第9話 生存者

【野村 フユキ】


生存者 吉岡の案内で三階に上がると自衛隊の食堂に案内され、そこに数人の男女が共同生活している様子があった。


最初はモンスターのピカッチャの姿を見てパニックになっていたが、ピカッチャの愛嬌と一緒にいるミルクのお陰で何とか納得して受け入れてもらえた。


改めてその場にいた人達を確認したが、いるのは数人。


そこにお母さんの姿はない。


「他に生存者は?避難してきた人はいないんですか?」


俺は神に願う気持ちで吉岡に訊いたが……


「こ……これで全員です」


言葉が出なかった。

最悪を想定していなかった訳じゃないが、安否が不明だと悲しみも不安も不安定だ。

生きている希望だって無い訳じゃない。


でも確かに手紙には、この立川駐屯地に避難すると書いてあった。

それじゃ何処に行ったんだ?


すると、1人の男が歩み寄ってくる。


「初めまして、石川 大介といいます。よくここまで生き延びましたね」


俺は軽く一礼した。


「軽く自己紹介が必要かな?石川 大介 36歳。趣味は筋トレ。ネオトーキョーポリスで勤務する警察官です」


身長170センチのスマートよりは、筋肉質のある体つき。

短めの黒髪ショートヘア。

ニコニコとしているが、なんか頼りない雰囲気が出ている。

腰に巻かれたホルスターにはベレッタM92Fを装備しているのに、なんでこんな気弱な吉岡が様子を見に来たのか疑問。


「おい、お前も」


そんな疑問も解決せず自己紹介が進み、石川が吉岡を促す。


「よ……吉岡 俊介です。ネオトーキョースカイラインで運転手として勤務していました。歳は32歳です」


石川は吉岡の自己紹介が終わると、四人でグループになってなり、ピカッチャやミルクを可愛がる女性達にも声をかけた。


「君達も」


促されるがままに、黒髪ショートヘアに高級ブランドのような服で着飾った女性が怠そうにこっちを向く。


「野中 瞳。天神コーポレーションの受付嬢やってました。はい、終わり」


素っ気ない感じで終わり、茶髪のショートヘアの女性が立ち上がる。


「赤塚 美保です。ネオトーキョーの本屋で働いてました。以上です」


こいつも素っ気ない。


次に立ち上がったのは、黒髪のオカッパ頭をした女性。


「瀬沼 ミヨです。レイフィールドで働いてました」


レイフィールドとは有名な服屋の名前だ。

笑顔で答えてくれたので、こちらは印象が良い。

今の二人に比べたらだが……


最後に背中辺りまである金髪のロングヘアの女性が振り向いた。

幼そうな顔をしているが、姿はギャル。

若い娘が無理してぐれているようにしか見えない。


「小林 聡美。17歳、現役女子高生です」


「超嫌味なんですけど」


現役女子高生に野中が反応していた。

女性の小さい妬みみたいなもんか?


最後に奥の方で、壁に背を預けて座っている体格の良い男性に目を向けた。


「彼は栗山 フランク。元アメフト選手だったらしいよ。ついこの間までアメリカに住んでたみたいで、日本語がまだ上手く喋れないみたいなんだ」


石川が代わりに答えた。


たったの7人か………


すると、トシヤが俺の隣にやって来て食堂を一望する。


「戦力になりそうな奴はいないな……」


なんて事を……

俺も心の中では同じような事を思ったが……


それにしてもコイツら………


なんか冷めすぎてない?

俺達はたった今、同じ建物の下でガマストライフとドンパチしてたんだぞ。

聞こえてない訳がない。


色々事情を聞きたい。


「石川さん、俺は自分の母親を捜しているんですが、ここで何があったかを教えてくれませんか?」


「説明するとなると、色々複雑でね………」



………



……





【石川 大介】


あれは3ヶ月前の話だ。

私はいつも通り、交番の勤務についていた。

2040年に始まった国と企業の戦争の爪痕から、東京は見るも無惨な姿になってしまったが、勝利した企業の力によって新しい東京が誕生したんだ。


大都市 ネオトーキョー。


世界の頂点に君臨するといっても過言ではない天神コーポレーションの本社ビルを中心に高層ビルや光輝くネオンによって昔人類が想像したサイバーパンクのような未来都市が現実化したんだ。


大勢の人々が行き交いを繰り返すネオトーキョーステーション前の交番。

夕方になり、そろそろ交代の時間を迎えようとした時だった。


「きゃ~!」


何処からともなく聞こえてきた悲鳴のような叫びに私はすぐに交番の外に出た。

だけど、人々は夕方の帰宅ラッシュの真っ最中。

いつもの見慣れた光景だったんだ。


私は気のせいか?

