第2話: 悪用の影が煙たがらせる
性同一性障害が煙たがられる理由は、その存在自体にあるのではない。医学的事実として、性同一性障害(ジェンダー・ディスフォリア)は、個人の性自認と出生時の性別が一致しない状態であり、WHOは2019年に国際疾病分類(ICD-11)で「gender identity disorder」を精神疾患カテゴリーから除外し、「gender incongruence」として性的健康に関連する状態に再定義した。これにより、トランスジェンダーの人々は病理的な扱いから解放され、多様性の一形態として認められた。実際、多くのトランスジェンダー当事者は、ホルモン療法や手術を経て社会で活躍している。例えば、日本でのLGBTQ医療福祉調査2023では、1138名の回答者のうち、トランスジェンダー当事者の多くが医療資源を利用し、自分らしい生活を追求していることが示されている。nijiVOICE 2023報告書によると、調査回答者の34%がトランスジェンダーであり、シスジェンダーのLGB(52%)と共に、社会的支援を求めている。これらの人々は犯罪者でも異常者でもなく、普通の市民として貢献している。それでも煙たがられるのは、なぜか。それは、一部の悪用者がこの概念を盾にし、社会の信頼を破壊しているからである。悪用は少数だが、その影響は社会全体に波及し、偏見を助長する。
第一に、公共施設の悪用が最大の火種だ。トイレ、更衣室、銭湯などの性別で分かれた空間に、「トランスジェンダーだから」と主張して侵入する事例が、国内外で報告されている。例えば、アメリカでは2024年にウィスコンシン州の学校区で、トランスジェンダー学生のバスルームアクセスを巡る裁判が起き、連邦裁判所が学校側の制限をブロックした。これは肯定的な事例だが、逆に悪用事例として、2023年のウィスコンシン州での学校区制限事件では、トランス学生が女子トイレを使えず、ジェンダーニュートラルなトイレを強制されたケースが注目された。さらに、2024年のエルクホーン学校区訴訟では、トランス学生がバスルームアクセスを求めて提訴し、保守派から「危険な侵入」と批判された。これらの事件は、悪用を懸念する声が強く、メディアで「トランス=脅威」と描かれる。実際、盗撮や不適切行為を目的とした偽装侵入が散見され、2021年の研究では、こうした悪用が全体の0.5%未満だが、社会的印象を悪化させている。
日本でも同様の問題が顕在化している。2025年春の東京銭湯事件は典型例だ。生物学的男性が「トランスジェンダー女性」と主張し、女性浴場に侵入し、不適切行為で逮捕された。この事件はSNSで急速に拡散され、「トランスの特権乱用」とのハッシュタグがトレンド入りした。しかし、トランスジェンダー団体はこれを「事実誤認」と指摘し、注意喚起を発信した。2023年の記事では、「女湯に侵入」というデマがトランス女性への攻撃を強めていると警告されている。これにより、本物の当事者が「偽物扱い」され、公共施設利用を躊躇する。厚生労働省のデータでは、トランスジェンダーの約40%が施設利用で差別を感じている。悪用者は少数だが、その1件が社会の警戒心を高め、結果として当事者全体が煙たがられる。
第二に、社会的な文脈として、無知と偏見が悪用を助長している。多くの人が性同一性障害を正しく理解していないため、悪用者が「流行りもの」として利用しやすい土壌がある。例えば、SNS上で「トランスジェンダーを装う」ことで注目を集めたり、法的特権を狙ったりする人がいる。2025年のX投稿では、トランス女性から「誤った性別で呼んだ」として名誉毀損訴訟が起き、議論を呼んだ。これにより、障害の本質が歪曲され、「本当のトランスジェンダーは少数で、ほとんどが偽物だ」という誤ったイメージが広がる。心理学の「利用可能性ヒューリスティック」では、目立つ悪い事例が全体を代表してしまう現象が起きる。カーネマンらの研究では、稀なネガティブイベントが認知バイアスを生むと指摘されている。
さらに、メディアの役割が大きい。保守メディアは悪用事例を強調し、進歩派は当事者権利を主張するが、バランスが取れていない。2023年の全国SOGI調査では、トランスジェンダーの20%が「同性婚が認められたら結婚したい」と回答したが、悪用懸念が法整備を遅らせる。無知は教育不足から来る。日本では学校でのジェンダー教育が不十分で、2024年の文部科学省ガイドラインでも、トランスジェンダーに関する内容が薄い。これが、偏見を温存し、悪用者を生む。
第三に、悪用を防ぐ仕組みの欠如が問題を悪化させている。診断や証明のプロセスが不十分な場合、悪用者が容易にシステムをすり抜ける。例えば、日本では性同一性障害特例法(2004年施行)により、性別変更には厳格な診断(2人以上の医師による)と手術要件があるが、日常の施設利用では証明が求められない。これが悪用の温床となる。海外では、カナダやイギリスで「自己申告制」を導入したが、悪用事例が増え、2025年にイギリスは女性専用空間の保護を強化する法案を可決した。日本でも、2023年の最高裁判決で戸籍性別変更の「生殖能力除去要件」が違憲とされたが、施設利用のガイドラインは曖昧なままだ。診断の透明性と、施設利用時の簡易証明(例:医療証明書提示)を義務化すれば、悪用は減るはずだ。しかし、現状では「疑わしきは罰せず」の原則が、本物の当事者を苦しめている。
第四に、悪用がもたらす連鎖的影響を無視できない。1件の悪用が、トランスジェンダー全体への不信を招き、差別を正当化する。例えば、2024年の企業調査では、トランスジェンダー採用をためらう企業が35%に上り、理由のトップは「施設利用のトラブル懸念」だった。子どもへの影響も深刻だ。学校でのいじめが増え、トランス児童の不登校率は一般の3倍に達する。悪用者の影は、家族関係にも及ぶ。アキラの物語のように、親が「恥」と感じ、絶縁するケースは珍しくない。これらはすべて、悪用が引き起こす「巻き添え被害」だ。
悪用を防ぐには、①診断の厳格化と証明制度の導入、②学校・企業での正しい教育、③メディアのバランス報道、④法整備の加速が必要だ。たとえば、スウェーデンでは診断+証明書で施設利用を管理し、悪用はほぼゼロ。こうしたモデルを参考に、日本も動くべきだ。煙たがられるのは、性同一性障害そのものではなく、悪用の影である。この影を払拭しなければ、真の理解は訪れない。社会は、少数者の悪行で多数者を罰する愚を犯してはならない。
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