第5話 涙の幼なじみ

 ユキがトイレに向かってから、もう十分近くが経つ。

 ずいぶん遅いな。でも、女子をあれこれ詮索するなんて、僕には――


 ――そうじゃない。僕が心配なのはユキ自身だって、わかってるはずじゃないか。




 ゲームコーナーを飛び出した僕は、ユキの姿を探して回った。

 トイレの近くには見当たらない。行き違いになったのかもしれないと、引き返そうとした矢先。


「撮らねえっつってんだろ!」


 通路の奥からユキの声が聞こえてきた。次いで、別の声もする。


「いいじゃん、一枚ぐらいさぁ」

「そうそう。目線もちゃんと入れっから」


 上り階段のあるスペースをよく見ると、不良っぽい男子二人組にユキが絡まれている。


「キショいんだよ! お前らわかってんのか!? 俺は男だぞ!」

「へぇ~、男なんだ~。だったらこれぐらい抵抗できるよね~?」


 背の高い不良に両腕を掴まれ、ユキが壁に押しつけられる。すでに走り出していた僕は、そこでやっと現場までたどり着いた。


「その子を離せ!」


 声を張り上げた僕に、ユキがはっとした顔を向けた。けれどすぐに目を伏せ、唇を噛んで黙り込んでしまう。


「あ? 誰だよ、このモブ」

「もしかして噂の彼氏くんとか?」


 不良たちは鋭い視線で、あるいは蔑むような目つきで僕を威嚇する。だけど今は怖気づいてなんていられない。

 汗ばむ手を握りしめて、なけなしの勇気を振り絞って、僕は不良たちに凄んでみせた。


「そうだよ。彼女は僕の……恋人だ! それ以上乱暴にしたら許さないぞ!」


 人を呼ぶとか、法律をちらつかせるとか、もっと気の利いた行動ができればよかったんだけど、そんなことも思いつかないぐらい、僕の頭の中はユキのことでいっぱいだった。


「チッ、彼氏持ちかよ。萎えるわ~」

「帰ろうや。めんどくせえ」


 不良たちは気まずそうにその場を去って行った。

 腕を押さえうつむいているユキに、僕はすぐさま駆け寄る。


「ユキ! ケガとかない?」

「力が……出ないんだ。俺が男だったら、あれぐらいすぐに抵抗できたはずなのに……」


 ユキの足元に大粒の雫がぽたぽたと落ちては弾けていた。


「泣きたくなんかない……ハルのこと困らせたいわけじゃないのに、何で気持ちのコントロールがきかねーんだよ……!」

「ユキ……」


 流れ落ちるユキの涙を、僕はハンカチで拭ってあげた。


「僕は男だから、ユキの不安を完全にはわかってあげられないかもしれない。だけど、いつだって僕はユキの味方だし、絶対に見放したりしないから。それだけは忘れないで」

「ハル……!」


 ユキの瞳が一瞬だけ揺れて。

 気づいた時には、ユキが僕に覆いかぶさるように唇を重ねていた。


「……!? ユキ……」

「……ごめん。何も聞かずにしちまって。嫌だった……?」


 耳まで真っ赤にして身をよじらせるユキを見ていたら、僕はちょっとだけ意地悪がしたくなった。


「そうだね。ちょっと気に入らないかな」

「えっ」

「本当は僕のほうからするつもりだったんだから――」


 踵を上げて、僕はユキにお返しのキスをする。


「ん……」

「……ユキのほうこそ、僕からされるのは嫌?」

「そ、そんなわけねーし。だってハルは……俺の恋人なんだろ?」


 上気した頬に、濡れたまつ毛に、ユキのすべてに、僕は夢中だった。

 もう自分をごまかしたりなんかしない。僕はユキに恋してるんだ。




 その日の帰り道、僕はユキに包み隠さず打ち明けた。


「僕はユキのことが好きだよ。今まで言えなかったのは……」


 僕が今までどおり接してくれるから、自分のままでいられるなんて、ユキが言ったから。


「ごめんな。それは俺が言葉足らずだったかもしれねえ。女になった途端態度変えたら、ハルに嫌われるって思って、ずっと無理してたんだ」


 そうやってすぐに強がってしまうところが、ユキらしくて。

 今は、すごく愛おしい。


「僕はユキのこと嫌ったりなんかしないよ」

「うん。もうわかってるよ。だから、これからもお互い遠慮とかなしで付き合ってこうぜ」


 幼なじみの僕たちには遠慮なんて似合わないから。


「そっか。じゃあやっぱり今までと同じだね」

「同じじゃねーよ。友情に愛情までプラスされたら過去最強だろ、俺たち」


 突き出されたユキの拳に、僕も同じく拳を突き合わせた。




 あの日ユキと並んで歩いた並木道の景色を、色づき始めた街路樹のさざめきを、僕は今でもはっきりと覚えている。


 早くも二年が経とうとしているなんて、信じられないぐらいに。

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