っと思い、交番に戻ろうとした時……


その悲鳴は怒号のように激しくなっていき、悲鳴は別の方から次々に増えていく。


行き交う人々は、歩きから早歩きに、早歩きから走りに変わっていき、何かから逃げていたんだ。


何が起きているのかも解らず、警官として何をすればよかったのかも解らない。

何処に避難させれば良いかも解らない。


何もかもがパニックな中、私は目の前の光景を疑った。


逃げ惑う人々が上空から降り注ぐ炎によって次々に焼かれていく姿だった。

私は助ける事もせず、ただその光景だけが目に焼き付いていく。


その炎の海の中に着地するモンスター。


全身をオレンジ色の鱗で身を包み、背中には大きなコウモリを連想させた翼。

尻尾の先端は真っ赤な炎で燃え盛り、手足は鋭い爪。

長めの首に後頭部には二本の角。

背丈は15メートル近くありそうな巨体。


まさに西洋のドラゴンが現実世界に現れたんだ。


ドラゴンは何匹もいた。

ネオトーキョーが火の海になるのに、そう時間は掛からなかった。


私は本職が警官だという事も忘れて、地下鉄に逃げた。

恥さらしとか、卑怯とか……

そんな事は今になって思うこと。

その時の私は逃げるしか頭になかった。



………



……





そこからはあまり記憶がない。

情けない自分を奮い起たせようともしたが、地下鉄に避難した数日後に自衛隊が救助に駆けつけ、私達は立川駐屯地に保護された。



多くの人が保護されていた。


だけどそれがダメだったんだ。


駐屯地に備蓄されていた食料は日に日に少なくなっていき、助けに来てくれた自衛隊の人達もメンタルが弱っていき、私達に気を遣わなくなっていく。


そして、暴動が起きたんだ。


物資の争いだ。


その醜い争いは、ついに人が亡くなってしまうところまで来てしまった。


そうなると、人は疑心暗鬼の連鎖が始まる。


この駐屯地は、そんな見苦しい人間によって人が離れていったんだ。



………



……





【野村 フユキ】


はい、オワタ!

お母さんはその醜い争いから逃れて、ここを出ていった。

つまりもうお母さんを追いかける手掛かりはないって事だ。


しかも都心部には炎を吐くドラゴンだぁ?


間違いなく【フレイムバイパー】じゃねえか。


都心部に逃げていたら最悪だ。

つぅか手掛かり無い時点で捜すの不可能。


野中 瞳がミルクちゃんの頭を撫でながら

「わかったでしょ?ここは生きた人の墓場みたいなもんよ。希望なんて笑わせる言葉もない。私達はさっきまで、下にいたエイリアンにいつ殺されてもおかしくなった訳よ」


こいつら……

もう……


「もう死んだも一緒だな」


トシヤが先に口を開いた。


「ダメだ、コイツら。本当は死ぬのが怖いくせに助かったと思えば、出てくる言葉は愚痴ばかり。そりゃ自衛隊も逃げたくなるわ。ここにいる連中は自分で行動できない奴等の集まり。平和な世の中だったから何とか生きてこれただけの連中だ」


トシヤの言葉に野中は勢いよく立ち上がり、膝元にいたミルクが慌て俺の方に走りよった。


「あんたねぇ、こっちの事情も知らないで……」


「知りたくもねぇなぁ」


トシヤはタバコを加えて、火をつけると更に続ける。


「さっき何で吉岡みたいなビビりが下の様子を探りに来たのか、よく解ったぜ。お前らは自分の足じゃ何も動かないポンコツだ」



次に警官の石川 大介の方を向き

「あんたも一緒だ。こんな奴に様子を探りに行かせて、自分が生きる事しか考えてない」


石川は何も答えず、下を向いたまま俯いているのみ。


もはや絶望しかない雰囲気だ。

誰も助けに来ない。

諦め………

行動したくても、何をしていいか解らない。


こういう時、ドラマだと皆を引っ張っていく頼りになるリーダーがいるが……


これが現実。

誰も引っ張っていかない。

臆病者だけが取り残された惨めな末路。


「あの~……」


そんな中で空気を読まず、俺は自分の母親の事を訊く。

名前や特徴を伝え、必要最低限の情報が必要だ。

ここで情報が途絶えたら、完全に詰む。


俺の母親は現在45歳。

癖毛が凄く、いつも天然パーマみたいな頭をしている。

優しくて、頼りになって………


俺のたった1人のお母さん………


「あの人だ!」


最初に口を開いたのは、レイフィールドで働く瀬沼 ミヨだった。


「知ってますか?」


「最初の食べ物の争いが始まった時に皆をまとめていた人だよ」


瀬沼の話だと、食べ物の争いが起きた最初の事件でここに避難してきた人々が自衛隊と暴動になったらしい。


荒れ狂った奴等は食べ物を奪うだけ奪うと、自衛隊のトラックで別の場所に逃げてしまっう。


残った人達は50名弱。

そんな絶望の雰囲気の中、声を張り上げたのは俺のお母さんだった。


諦めちゃダメだ。

何か行動を起こさないと!


皆にそう伝え、お母さんは残った自衛隊の人と、志願者を募りネオトーキョーの都心部に大量の食料を探しに行くと言って出ていってしまった。


だが、出ていってから既に1週間が経過し、残った人間は更に醜い食料の取り争いをして、残ったメンバーがここにいる7人となった訳だ。


まだ生きている可能性はありそうだ。


流石だな………

俺のお母さんは………


「向かった場所は?」


「ネオトーキョーに本社を置く、食品製造プラントに行こうって話をしてたはずよ」


ネオトーキョーの食品製造プラント【ベジータ】。

バイオテクノロジーの配合による、全く新しい食品製造方法によって肉や野菜を科学の力で繁殖栽培に成功したあの大企業か。


緊急災害時でも、太陽光発電で食品の衛生を最優先で保ちますという謳い文句が売りな会社。


俺はトシヤの方に向く。


「一緒に行きますか?」


トシヤはタバコを吸い終わり

「行くに決まってんだろ。こんな楽しい遠足を経験できるのは今しかないからな」


「ピカァ」

「ワン!」


トシヤもピカッチャもミルクも皆行くみたいだ。


………ありがとう………



「あの…!」



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