第5話「前世で落とした頭のネジ」
白服の駒と名乗る男を逃してしまった後、俺達はジャックを含む三人分の遺体を騎士団本部へ運び込んだ。
死体袋の中身を確認した騎士達は「協力感謝する」とギルドへの完了報告書を作成してくれた。後はその完了報告書をギルドに提出すれば報酬を受け取ることができる。やっと仕事が終わる。しばらくは、まともな飯が食えるだろう。
今日は疲れた。さっさとギルドに報告して、帰って寝てしまおう。
早々に立ち去ろうとする俺達を一人の女騎士が呼び止めた。
「待ってください!」
知っている人物だ。
「レイナさん?」
レイナ・アビー。彼女は、この国に来た時に世話になった女騎士だ。この国の人々が黄色人種への風当たりが強い事をいち早く教えてくれた恩人でもある。
相当な激務が続いているのか、レイナの目元にはクマができていて、全体的にやつれて見えた。
レイナは、申し訳なさそうに頭を下げて、頼み込んで来る。
「この後、お時間ありますか?こちらでお話しを聞かせていただ来たいのですが…」
「…いいですよ」
どうやらまだ家には帰れそうにない。
*
半年ぶりに聴取室に入る。
聴取室は、当然ながら、相変わらず殺風景で机とと椅子以外何も置かれていない。
前と同じくレイナと向かい合って座り、しばらくの間、質疑応答が続いた。
レイン・ジャック発見から、白服の駒と名乗る謎の男との接触、逃げられるまでの状況を包み隠さず素直に話す。
レイナはうなずきながら、ノートにメモを取っている。
「なるほど…黒装束の男ですか…」
黒装束の男と聞いたあたりから、レイナはペンを顎に当てていた。顎を触る動作には、様々な心理的意味あり、その中には敵対心の表れがある。
もしかしたら騎士団は、黒装束の男を追っているのだろうか?
だとしたら俺達よりも『白服の駒』についての情報を持っているかもしれない。
「黒装束の男を知っているんですか?」
「…詳しくは話せません。我々騎士には情報保全の義務があるので…」
「そうですよね」
事情聴取を担当しているだけあって、レイナの口は硬い。心理戦で情報を聞き出すのは難しそうだ。どうにか聞き出せないものかと考えているとそれを察したのか、レイナはため息つき話してくれた。
「これは注意喚起として聞いてくださいね。最近この国では『犯罪者狩り』が暴れ回っているんですよ」
「犯罪者狩り?」
「はい。ただ犯罪者を見つけ出して、殺すと言う事件が多発しているんです。犠牲者の中には、有名な懸賞首も居たので、金銭が目当てではないようなんですが、一体誰が何のために行なっているのか我々騎士団もわかってないんです。」
レイナは疑うような目線をこちらに向けながら、「気をつけてくださいね」と付け足した。首を突っ込もうとしているのが、バレてしまっているらしい。
「ありがとうございます!気をつけますね!」
レイナのおかげで有益な情報を得る事ができた。黒装束の男がレイン・ジャックを殺したのはその「犯罪者狩り」だからだ。
犯罪者を狩る理由はわからないが、犯罪者を追っているのならば、またどこかで出会えるはずだ。
「島田さん?顔、怖い事になってますよ?」
「え?」
レイナがこちら向けた手鏡には、俺の笑顔が映っていた。それはまるで獣の笑みを絵に描いたような不気味な表情だった。
自分でもこんな顔できたんだなと驚く。
「失礼しました」
「いえ…」
こちらを見据えるレイナの目付きが変わった気がした。
「ご協力ありがとうございました。質問は以上です。お気をつけてお帰りください」
*
同じく事情聴取を終えた夢華と騎士団本部の入り口で合流した。
「あーなんか変に疲れたな!」
腰に手を当てて体をくの字に曲げると骨がゴキゴキ鳴った。長時間座っていたせいで凝りが溜まってしまったようだ。
夢華も同じく体が凝ったらしく、肩を回してポキポキ言わせている。
ひとしきり身体中をほぐしたところで夢華から提案を持ちかけられる。
「島田!私良い事思いついたんだ!」
ニヤリと笑う夢華を見て、何となく考えてることを察した。俺と夢華は、生まれた国は違えど思考回路は似通っているようだ。
「奇遇だな!俺もだよ!」
◻︎
騎士と言う職業の特性上、多くの転移者と関わってきた。
