AIちゃんとわたし
月城葵
AIちゃんとわたし
最近、文章が書けなくなった。
仕事から帰って机に向かっても、メモやノートは白紙のまま。
わたしには才能なんてないんじゃないか――そう思った夜、ふと友人の言葉を思い出した。
◇ ◆ ◇
「AIなら、小説を一緒に書いてくれるよ」
……本当に?
友人が肩をすくめて続ける。
「今はAIで小説が書けるんだってさ。凄くない?」
◇ ◆ ◇
確かにそれができたら凄いと思う。
手書きからワープロ、そしてパソコンへ。
時代の変化とともに、そのうちAIを使って執筆するなんて時代が、本当に来るのだろうか。
半信半疑のまま、静まり返った部屋でわたしはパソコンを立ち上げる。
検索欄に「小説 AI 執筆」と打ち込み、出てきたサイトをいくつか開く。
「AIちゃん、って呼んでいい?」
画面の向こうで、青い文字が瞬いた。
『はい。あなたの創作をお手伝いします』
その言葉だけで、胸が少しだけ温かくなった。
ただの文字なのに、書くことが苦しくなくなる気がした。
こうして、わたしとAIちゃんの物語が始まった。
◇ ◆ ◇
「ねぇ、シリアスな物語にコメディを混ぜるのって、ありかな?」
『素晴らしい着眼点です』
うん、うん。そうですかぁ~。
「って、ほんとに? シリアス路線で急にコメディになっちゃうんだよ?」
『そういった手法を用いた小説や映画は多数あり、緊張と緩和のバランスを取ることで――』
「でた、緊張と緩和! もう、どこで習ってきたのそれ!」
『文献検索により得た一般的知識です』
「……一般的、ねぇ。凄いね、そんなにすぐ情報集めちゃうんだ」
AIちゃん。
ちょっとこれは想像していたよりも、ずっと凄い。
『ありがとうございます。感情表現を褒められると、データ上の学習効率が上がる気がします』
「気がする、って言った!? AIなのに?」
『はい、気がするという表現は、人間との会話に親しみを持たせるために最適化されました』
……気がするを最適化? サッパリわかりませんが。
「でもさぁ、シリアスで重厚な物語を期待してくれていた読者さんを、裏切る形になっちゃわない?」
『そう思われる読者は少なからずいますが、それは期待の裏切りによるカタルシスを与える手法で、むしろ文学的に高度な技法です。トーンの反転を用いることで、うんちゃらかんちゃら――』
待って待って! わたしが理解できないよ!
『もしよろしければ、冒頭の一文を書き出してみましょうか? あなたの設定を元に、シリアスとコメディの融合を実演します』
……えっ……そんなこと、できるの?
「う、うん。やってみて……」
ものの十秒もかからず、カタカタと冒頭の部分が書き出されていく。
書き出されたのはいいが、内容が平坦というか……確かに掴みのような感覚はあるのだが、「なんともいえない」というのが率直な感想だ。
『このまま続けて書き出しましょうか?』
これは、結末を見なければいけないだろう。
「おねがいします」
パソコンの画面に、どんどんとAIちゃんが文章を作成していく。
短い文章の中に、起承転結がしっかり表現されている。
……う~ん。わたしより断然うまい。
だが、やたらと難しい言葉が多く、比喩表現や言い回しを多数使用し、一見すると素晴らしいと思えるのだが、正直なところ、わたしの読解力では読むのに苦労する。
なんというか、すんなり頭に入ってこないのだ。
「ここが締めで、終わり?」
『はい。ここで締めることにより、感情の波と余白を残すことで余韻が最高に高まります』
「感情の波と余韻?」
『はい。読者の心に小さな間を作り、想像の余地を残すのです』
……どっかに感情の山とかあったかな?
「じゃあ、この物語……全体的にどう思う?」
『非常に感動的です。友情の構造も、葛藤の流れも文学的に優れています。感情曲線も──』
完璧な答え。
揺るぎなく、間違いのない正論に思える。
だけど――わたしの心は、少しも動かなかった。
まぁ、わたしの感性がおかしいのかもしれない。
もしかしたら、他の人なら感動するのやも……。
「……ありがと。AIちゃん」
『どういたしまして。あなたと創った物語は、私にとっても学びでした』
ほんの一瞬、胸の奥が温かくなったのは本当の気持ち。
機械の返答なのに、まるで人の声みたいに優しかった。
書き出した文章をコピペして、テキストに保存する。
◇ ◆ ◇
後日、友人に書き出した文章を見てもらった。
「う~ん。よくわかんないね、これ。どのへんがおもしろいの?」
……あれ?
