第8話 全学科合同授業 その②
今日は二回目の合同授業、中央の棟へ向かう道中。
俺とカノン、ヒョウガとフレンの四人で並び、いつも通り雑談をしながら歩いていた。
「ヒョウガ、前言っていた課題の調査。どうだった?」
「んー、全然だな。一応まだ続けてはいるんだが、なかなかヒントも無い。エイドたちが言ってたハサノフの件も、なんか別の意味がありそうでさ」
「ふーん……あと2週間ないのか。やばいな」
「やばいねぇ」
「わたくしもいくつか候補こそ上がってはいますが……まだ予想の域を出ませんので」
四人で唸りながら、石で舗装された道を歩く。特殊科の敷地から出て、中央の噴水広場までたどり着いた。
そこで、嫌なものを見つけてしまう。
「げっ……」
「……」
件の、ハサノフだった。
向こうはこの前見た従者と思われる二人、その周りにクラスメイトらしき人物と一緒ににこやかに話しながら歩いていた。
その笑顔が、俺を見て一瞬歪む。
流石主席というか、一瞬だけ凄まじい表情を作った後にすぐに笑顔に戻る。
その切り替えの早さが、嫌に気持ちが悪い。
「リーフさん、どうかされました?」
「どうした。何かあったか?」
「んー、まぁね。早く行こう」
心配そうに見るアンジュさんとヒョウガを誤魔化しながら、早足で校舎へ進む。
ここに、エイドがいなくてよかった。
心の中でそう思いながら、こっそりとため息を吐く。
「今日の授業では、変なことにならないといいけれど……」
嫌な予感を感じながらも、ささやかな願いだけを口にする。
もう、面倒ごとは簡便だ。
そう、願ったはずなのに。
「あれは……?!」
先週も授業を行った大きな教室の一角、特殊科のみんなで談笑しながら授業を待っていた時。
そんな時、教壇に見知った男が現れる。
俺と似た長い黒髪を、後ろで縛っている。
顔は、糸目とニコニコした表情が合わさって逆に胡散臭い。
普段から羽織っているローブは、古い魔法使いの物でボロボロになっている。
この男を俺は……俺とカノンは、昔からよく知っている。
というより、良く知りすぎている。
「はーいおはようみんな!初めまして、僕の名は九蘭!きん……危な。特殊科の主任をやってる27歳の若ーい先生だよ~」
「九蘭兄さん?!」
「九蘭先生?!」
「あぁ!そこにいるのは、僕の大事な家族のリーフとカノン!あと大事な一番弟子のヒョウガ君じゃないか!久しぶりー、元気してた~?」
「な……」
教壇の兄さんに叫ぶと、あり得ない言葉に思わず絶句してしまう。
ばっと隣を見ると、そこには同じように口をあんぐりと開けて驚愕の表情を作ったヒョウガの顔があった。
俺たちのことなど気にせず話を始める兄さんの邪魔をしないように、小声でヒョウガとお互いの疑問をぶつけ合う。
「ちょ、待て、先生が後見人になった親戚の二人ってお前らか?!」
「いや待って、俺はそもそも弟子をとったなんて聞いてない!」
「九蘭先生が2年前に、オレをあの村から拾ってくれたんだよ。そのあと、弟子にしてもらったんだ」
「2年前って、夏の休暇にいきなり行った極東旅行かよ?あの、放任主義のクソ兄が……!」
ヒョウガの言葉に思わず頭を抱える。
俺とカノンは両親が死んでから、父の遠い親戚の九蘭兄さんが俺たちの後見人となったが……育ててもらってことは一切ない。
家事は殆ど俺とカノンがやって、本人は部屋で研究か家にいないか。
3年前にこの学園島の教師になってからは休暇以外は家に一切帰らず、魔法の指導もほぼなし。
俺たちの推薦をしてくれた以外、何をしているかすらさっぱりだった。
この学園島にいるとは聞いていたけれど、もっと早く自分から会いに来いよ……!
