第2話 小学生の晩夏

 ―― 20年前 ――


 俺はれん、これから話すのはまだ俺が8才ぐらいの時の事だ。幼馴染で一つ下に結衣ゆいって子がいるんだ。近所にはあまり子供がいないから、俺と結衣はいつも一緒だった。結衣の両親は仕事が忙しいようで、まだ小学生の俺達を結構放っておいていた。


 楽しそうに遊んでいる親子を羨ましそうに見ている結衣を何度も見たことがある。俺は結衣のお母さんから頼まれたのもあるが、何があっても結衣のことは守ると心に誓っていた。まだ小学生だったけれども。


「あ、トンボー、ねえねえレン、捕まえてー」


 ある秋の日、飛び回るトンボを見て結衣が俺に言った。


「オーケー結衣。トンボは止まってるところを捕まえるんだよ。見てな!」

「へえ、レンできるの?」

「シーッ、静かに。ほらそーっと近づけば逃げないだろ……」


 俺は何度かトライして一匹捕まえた。赤トンボだった。


「やったー レンすごいー。どうしよう。虫かごあるかな~」

「なあ結衣。このトンボ逃がしてやろうよ」

「えーどうして? せっかく捕まえたのに」

「またいつでも捕まえられるよ。それよりもなんかさ、このトンボ自由になりたいんじゃないかなって」

「トンボが……自由に?」

「そう。俺達みたいにさ」


 俺は自由に遊んでいるようで親に保護されている俺達が、この捕まったトンボのような気がしたんだ。特に結衣。一人っ子で両親にもあまりかまってもらえない。


「なあ、トンボの好きにさせてあげようぜ」


 最初不服そうな顔をしていた結衣は間もなく俺の意図を理解した。結衣は頭が良い子だ。微笑みを浮かべて言った。


「そうだね。レンは優しいね!」


 羽を挟んでいた指をゆっくり開くと、トンボは青空目がけて飛んで行った。それを見送っていた俺の背中に結衣が抱き着いてきた。


「私レンの事が好き! 優しいからだーい好き!」

「なんだよ。照れるな」

「レンは私の事好き?」

「……まあまあだな!」

「失礼ね!」

「ごめん。やっぱり俺も大好きだよ」

「やったあ!」


 俺達は、血が繋がってなくても兄妹のようなきずなを感じていた。


 日が暮れると俺は結衣を自宅に送っていく。家に着くといつもの様に結衣のお母さんが待っていた。この人は只者ではないらしい。歌手?


「蓮くん、いつも結衣のこと見てくれてありがとうね」

「いえ、ただ遊んでるだけなんで」

「レンは今日も私を守ってくれたよ」

「あらそう良かったね。本当にありがとう、蓮くん」

「レン、また明日―」


 とても美人な結衣のお母さんに感謝されると、まだガキの俺でも照れるんだ。


 俺が自宅に戻るとラジオから音楽が流れていた。じいちゃんは昔からロックが好きなんだ。そのせいで俺も好きになっちゃったよ。結衣は結衣でよく古い歌を歌うんだ。ユーミンだか、あいみょんだか知らんけど。あの美人のお母さんが好きらしい。

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