第4話 旅立ち
【野村 フユキ】
俺は家に帰ってくると、昨日とは何処か違う自分の家を、まるで他人の家を見るかのように見つめていた。
お母さんの車があったから、家にいると思ったが………
「お母さん!」
家の何処からも返事がない。
リビングも客間も風呂場だって見たけど、お母さんもミルクも姿はなかった。
避難したのか?
だったら良いが、何処に避難したのかが解らない。
しかも車を置いて避難したってか?
考えられない。
スマホを充電しようにも、電気系統は全て遮断されていて充電できない。
つまり、連絡も取れなきゃ、避難指定区域も調べられない。
俺が数時間の仮眠をとっている間に何が起きたんだよ。
改めて家の様子を観察すると、キッチンの戸棚等が開いている事に気付く。
鍵を開けて入ったから、物取りの仕業ではない。
窓も破られた様子はないし、物取りなら窓を割って入っているハズだ。
戸棚は長持ちする缶詰が入っていた。
避難の時に持っていったのか?
なんだか落ち着かねぇ。
俺もようやく危機感が湧いてきたってことか?
ため息すら出てしまいながらソファに座り、手と手を交差させ、顔を預けながら考えてしまう。
自然と貧乏揺すりすら出て、何から行動してよいのかも解らない。
「ん?」
目の前に置かれた1枚の紙。
慌ててると、こういう直ぐ気付きそうな物に気付かないもんだ。
灯台下暗しってやつか。
手を伸ばして、紙の文章を読んでいく。
急いでいたのか、殴り書いたような字だ。
お母さんの字らしくないが、間違いなくお母さんの字だ。
何年も見てきたんだからな。
文章に目を通していくと、随分と簡略的にかいてある。
重要な部分はここ。
立川自衛隊基地に避難する。
避難………
やっぱり災害か何かなのか?
とにかくこれで目的地がハッキリとわかった。
立川自衛隊基地。
ここから立川シティまでは車で2時間ってところか。
そうと決まれば、善は急げ。
俺は2階の自分の部屋に上がると、押し入れからボストンバッグを出してベッドに放り投げる。
着替え、ペン型ライト。
電気ショックガン………
ん?
俺は電気ショックガンのエネルギー残メーターがゼロになっている事に今気がついた。
昨日充電したばっかりだぞ。
不良品だったのかよ。
かなりムカついたが、充電すれば使えるし、役に立つ時がくるだろう。
一応入れておく。
食い物と飲み物は無くなってたから、道中で手に入れる。
次に装備。
ベッドの下から引っ張り出した1枚のコート。
黒一色の薄手に脹脛ぐらいまである長さのロングコート。
腕の部分は細身に設定して、隙間なく着れ動きやすさを重視。
このコートの最大の特徴は、下地に薄い防弾カバーが縫い込まれており、弾丸を通さない。
俺は根っからのアクション映画好きだ。
その中でも大好きな映画、海外の聖人と呼ばれる俳優【ジョン リーブス】主演の大ヒット作【キアヌ ウィック】を参考にして作った1品がこの防弾コート。
主人公 キアヌがある日強盗に飼い犬を殺され、そこから始まる復讐の物語である。
キアヌは実は元伝説の殺し屋で、そのキアヌが着ていた防弾スーツに俺は憧れて作ってしまった。
足下も守れた方が良いと思ってロングコートにし、なるべく格好良いデザインにしようとも思ったが、日本製のシンプルな物にしてみた。
防弾カバーは天神の特殊部隊の古い戦闘服から取り出し、お母さんに協力してもらって作ったんだ。
ただの自己満足だったが………
使うべき時が来たってことなのかな?
俺はコートに袖を通し、次に和室の方に向かう。
「じいちゃん。一緒に付いてきてくれ」
神棚の前に飾られた日本刀を手に取り、鞘から刀身を出して、刀を眺めた。
じいちゃんが家の家宝と言って残してくれた刀。
黒い鞘に黒い刀身の黒尽くめの刀。
大昔、妖魔を退治したと云われる妖刀【炎獄】
他に必要な物は………
「ワン…ワン…」
ミルク!?
