、あまりにも私とは違う生き物に見えて仕方がなかった。
「あのひと、あなたのこと、なにも言わないって言ってたわよ。感情を表に出さないし、口うるさくないって。そういうとこが嫌になって、私と寝たのよ。」
びっくりするくらいの早口で、私は挑発的な言葉を口にしていた。怒らせたかった。このおんなを。そうすればこの恐怖もすっかり晴れて、どこかに行くと思ったのだ。
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