ワンルーム暮らしの猫好きおじさんとおつかい猫さんのダンジョンスローライフ
遥風 かずら
ワンルーム暮らしの猫好きおじさん
大好きな猫と異世界で暮らすことを決めてからかれこれ一年が経とうとしている。
ムギヤマトージ(50)として、向こう(日本のどこか)の世界のように移動販売を各地に広めながら過ごしていた俺は、美人猫のコムギさんとどこかで落ち着きたいと願っていた。
それが叶ったのは、コムギさんが正式に俺のパートナーとなり、猫魔導師や他の魔導師に認められてからだ。
「着いたニャ~」
「コムギさん、お疲れ様」
気ままに移動販売をしながら各地を訪れていた時、俺とコムギさんは辺境の漁村メルバにたどり着く。
そこはとても小さな村だった。
村に入ってすぐのところにあった小さな宿屋の主人が真っ先に声をかけてきたが、無類の猫好きだったらしく、主人とはすぐに打ち解けた。
離れの部屋が空いているという話を聞かされた俺は、コムギさんと相談してメルバ漁村で暮らすことを即決。
「お部屋が借りられて良かったニャ~!」
「狭いワンルームでごめんね」
「トージと二人だけなら全然狭くないニャ」
コムギさんとは今まで魔導車で寝泊まりをしていた。亜空間で空間を広く使えたりも出来たが、そこはあくまで亜空間で形成された場所。
魔導車空間でも問題はなかったが、やはりきちんとした部屋にいたい。そんな夢が叶い、ようやく一つの場所に落ち着くことが出来た。俺にとってもコムギさんにとっても最高の環境を見つけたと言ってもいいかもしれない場所だった。
……漁村にある崖の一部をくり貫いて作られた部屋だとは思わなかったけど。
漁村に暮らしているのは十数人程度、この村には冒険者や旅人の姿もない。
まずはここに暮らす人を相手に商売をしようと思っていたが、俺の膝の上でくつろぐコムギさんは俺の顔をじっと見上げながら――
「――トージと一緒に暮らせるなんて嬉しいニャ~。せっかく一緒にいられるようになったし、しばらく動かずにいるのもいいかもしれないニャ」
……などと、意外なことを提案された。
「え? 動かずにしばらく休む? それって、移動販売だけじゃなくて商売も休むって意味かな?」
「ウニャ」
「そっか~。それもいいのかもしれないね」
異世界に来てから、真の意味でのんびりするといったことは出来ていなかった。この世界に慣れるために動いたり、商売をするために各地へ動いたりといった感じでゆっくりする時間は限られていた。
それにコムギさんのことだから、もしかしたら俺をこの世界に招いた責任を感じての言葉かも――そう思うと、思わず顔がにやけてしまう。
「笑ってる場合じゃないニャ。そもそもトージは働き過ぎなのニャ!」
「え、そ、そうかな?」
まさか怒られるとは。
漁村の人たちにも商売が出来れば――と考えていたが、商売そのものを休めと言うコムギさんの言葉は俺にはとても優しく、ありがたい話に聞こえた。
「そうだね。うん、休むことにするよ」
「それがいいニャ~」
俺の返事にコムギさんは、目を閉じ喉をゴロゴロと鳴らしながら満足そうに眠りだした。
……何もしないで部屋でのんびりするのがこんなにも幸せだなんて。
コムギさんを抱っこしながら、ワンルームでモフモフな暮らしを過ごす日々――あぁ、幸せ過ぎる。
誰に邪魔されるでもない、こんな日が続けばいいなと思いつつ、流石に自分が食べるものやコムギさんの食事は何とか確保しなければならない。
幸いにして俺には移動販売スキルですぐにネット注文が出来る。
「コムギさん。お昼なに食べる?」
「鶏のささみがいいニャ」
コムギさんに美味しいささみを食べさせてあげたい。そう思いながら、石板の注文画面を開く。
「あれ……?」
しかし、どういうわけか全く反応がない。
最近自分のスキルをほとんど使うことがなかった。それだけに不具合でも起きたのかと触りまくるも、俺のスキルなんてあくまで石板をネット倉庫として動かすことくらい。
試しに金貨を画面に近づけるも、特に何の反応もなくどうすることも出来ない。こんな時に近くに魔導師がいればいいのになんて弱音を吐きたくなるも。
「使えないのニャ?」
異変に気付いたのか、コムギさんがすぐに声をかけてくれた。
「うん……どうすればいいのかな」
俺の戸惑いにコムギさんは首を傾げるもコムギさんは何か閃いたのか、俺から離れた。
「トージのスキルが使えないなら私がおつかいに行けばいいのニャ~」
「え? おつかい?」
「行ってくるニャ~。トージはゆっくり休んでてニャ」
そう言ってどこかに出かけてしまった。
コムギさんは俺が落ち込む暇もないくらいポジティブな猫さんだった。
「トージ、起きてニャ」
何も出来ない以上動きようもないので部屋で寝転がりながらコムギさんの帰りを待っていると、いつの間にか眠っていたのか俺を起こす声と体を揺らす可愛い手が目の前にあった。
体を起こすと、コムギさんの隣に誰かが立っているのが見えた。
「とりあえず連れてきたニャ~」
コムギさんが連れてきたのは、猫魔導師のシャムガルド――猫獣人のシャムだった。俺には分からないシグナル的な知らせで連れてきたのかもしれない。
「ムギヤマくんお久しぶりなのだ!」
「そうですね。お久しぶりです」
シャムガルドは使い魔養成スクールの猫獣人で、コムギさんを輩出した猫帝国の魔導師でもある。小柄な猫獣人だが、とても偉い立場の女性だ。
……結構ヘマをするけど。
「ムギヤマくんには不便をかけるけど、原因を探れるのは石板を作った魔導師じゃないと分からないのだ。だからしばらく石板と魔導車を預けてもらうしかないのだ」
彼女が提案したのは魔導車と石板のメンテナンスをすることだった。
「預ける? むむ……」
しかし、魔導師の手によって与えられた物だしそれが最善かもしれない。
「そうするしかなさそうですね」
「落ち込むことはないのだ! ムギヤマくんにはコムギがいるのだ。力があるコムギがおつかいに出れば、ムギヤマくんはここでのんびり出来るのだ」
「それはそうですが……」
せっかくコムギさんとのんびり過ごすつもりだったのに、まさか商売スキルが使えなくなるなんて。
しかしコムギさんはあまり気にしていないようで。
「トージのためにおつかい頑張るニャ~! トージにはお部屋で休んでて欲しいニャ」
そう言って張り切るコムギさんが凄く可愛かった。
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