俺は聞き覚えのある吠える声に急いで玄関から外に出ていくと、舌を出しながら尻尾を振っているミルクの姿を見て、自然と笑みがこぼれた。
「ミルク!」
俺が腕を広げると、ミルクは一目散に俺の方に走り寄ってきて、腕の中に収まっていく。
「ミルク、お前どうしたんだ?お母さんはどうした?」
「ワン…ワン…」
周囲を見渡すが、お母さんの姿はない。
ミルクだけ残していったとも考えられないが、犬は駄目だとも言われて救助しにきた自衛隊に置いてかれた可能性が高いか?
「とにかく無事だったんだな。腹は減ってないか?何か食べるか?」
ミルクは黙って俺を見つめているだけ。
「何があったんだ?お前説明できるか?」
説明なんてできる訳が無いのに、俺は夢中で話しかけていた。
………
……
…
とりあえず落ち着き、ミルクと一緒に家の中に入り、ミルクのドッグフード等、残っている物を食べさせる。
残念ながら水道から水が出ないため、冷蔵庫に残っていた飲みかけのミネラルウォーターを分け与える。
冷蔵庫も電気が無いから、中の野菜等が腐り臭いがキツイ。
たった1日で腐るかね?
ミルクの相変わらずの食い意地を見て、少し安心した。
「よっしゃ、お母さんを捜しに行くぞミルク」
「ワン…」
「ワン!ワン!」
突然ミルクが窓の方に向かって吠える。
目でミルクを追いながら、俺も窓に目を向けた。
「誰かいたのか?」
昔からミルクは通りに人が横切ると吠える癖がある。
だが、通りには誰もいない…
っと思ったが、一箇所の地面が日陰になっている。
顔を上げると………
俺は自分の目を疑った。
向かい側の家の2階部分に排水管のパイプのように太くて長い尻尾が巻き付き、その先には紫色の巨大コブラの姿。
長く鋭そうな牙からは毒液のような緑色の粘り気のある液体を垂れ流し、横幅に広がった腹部には恐ろしげな顔のような模様。
まっすぐ計れば20メートルはありそうなバケモノコブラ。
一般人が見たら、チビって思考停止だろうが、俺はまた別の事を考えていた。
コイツは完全に見覚えがある。
大好きだったあのゲームの登場モンスター。
【人喰いシャーボック】
さっき見たネズミも思い出した。
【マラッタ】
コイツらは、あの人気ゲームの登場モンスター。
カプセルモンスターだ。
「ふっ」
思わず笑ってしまう。
そんなことは、有り得ない。
ゲームのキャラが現実に姿を現すなんて。
でも現実に存在している。
何故存在しているのかは解らない。
ずっと昔から存在していたかもしれない。
奴等はついに人類に牙を向け始めたのかもしれない。
一つ解っている事がある。
俺は出窓を開けて外に出ていく。
「シュ〜」
人喰いシャーボックは口から空気が漏れるような音を出して威嚇行動を始め、ゆっくりと左右に揺れながら俺を観察する。
次の瞬間牙を剥き出しにして襲いかかる。
「一つ解っている事がある………それは、お前らが俺達に対して敵意を持っているってこと」
左腰辺りに装備した炎獄の鞘を左手で掴み、瞬時に右手で炎獄を掴み構える。
右脚にそっと力を入れ、一瞬の間に人喰いシャーボックのガラ空きの懐に潜り込み、右側を通り過ぎると同時に炎獄を振り抜いた。
炎獄から伝わる確かな手応えを感じ、俺は後ろに振り返った。
横たわった人喰いシャーボックの亡骸。
圧倒的な斬れ味を持つ炎獄。
俺は悟る。
とんでもなく長そうな旅の始まりを………
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