《TwilightNotes ― 夜明けに鳴る音》

神田遥

プロローグ「春風の記憶 ― Twilight Notesのはじまり ―」

 春の風が、東京の街を撫でていく。

 ビルの隙間をすり抜けた風が、駅前の大型ビジョンに映る“今の彼”の髪を揺らした。


 人波の中で、私はその光景に足を止めた。

 映像の中で笑う彼――桜井大和。


 胸の奥が、きゅうっと鳴る。


 画面の中の彼は、すっかり“スター”の顔をしていた。

 柔らかな笑み。まっすぐな眼差し。

 まるで夢そのもののように、まばゆい光をまとっている。


 ――でも、私は知っている。

 その笑顔の奥に、誰にも見せない“素顔”があることを。

 言葉より先に、心で踊るように語っていた、あの瞳を。


 瞬間、目の奥が熱くなった。

 何年もかけて忘れたと思っていたのに、春風が吹くだけで、簡単に記憶は戻ってくる。


 いつからだろう。

 彼の名前を口にしなくなったのは。

 思い出すことも減って、仕事と現実に埋もれていった。


 だけど、今日の風はあの春と同じ匂いがした。

 白いスニーカー、教室の窓、誰もいない体育館、

 そして、無言で踊っていたあの横顔――。


 ……ねえ、大和くん。

 あなたは覚えてる?

 あの日、私が伝えられなかった“好き”を。


 それは今も、胸の奥で静かに息をしている。


 春風が、通り過ぎていく。

 その気配が、眠っていた景色を呼び起こす。


 ──時間が、巻き戻っていく。


 白いスニーカーの足音。

 桜の花びらが舞い込む教室。

 そして、窓際の最後列で、静かに外を見ていたあの人――。


 すべては、あの日の春から始まった。

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