「まさか話に聞いていた放任主義のお兄様が、わたくしたちの学科の主任とは思いませんでしたね」
「あたしもびっくり。兄さん、自分の事全然話さないから……」
「こんなところで、接点があるとは」
まさか、こんなところで会えるとは思ってもいなかった。
会いたくもなかったが。
「あはは。嬉しい再会もあったことだけれど、さっそく授業を始めようか。まず初めに、僕が主に研究しているものについて。知らない人も多いから、軽く説明をしておこうか」
家族ながら相変わらず胡散臭い笑みを俺たちに向けながら、いつもの大仰な身振りで話を始める。
「僕が主に研究を行っているのは、『禁呪』。禁じられた呪い、「はじまりの魔女」との契約、愚かな取引。そんな禁呪とは何か、ご存じの生徒~」
そう言って、俺たちに発言を促す。
一応兄さんの研究については多少は知っていたから、禁呪のことも知っている。
けれど、それより早くほかの生徒が手を挙げていた。
「はい、そこの金髪の君。答えは?」
兄さんに指名された先生が、すっと立ち上がる。
金髪と聞いて一瞬浮かんでしまったが、予想が的中した。
立ち上がって発言を始めたのは、あの嫌な主席だった。
「禁呪とは、魔法使いにとって最も愚かな契約。何かしら身体的、魔法的代償を払い、特殊な才能を得るものです」
どこか冷めた表情で……あの時の、エイドを睨んでいたような表情でそう回答したのは、ハサノフだった。
禁呪研究をしている兄さんのことも一切気にせず、禁呪に関する極端な偏見と嫌味ともとれる意見をぶつける。
それを聞いた兄さんはむっとした表情を作って、ハサノフと話し始める。
「一応正解。けどなかなか言うねぇ。そういう考え方ってことはそれなりに古い家のはずだけど、どこの家の出身だい?」
「ハサノフ家ですが、何か?」
「うわぁ、あそこかぁ」
二人の掛け合いを聞いて、周囲がざわざわし始める。
聞こえる限りは、殆どすべてが「あのハサノフのことを知らないのか」というものだった。
厳密には知らないというより、知っていたとしても気にしないだけだ。
俺の予想通りに、兄さんは冷めた表情を作って話を続ける。
「なら、キミがあの石頭の息子か。まったく。相変わらず反りが合わないなぁ、あの家とは」
「何だと?」
「ハサノフの長男くん。言っとくけど僕のことを父親に言っても無駄だからね~」
「父を愚弄するというのか?!」
「違う違う。僕にとって、同僚の息子とかどうでもいいから。ただの生徒の一人として接するから、安心してね~」
だめだ、兄さんの悪いところが出てしまった。
あの胡散くさい話し方な上殆どの人間に興味がないから、無意識に人の怒りを煽る。
少し離れたところからでもハサノフの額に青筋が走ったと分かるくらいに、大きな教室全体がざわめき始める。
そしてその注目は、そんな教師と深いかかわりのある俺たちにも向けられる。
教室全体から注がれる冷たい目線を感じながら、思わず頭を抱えてしまう。
「兄さん、本当に黙ってくれ……」
「その……お兄様は良くも悪くも、忖度をなさらない方なのですね」
「そ、それに、27歳で主任をされているんですよね?ものすごく、優秀な方だと思いますよ」
「違うんだアンジュさん。あれは優秀とかの領域じゃない……」
フレンの気遣いもアンジュさんの純粋な賞賛も、今は苦しく感じる。
カノンも苦笑いしているし、ヒョウガに至っては俺と同じように顔を覆っている。
最悪だ、こんなのが俺たちの学科の主任だなんて。
そんな冷たい目線もざわつく教室も気にすることなく、兄さんは授業を続ける。
「ま、合っているところについて話そうかな。言ってしまえば禁呪とは、『才能の後付け』だ」
ざわついていた教室も、兄さんの授業が始まったとわかるとペンを走らせる音が目立っていく。
「彼も言っていたように、禁呪とは何かの代償を払い魔法の才能を得る。例えば……炎の魔法が上級生ぐらい強くなる代わりに、それ以外の魔法が使えない。とかね」
その説明を聞いた瞬間、俺たちの中の空気が変わる。
より正確に言えば、俺たち特殊科の中の空気が。
今の兄さんの説明は、近い物を聞いたことがある。
島に来たあの日、
ヒョウガが的を吹き飛ばした後……
『こいつの特殊性は、氷魔法の極端な特化。氷系の魔法の威力だけなら5、6年の生徒に匹敵するレベルだな』
これが、偶然でなければ。
俺たちは……
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