VS.ゴブリン①
ミノタウロスから剥ぎ取った大量の素材を背負い、リィカ・スターライトは泥道を軽快に歩いていた。その隣で霧谷隼人は、申し訳なさそうに声をかける。
「なあ、本当に持たなくていいのか? それ。……足もケガしてるようだし」
「へーきですよ、へーき! ハヤトさんには、いざって時に戦ってもらわなきゃ困りますし!」
「しかしなぁ。女の子に荷物を持たせるってのも気が引けるというか……」
「大丈夫ですって! 私、こう見えて“えげつない健脚”なんで!」
「えげつない……」
リィカはケラケラと笑い、ぴょんぴょんと飛び跳ねながら隼人を見上げた。そして少し感慨深そうに呟く。
「でも、文化の違いですかね? 初めて言われましたよ。『女の子に荷物は持たせられない』って。ふふっ、ちょっと嬉しいです」
「まあ、そう言われて育ったからな。普通の感覚だと思ってたが……文化の違い、か。確かに服装ひとつ取っても、俺の世界とは全然違うな」
隼人の言葉に、リィカは自分の服を摘まみ上げて、楽しそうにくるりと回った。
厚手の生地で作られたゆったりした服には、曲線を描く奇妙な紋様が走っている。民族衣装のようで、どこか幻想的だ。少なくとも、隼人の知る世界には存在しないデザインだった。
「そうですよねぇ。ハヤトさんなんて、パンツ一丁ですもんね」
「だからパンツじゃねえ!試合用の衣装だって言ってんだろ!」
「あ、そうでしたね。でも流石にその格好じゃ目立ちますし、宿に戻ったら着替えを用意してもらいましょう。きっと似合いますよ、ふふっ」
「いい。すぐ帰るつもりだ」
「そうですか? 残念ですねぇ。ところでハヤトさんの世界の服って――」
その瞬間、木陰から何かが飛び出した。
子供ほどの背丈に、不釣り合いなほど大きな頭。緑色の皮膚に痩せた手足、膨らんだ腹。――それは、この世界で“ゴブリン”と呼ばれるモンスターだった。
「キャッ!」
ゴブリンは棍棒を振り上げ、驚くべき跳躍力で襲いかかってくる。だがその跳び方は――歴戦の格闘家にとって、あまりにも隙だらけだった。
「オラァ!」
隼人のハイキック一閃。
ちょうど重量級の対戦相手の頭部と同じ高さまで跳んでいたゴブリンの顎を、完璧な角度で捉える。
「プギィィーーッ!!」
乾いた音を立てて吹き飛んだゴブリンは、まるでゴムボールのように吹き飛ぶ。そして近くの木に叩きつけられると、そのままピクリとも動かなくなった。
隼人は軽く息を吐き、眉をひそめながらリィカに尋ねる。
「反射的にやっちまったが……何なんだ、コイツ?」
「ゴブリンです。集団で行動するタイプのモンスターで、行商人や家畜を襲う迷惑なやつですよ」
そう説明しながら、リィカは表情を引き締めた。
(……待って。ゴブリンって基本的に群れるモンスター――ってことは!)
彼女は素早く周囲を見渡す。
森の奥、木々の間からこちらを窺う複数の影。すべて、同じ緑色の肌と黄色い眼を持つ――。
(数が多い……!どうする?逃げる?いや、囲まれるかも……!でも仲間を呼ばれたら……いや、まずはハヤトさんの判断を……)
リィカの中で思考が渦を巻き、様々な選択肢が浮かんでは消えていく。だが、その時すでに、隼人は動き出していた。
「――迅ッ!」
地を蹴る音が森に響く。
彼は、放たれた矢のようにゴブリンの群れへと向かっていった。
助走を十二分に取った膝蹴り――
格闘家・霧谷隼人の反撃は、その一撃から始まった。
モンスターと呼ばれた男 矢魂 @YAKON
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