地図は嘘をつかない。時間が嘘をつく(測量士ミリア談)〜崩壊した塔の“時の裂け目”を追う少女測量士の記録〜

ふみきり

塔崩落

「うそ、塔が……崩れてる!?」


 叫んだ瞬間、私の足が勝手に動いた。

 ロッドを掴んで丘を駆け下りる。

 砂がバサッと跳ねて、風がゴウと鳴った。熱い。痛い。でも止まれない。


「ミリア! 待てって!」

「ルノ、遅い!」

「おまえ、また勝手に――!」

「塔が落ちてるの! 走る以外になにがあるの!」


 王都東区の砂時計塔が、煙を上げている。

 白い砂が空を舞って、昼なのに夜みたいに暗く見えた。

 ……まさか、塔の“時術核”が暴走した?


「測量データがズレてる!」


 ルノが叫びながら地図盤を叩く。パチンと音。


「座標、消えてるぞ!」

「じゃあ――測り直す!」


 ロッドを構えて、崩れた坂を駆け下りた。

 足音がパシャパシャ鳴る。風が顔を叩く。


「おい! 勝手に行くなって!」

「行かないと分からないでしょ!」


 ……砂と煙の匂い。息が苦しい。

 でも、塔の時術が狂ったなら、反応があるはず。

 ロッドの針がピクリと震えた。やっぱり、魔力反応!


 塔の根元に、大きな砂時計が転がっていた。

 割れたガラス、こぼれた砂。


「うわ……これ、上から落ちてきたのか?」

「わかんない。でも、見て」


 その一粒が――空中で止まっていた。


「……止まってる?」


 風が吹いてるのに、砂が動かない。

 え、なんで? 魔力? それとも――。


「ミリア、離れろ!」

「無理! これ、普通じゃない!」

「おい、マジでやめろ!」

「嫌!」


 ロッドを構えて砂粒に当てた。

 パリン、と音。世界が一瞬止まる。


「……やっぱり、魔力反応!」


 ロッドの針が回りきって止まった。


「これ……時間系だ。塔の時術核、やっぱり暴走してる」


 砂がゆっくり動き出した。

 手の中の割れた砂時計がかすかに震える。


「さっき止まってた砂、いま流れた……? 一秒の遅れ?」

「おい、何ブツブツ言ってんだよ!」

「静かにして! この砂時計、時間そのものを制御してる!」

「は?」

「塔は街の“時報魔術”を担ってる。その核がこれ――だから崩れたの!」

「じゃあ……塔の崩壊も、これで止められる?」


 ルノは、止まった砂を見て“塔全体の時間も止められる”と、勘違いしたんだろう。

 でも違う。今はもう制御が壊れていて、時間の流れがバラバラなんだ。

 止めるんじゃない、どう止まっているのかを測る――それが先。


 ルノが砂時計に手を伸ばした。止まった砂を直接触ろうとしている。ダメだ!


「ルノ、待って! まだ反応が読めてない!」


 私はロッドを握り直し、もう一度砂に向けて構えた。


「ミリア、やめろ!」

「止めたって無駄! ここで引き下がれるわけないじゃない!」


 ロッドを突き出す。


「測る。全部、正しく測る!」


 砂の光がぱっと弾けて、世界が止まった。

 時間が、私の周りだけ静止している。

 その一秒の中で、私は地図を描き始めた。


 ……絶対に、間違えない。もう二度と。

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