転移者は、業種、年齢、人種はバラバラだったが、それぞれの知識技能を活かし、冒険者や商人として巨額の富を築き上げ、そして破滅した。
ある者は承認欲求。ある者は金。ある者は愛によって身を滅ぼし死んでいった。
今回も同じように、調子に乗って自滅するだろうと思って居たが、しかし今回の二人は違った。
静に淡々と仕事をこなしては、目立つことなく暮らしている。最初は元軍人と言う異色の経歴だからだと思って居た。
しかし、二度目の事情聴取で確信する。
彼らはそもそも、人として異質なのだ。
承認欲求はなく、金は最低限あればいい。その代わりに欲するのは、より殺しがいのある強敵と死場所である。
あの歪な笑みがそれを物語って居た。
近いうちに彼らは、その本性を表にするだろう。
その時、鬼が出るか蛇が出るかはわからない。
ただ言えるのは、目の前に半殺し状態の犯罪者で山を築き上げている彼らは、私が思っている以上に変人だと言うことだ。
「嘘でしょ?」
「これ全部賞金首なんで確認お願いします」
「うわぁ…やっと寝れると思ったのに…」
毎日だ。事情聴取をしたあの日から毎日、島田と夢華が賞金首を連れて来るようになった。それも日に日に増えている。
「一体どうやってこんな数、仕留めてるんですか?」
島田と夢華は確かに優秀な冒険者だ。特に対人戦に長けている。でも、ここまで飛び抜けて結果を出しては居なかった。
月に一人捕まえられれば良い方だった。それほどまでに犯罪者を見つけ出すのは、難しいのだ。どんなに戦闘能力が高くても接敵しなければその能力を活かせない。ゴリ押しでは説明がつかないのだ。
一体どんなカラクリがあるのだろう?
疑問の答えは単純なものだった。
「受け取った報酬で探偵や情報屋を雇ったんです。」
「なるほど。納得です」
プロを雇い、居場所を探させる。そうすれば、自分達は戦うだけでいい。かなりの手間と時間を短縮できるのだ。
だが、それだとほとんど利益が出ないのではないか?確かに国からすれば、犯罪者が減り、治安が良くなることは望ましいことだ。
でも、乾パンをそのまま齧る二人を見ていると彼らを犠牲にしているようで、罪悪感を感じた。
「お金はあるんですか?」
「ないです。でも治安が良くなるなら貧乏生活も悪くないですよ」
「えぇ…」
完了報告書を受け取り、すぐに行ってしまおうとする二人を私は思わず呼び止めてしまった。
「この後!お食事どうですか?奢りますよ!」
*
レイナの行きつけの飯屋は、平日の昼間なのもあり、他の客は居なかった。店長には悪いが少しホッとした。人がいないおかげで、黄色人種の二人は安心して肌を晒せる。
注文して届いた料理を二人は黙々と口へ運び、酒で蛾が仕込んでいった。豪快で見応えがある食べっぷりだ。財布の中身は寂しくなるが、奢り甲斐があるなと思う。
「お二人は元々どういったご関係だったんですか?」
前々から気になって居た疑問だ。異世界に来てから知り合ったとは思えないほど二人は仲が良く、戦闘時に関しては、阿吽の呼吸で動いているそうだ。昔から関係があったとしか思えない。
「敵国同士ですね」
「殺し合ってた」
「え?」
想定の真逆の答えが返って来た。
「銃口を向けあってた相手に背中を任せてるんですか!?」
「そうだけど?」
「そうですね」
二人は当然のように答えた。
普通は、敵国の軍人に背中を向けるなんて考えもしないものだ。彼らはそれを気にもして居ない。
失礼を承知で尋ねる。
「怖くないんですか?」
「別に。殺し合う必要がないから」
「戦術も近いから連携しやすいですしね」
そんなあっさり割り切れるものなのだろうか?この世界に来る前から殺し合いを続けて来た彼らが、平和ボケしているとは考えられない。
だとしたら、彼らはやはり____
「「それに、いつでも殺せるから、警戒する必要がない」」
____頭のネジが引っこ抜けている。
次の更新予定
2025年12月13日 10:00 毎週 土曜日 10:00
かつて敵対していた軍人達は異世界で共闘し無双する 社不 @SCP105
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