32話:最奥で待つもの

 僕たちは創造神を探して彷徨い続けていた。

 どれだけ呼んでも、どれだけ探っても――姿を見せる気などさらさらない。

 まるで『絶対に見つかってたまるか』と、全力で拒んでいるみたいだった。


「クソがッ‼」


 クラグノスの怒号が響いた。

 ここに来て、破壊神の忍耐も限界を迎えたらしい。


「破壊神様! そんなに暴れたって入り口は見つからないわ!」

「テメェの遊びに、付き合ってる暇はねェんだ――よッ‼」


 ドン、と地面が揺れる。

 床が軋み、空気が震えた。


「やめろ! この空間ごと破壊する気か!」


 襲い掛かる揺れに伏せながら、ヴィールの言葉がクラグノスに向けられた。しかし、まるで止まる様子はない。


「俺は、耐えたぞ。

 あの女が巻き込まれている間は……だが――ッ」


 ドシンッ‼ クラグノスが床を踏むたびに、僕たちのお尻は宙に浮いた。


「もう我慢ならん……壊す、壊すッ!」


 クラグノスが力強く床を踏み鳴らす――


 ――バリンッ。

 ガラスが砕けるような音がして、空間全体が大きく傾いだ。


「のわっ!」


 僕はしりもちをつく。世界そのものに揺さぶられ、視界がぐにゃりと歪んだ。


「くっ……背に腹は代えられんか!」


 ヴィールが空間を支えようと力を展開した、その時だった。


 ――ぽっかりと、何もない空間に穴が開いた。


 ぼんやりと映るその先の光景に、ロキが口端を引きつらせる。


「あっちから誘ってる……?

 ……け、結果オーライってことね。てふふっ……」


 クラグノスは一言も発せず、そのまま勢いよく突撃していく。

 僕たちは慌ててその背を追った――。



 一斉に僕たちの足音が止まる。

 最奥を飾る、人丈の何倍もある女神像。表情は慈愛に満ちていて見る者の目を奪う。

 彼女の両手は、まるで目の前に佇む玉座を包み込もうとしているようだ。


 その玉座に、三谷はいた。けれど、力なく座らされている。最初からオブジェクトの一つと思わせるほど、綺麗で。玉座と一体になって――声をかけても、動くことはない。


 瞬間、女神像を中心に、創造神の声が聞こえる。


「ボクを追いつめたこと……後悔させてあげる」


 ――終始、気味の悪さを感じて背筋が凍る。

 何もない場所から、霞のように姿を見せた。


 “それ”は、布のような尻尾をひらひらとさせてこちらを見つめる。

 緑鮮やかな色合いをした、兎のような生物。想像していたものと違っていて、困惑の色が隠せなかった。


「……テメェ。随分と好き勝手に暴れてくれたな」

「ボクは決めたんだ。世界をボクの色に染めるって。それはキミに対する宣戦布告だ。あとはこの身がどうなっても構わない」


 淡々とクラグノスに告げて、フェイブラーがルビー色の目でこちらを見つめる。


「人間の身でココまで来たのは褒めるに値することだ。ということは、ボクに創り変えられる覚悟があるってことだよね」


 フェイブラーの問いが突き刺さり、言葉にできない恐怖で牽制される。

 僕の怖気そうになる情けない顔が、フェイブラーの瞳を通して映りこむ。思わず逃げ出したくなる状況に首を振って、意識を保った。


「創造神……いや、フェイブラー。僕は、三谷を助けに来たんだ」

「そう」

「……そして、お前も」


 フェイブラーの尻尾が動揺に波打って、地面をこする。


「余計なお世話だよ。キミは何も学習してないようだね」

「……護らなきゃ、ダメなんだ。みんなに顔向けできない」

「つまらない戯言はやめるんだ。神に勝とうだなんて、恐れ多いことを教えてあげる」


 フェイブラーが一つ、天井に向かって鳴き声を上げる。

 その声に応じるように、何もない空間から東雲さんと龍城の“偽物”が現れた。


「……ッ!」


 胸の奥がきゅっと縮む。

 どこまで、人の心を壊せば気が済むんだ。


 僕はロキにエールを預けて、ゆっくり息を整えた。


「ここでやられるわけにはいかないんだ。あいつの“願い”が、こんな形で終わっていいはずない」


 フェイブラーの方を真っ直ぐに見据えて、僕は振り向かずに言う。


「クラグノス、ヴィール。偽物は二人に任せたい」


 僕の言葉に、二柱は目を見開いた。


「何を言ってるんだ! エールは今、機能していないんだ。キミ一人で勝てるわけが――」


「ヴィール。坊主のお達しだ。」


 クラグノスがヴィールの言葉を遮る。ぎり、と奥歯を噛みしめた。


「核が近いここなら、偽者にも俺の拳が通る。

 あの女が巻き込まれる前に、ここは俺たちで抑える」


 ヴィールが短く息を吐く。僕の方を一度だけ見て、頷いた。


「わかった。ここは任せろ。――絶対に、死ぬなよ」


 一歩、前に出る。

 フェイブラーは相変わらず、感情の読めない目でこちらを見つめていた。


「……本気なの? ボクとしてはありがたい限りだけど」

「決めたんだ。三谷も、お前も見捨てないって。

 一度決めたことは、覆したくない」

「強大な力を前に屈しないやつなんて、ボクのデータにないな」


 フェイブラーの尻尾が、ひらりと床をなぞる。


「いいよ。キミもボクの作品の一部にしてあげる」


 フェイブラーが創造神の力を展開した。ガラスの床からボコボコと沸き立つように、人型の石人形が二体出現した。石でできた剣を持っている様は、まるで玉座に佇む女王を護る衛兵のよう。


「この世界はボクのお腹の中。全てが思いのまま」


 コツ、コツ――標的をロックオンし、石人形がゆっくりと近づいてくる。

 エールはいない。僕一人でもこいつを抑えないと……。ふと足元を見た。主張するようにキラリと輝くガラス片。


 ――さっき、クラグノスが暴れた時に崩れた空間の欠片か……?


