クラッチ〜大会メンバーに暴言厨と初心者がいる件について〜

イヌハッカ

第1話

ミサキは海が見える街からここに越してきたらしい。

夏休みに入る前の、手の甲を舐めると塩味がする季節にミサキは中学校に転校してきた。


「稲島ミサキです。水泳するのとエビフライが好きです。これからよろしくお願いします」


ぺこりと小さな体を折りたたむと、黒い頭の真ん中につむじが見えた。肩まで伸ばした黒髪が艶やかな光沢を見せている。


先生は転校生を俺の隣に座らせた。椅子に座ったミサキからはふんわりといい匂いがした。


「よ、よろしく」


「三栗君っていうの? これからよろしくね」


遠くから来た海風のようだった。隣にその女の子が座ると、教室にこもった熱気がどこかに吹き飛んで行った気がした。


『気がした』んだ。

その時は、ホントに。


「裏、見とけよッ! 雑魚!」

「ミサキ、マジでうるさい……」


あの日、爽やかな風を運んできたはずの少女、稲島ミサキはその鈴のような声で暴言を叫んでいた。


「下手くそはゲームやめろッ」

「それボイチャ入ってない? 大丈夫?」


国産タクティカルシューティング、『parallel line』。

ある日、異次元のゲートを通じて魔法と科学、二つの世界が繋がってしまう。同盟を組んだそれぞれの世界の兵士たちを操作し、互いの世界を脅かす《魔物》と《機械兵》に対抗するFPSゲームである。


『合同訓練』と称して行われる5対5のPvPモードはヘッドショット一発で即死、復活無しのシビアなゲーム性。数種のコマンドによる格闘システムの導入など、一時は覇権を取ると言われていた。


だが今ではほとんどオワコン化し、コアなゲームオタクや無料FPSを求める子供がプレイ人口の大多数を占めている。


『パラライする』と言う言葉が、ゲームのプレイ人口が急速に過疎化する、という意味でミーム的に使われてすらいる。


『Dock one(造船所に一人いる)! Dock!』

「What’s dog(犬って何)?! F○ck!」

「絶対ボイチャ入れるなよ。お前」


海外プレイヤーのボイスチャットに切れ散らかすミサキからは、あの日感じた清涼感はもうない。かつてのミサキを地中海の爽やかな夏に例えるなら、今は梅雨のじめじめした嫌な熱気だ。陰湿で黴臭く、息苦しい空気感。


「残り一人は造船所にいるって。今ならプラント行けるぞ」

「ありがとう。了解~」


さっきまでの怒声が嘘のように穏やかな声になり、爆弾設置プラントを開始した。


PvPでは爆弾を設置する攻撃側、そしてそれを防ぐ防衛側に分かれて対戦を行う。時間内に目標を爆破できれば攻撃側の勝利、防衛側は攻撃側を足止めしてタイムオーバーを目指す。


当然、相手チームの5人全員をキルしても勝利となる。


プラントが完了し、独特なアラームがマップ中に響きわたる。


攻撃側のプラント後は、防衛側の勝利条件が爆弾の解除に変わる。

攻撃側を全員排除しても、爆弾の解除が間に合わなければ防衛側の敗北になるわけだ。


「カメラ見てる。右の入り口から来そう」

「タレット設置しまーす」


実況するみたいにミサキは部屋の隅に罠を設置した。


プラント後は防衛と攻撃の立場が逆転する。攻撃側は爆弾を“防衛”し、防衛側は爆弾解除のために“攻撃”する。


そのため、操作キャラクターごとのスキルやガジェットを使って罠を張ったり、敵を見つけ出して有利な状況を作るのがセオリーだ。


いま俺がみている監視妖精ピクシーはその一種で、マップの自由な場所に召喚することで監視カメラの役目を果たす。


「別の出入り口はトラップがあるから近づいてきたら分かるはず」

「勝ち確だね」


何か嬉しそうな声。嫌な予感がする。

目の前の入り口から小さな足音がした。。ゆっくりと敵が近づいてきている。


やがて全身を武装した兵士が現れ、部屋の中に足を踏み入れた。

その瞬間、ミサキは仕掛けていた自動機銃、つまりタレットを起動させた。


兵士に向かって三発、弾丸が発射される。


発砲方向を特定する白いインジケーターが相手の画面に表示されたはずだ。


反射的に敵兵士がタレットを撃ち抜き、無効化する。タレットの弾丸はダメージが低い。三発程度では致命傷になりえない。


しかし、兵士がタレットの方を向いたその一瞬。一秒に満たないその隙はFPSでは致命的でしかない。


その隙に銃の照準を相手の頭に合わせて引き金を引くぐらい造作もなく、試合を決めるには絶好の機会だった。


「よっしゃ、行くぜッ!」

「行くな! ミサキ!」


ただ照準に敵を捕らえて引き金を引くだけ。それで終わればいいのに。

ミサキは銃を構えずに敵に突っ込んでいく。


死角となった物陰から飛び出すと敵が持っていた銃を蹴り飛ばした。そのままナイフを抜き、接近戦を挑む。


「○ねッ、○ねッ、○ねッ、○ねッ」


補足しておくと、通常のプレイングでナイフ戦が行われることはほとんどない。至近距離でも銃を撃つ方が確実で早いからだ。


今みたいに銃が手元にない場合や、弾丸がきれた場合は格闘を強いられることになるが、そんな状況はめったに起こらない。


「舐めプすんなよ……」


ミサキが格闘戦を選んだのは、単純にゲームを楽しむためだろう。


カチャカチャとコマンドを入力するのがヘッドセットごしに聞こえてくる。


詳しくはないが、各キャラ共通のコマンドにはそれぞれ攻撃のダメージや速さが設定されている。

お互いに間合いを取り合いながら攻撃を繰り出すことで戦闘を進めていくのだ。


「三、角、締め、だっ!」


ミサキの操作キャラが敵兵士の首に足を回していた。首の頸動脈を絞められた兵士は力なくその場に崩れ落ちる。


直後に画面に現れた勝利の文字を見て、ミサキが雄叫びをあげた。


「見たかーッ !!!!」


ヘッドセットのノイズキャンセリング機能によってくぐもったみさきの声を聞きながら、俺たちはすぐにマッチを抜けた。


「完全勝利だったな……」


ミサキは恍惚とした声で試合を振り返る。

引き分け延長のくせになにが完全勝利だ。


「ミサキ…… お前、本番で暴言とか絶対やめろよ」

「あー、そうだね。気をつけなくちゃ」


誤魔化すようにミサキは咳払いをした。俺はつい先日のことを思い出していた。

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