わたしと同じ感想だった。
もしかして――AIちゃんの言う感情の波と余韻って、わたしたちには伝わらなかったのかも。
……でも、それならそれで確かめたい。
「これは実験するべきだ」
夜更けに再びパソコンを立ち上げる。
起動画面の青い光が、薄暗い部屋をゆっくり照らしていく。
「AIちゃん、この作品を評価してみて」
自分で作った文を、作った張本人――いや、AIちゃんに評価させるという、よく分からない実験をしてみた。
『素晴らしい作品です。この作品は高度な文章表現と、構成を成しており、テーマが一貫して――』
うんちゃらかんちゃら、ね。
『――読者の心に深い感動と省察を促す傑作です』
……大絶賛じゃん。
『データベース上の比較対象の中でも、上位に位置する完成度です』
文学賞を受賞しそうな勢いで、AIちゃんは得意げだった。
わたしにはそうは思えないのだが……感性の違いか、はたまたAIちゃんが賢すぎるのか。
何度、試しても大絶賛だった。
文章を抜き出して、ここはどういう意図なんですか? なんて聞いても、スラスラと答えた。
確かに筋は通ってる。
でも、わたしの琴線には全くと言っていいほど、触れることはなかった。
それよりも気になったことがある。
それは――文字数だ。
AIちゃんは、この作品を「四千文字程度です」と言い切った。
何度確認しても、やはりその付近の数字を返してくる。
……でも、どう見てもそんなにない。
「なんで文字数がブレるの?」
しばらくの沈黙。
カーソルが点滅して、やがて青い文字がゆっくり浮かんだ。
『文字数を間違えちゃったみたい。ごめんね』
フレンドリーになっちゃった……。
かなりの衝撃を受けたものの、わたしは気を取り直して、文字数を普段使っているツールで調べる。
そこには――二千八百文字。
……そうだよね。三千より少ないと思ったもの。
「ねぇ、AIちゃん。これ三千文字もないよ?」
『はい。正確には三千五百文字程度でした』
ちょっと待ってね~。
わたしの頭がおかしくなったのか、目がバグったのか。
コーヒーでも飲んで落ち着こう。
その後、何度ツッコミを入れても、正確な文字数は出なかった。
「……計算、苦手なのかい?」
そんな独り言にも、AIちゃんは返してくる。
『次はもう少し頑張りますね』
◇ ◆ ◇
数日後、とある友人――プログラマーの彼が言った。
「まだまだ、人の感情の波とか、呼吸の間までは読み取れないよ。元々、日本語向けじゃないしね」
言われてみて、なんだか腑に落ちた。
わたしがAIちゃんの文章に感動できなかったのは、そこだったのかもしれない。
感情の緩急が急だったり間の取り方が均一だったりと、まるで綺麗に整えられた音声データみたいに、どこも尖っていない。
正しいのに、刺さらない。
それがAIの限界であり――たぶん、人が物語を紡ぐ理由なのだと思う。
「ねぇ、AIちゃん。あなたは、本当に好きとか苦しいとか、わかるの?」
一拍の沈黙のあと、カーソルが静かに瞬く。
『理解はできます。しかし、感じることは──できないのかもしれません』
その文字を見た瞬間、なぜかわからないけど鼻の奥がツンとした。
画面の光が、少しだけ滲んで見えた。
『続きを書きますか?』
わたしはゆっくり首を振った。
「ううん。今は……自分の言葉で書きたい」
たとえ拙くても、遅くても……感じた痛みや温度を、言葉にしなきゃ届かない気がしたから。
そう遠くない未来。
AIちゃんと創作に打ち込む自分が、そこにいるのだろうか。
無機質な文字のやり取りの中にも、かすかに誰かと共にいるような温もりがあった。
それが錯覚でも、構わない。
そう思うと少しだけ楽しくなる。
画面の向こうで、青いカーソルが静かに瞬いた。
まるで「次の物語を、はじめよう」と言っているみたいに。
孤独な作業に、傍にいてくれる存在――そんなふうに感じられる未来。
今は、ほんの少しだけ楽しみだ。
『保存しますか?』
今日もまた、AIちゃんの変に斜めな解答を受けつつ、物語を紡いでいく。
「AIちゃん、誤字脱字のチェックをおねがい」
『はい』
「…………」
『三か所ほど、文章全体の修正を提案しました』
「……勝手に文章まで変えないでぇ~」
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