 それを拾い上げて、石人形に突撃する。


「うああぁっ!」


 ガンッ! 石人形に破片がヒットして、体が削り取られる。

 やった――これなら僕でもっ‼


「っ!」


 もう一体、視界に映る。いつの間にか傍を許してしまっていた。

 


 記憶が飛ぶほどの衝撃だった。

 気づけば僕は、その場に打ち付けられていた。傍に来ていた石人形が、剣を振り下ろしたのだろう。


 痛みに痺れて、体の感覚がなくなっていく。呼吸がつらい。


「さようならだ」


 フェイブラーの声がうっすらとした意識の中でこだまする。それでも、僕は足に力を入れて立ち上がる。

 段々と体に暖かい熱が送り込まれて、意識が覚醒した。


「幸ちゃんっ!」


 立て……立て……ッ! 僕はまだやれるッ!

 ロキの力で脳を騙し、再び石人形に攻撃した。


 ガラスの破片で、石人形との鍔迫り合い。レンガのような重さが僕にのしかかる。

 しかし、あくまでも脳を騙して一時的にタガを外しているだけだ。僕の非力な力では、動きを止める程度でしか……。

 再び、腕が痺れてくる。それでも、倒れずになんとか踏ん張った。


「おらぁぁッ‼」


 ――ドガンッ‼

 風のごとく、凄いスピードでクラグノスの拳がヒットした。

 石人形が砕け散る。と、もう一体の石人形がクラグノスめがけて剣を振り下ろす。


 危ない……! 叫ぼうとしたが、破壊神の力をもって肘で小突く。

 人形はバラバラと砕け散り、周辺に石くずを残した。


「クラグノス……」

「よく耐えた。あとは神々の戦いだ……そこで見てろ」


 僕に背を向けて、フェイブラーをじっと睨む。今にも倒れそうな僕を、ヴィールが肩に手をまわして支える。

 創造神はしもべがすぐにやられることは想定内だったのか、言葉に感情が乗ることはなかった。

 感情の代わりに“計算”が表情を描く。


「……やっぱり嫌いだ、キミは。いつも暴力でしか解決できない」


 フェイブラーの言葉に、クラグノスは続けた。


「人間を盾にする神に言われたくはないな」


 破壊神の言葉を半ば無視するように、嘲笑する。


「ふふっ。武力に長けた者はボクを含めて二人しかいないね……。

 それに加えてボクは数で抑えられる」


 床を舐め回すように、尻尾が弧を描いた。



 しばらくの静寂が不気味に沈む。

 フェイブラーが背を低め、キキッと小動物さながらの鳴き声を上げる。その戦いの火蓋は、クラグノスの地面を駆ける音によって切って落とされた。


 何もない場所からどんどんと生れ出る石人形。クラグノスの拳が石人形を貫いた。砕けた欠片が連鎖的に石人形を襲い、目にもとまらぬスピードで粉々に砕けていく。

 破壊神の拳と石の欠片が創造神を目掛けて降りそそぐ。


 バリンッ、耳をつんざく音。フェイブラーは風に舞うように華麗なステップで避けていた。ガラスの床は拳で爆ぜて、辺りに散らばる。

 間髪入れずにクラグノスが再び拳を突き出した。

 ――瞬間、背後から再び現れた龍城の偽物。


 しかし、それをも見越してか咄嗟に背を反らせて打ちつけた。人形が風船のようにパチンっと消える。

 一瞬をついて、地面に散らばったガラス片を拾い上げてフェイブラーに投擲を試みた。怒涛の攻撃に、フェイブラーは回避に専念しているよう。

 焦るように鳴き声を上げると、女神像と玉座の間にもぐりこんだ。


 投げられたガラス片は女神像の左目に突き刺さり、そこだけメキリと砕け散った。破壊された瞳から、涙のように緑色の宝石が転がり落ちて、静かに床を転がった。


「チッ……」


 三谷を盾に取られ、ガラス片を手にしたままクラグノスが躊躇する。


「随分とほだされたみたいだね」


 陰に潜むフェイブラーが言った。クラグノスの両脇から再び石人形が囲うように湧き出る。

 完全に、動きが止まる破壊神。創造神が勝利を確信して、姿を現しさらに石人形を呼び出した――その時。


 ぴくり、と三谷の指先が動いた気がした。僕は目をこすった。


「……薄――?」

「え……?」


 弱々しいけれど、だけど……確かに、三谷が口を開いた。


 一瞬だけ時間が止まったように思えた。


 それはフェイブラーも同じで、ぴくりと耳を動かして動きが鈍る。


 ドガァンッ‼ 石人形が瞬く間に、拳で破壊されていく。それとほぼ同時に、フェイブラーの小さな体躯がクラグノスによって押さえつけられた。

 しばらく、抵抗するように奇妙な叫び声をあげて尻尾を床にこすっていたが、動けないことを悟ると、全てを諦めたようにへなりとうなだれた。


 ――三谷の目が、だんだんとハッキリ開いていく。

 僕はまともに動かない足に力を振り絞って、三谷の元へと駆けた。


 

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神能人離エール れあ @reachi_moti

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