第21話 覚悟

「誰、だ……」


 明瞭さを失った意識を何とか保ち、禿頭の男に問う。


「通りすがりの探索者だ!全く、この数の魔物を相手に正面から戦うとは、無茶をするな!」


 喋りながら、禿頭の男は魔物を魔物を蹴散らしていく。


「どうして、ここに……」


 どうしてこの男が助けに来れたのか、不思議でたまらない。


 いつものダンジョンならまだしも、今は魔物が異常に集まってきているのだ。迷い無く撤退していなければおかしい。


 気づいていなかったのか?


 それに周囲を魔物に囲まれ、俺の姿など見えなかったはずだ。どうしてここに助けに来ることができたんだ?


「なに、負傷者を背負った君の仲間を名乗る少女に頼まれただけの事だ。彼女たちは俺の仲間が付いている。あとは君が無事に帰還するだけだ」


「祈凛、か……。すまん、助かった」


 どうやら彼女たちは無事に逃げられたようだ。


 傷ついた体に鞭を打ち、立ち上がりながら『多衝棍』を拾う。


「気にするな。それに感謝するのは少し早いぞ、帰還するまでが探索だ」


「はっ、そうだな」


 未だ魔物の群れの中、決して安全に帰れると決まったわけでは無い。


 魔物を吹き飛ばして撤退しようと構えると、またもや魔物の群れが目の前で吹き飛ぶ。


 だが禿頭の男のように武器で吹き飛ばしたのではない。地面がせり上がり、崖のように尖った先端で穿ったのだ。


「先輩、一人で突っ走りすぎっすよ!」


「お前らが遅いからだ!もっと日頃から基礎体力を付けろ取っているだろ!」


 声をした方を見ると、包囲の外側に逆立った金色の髪をした若い男が居た。


 禿頭の男を先輩と呼んで親しそうに話している様子から、恐らくパーティーメンバーなのだろう。


 せり上がった大地は、この男の恩寵ギフトか。


「よし、突破するぞ!」


「あ、ああ!」


 驚きつつも、恩寵ギフトによって出来た包囲の穴に向かって走る。


 魔物達も逃がすまいと左右から襲い掛かってくるが、俺と禿頭の男で打ち払う。


 そのまま包囲を抜け、金髪の男と合流する。


宇久井うぐい!」


「うす!」


 禿頭の男が金髪の名前、宇久井と叫び、それに合わせて宇久井は大地に両手を付ける。


 すると、大地がせり上がり、巨大な壁となって魔物と俺達の間を切り離す。


「今の内だ!」


 出来上がった壁に背を向けて走り出す。


 魔物達の怒りの声と共に壁を叩く音が聞こえるが、かなり頑丈らしく逃げる時間は稼げそうだ。


 そうして走り続け、完全に魔物達を振り切った。




 あれから散発的に魔物の襲撃はある物の、禿頭の男と宇久井と呼ばれていた男達は強く、難なく撃退していた。


 走りながらも、改めて禿頭の男に感謝を告げる。


「本当に助かった、ありがとう。ええと……」


林部はやしべと言う。礼は仲間の少女にすると良い。彼女の言葉が無ければ俺も助けに行こうとは思わなんだ」


 禿頭の男改め林部は、大したことはしていないとでも言うように謙虚に言葉を吐く。


「勿論祈凛にも感謝してる。だが、林部さんに助けられてのは事実なんだ。素直に礼を言わせてくれ」


「そうっすよ先輩。俺ら命の恩人なんすからもっと威張っていこうっす」


「宇久井、貴様と言う奴は……」


「い、良いじゃないっすか事実なんすから!」


 ダンジョンの中でも男達は気の抜けるような会話を交わす。いや、ダンジョンの中だからこそか?


「とにかく、お互いにツイてなかったな。まさかこんな事態に巻き込まれるとは」


「何が起こっているのか分かるのか?」


「いや、見当もつかん。『大氾濫スタンピード』ではないようだが」


大氾濫スタンピード』。ダンジョンの魔物が一定期間倒されないと本来の生態を無視して魔物達が外に進行してくる現象のことだ。


 今起きている事と非常に似通っている現象でもある。


「『大氾濫スタンピード』じゃないのか?」


 俺はてっきりそうだと思っていた。でなければ、この現象を説明できないとも。


「いや違う」


 それは確信を持った、力強い否定だった。


「何故断言できる?」


「俺は一度『大氾濫スタンピード』に遭ったことがある。その時の経験から言わせてもらうと、


「……嘘だろ、この数だぞ」


 視界を覆いつくす程の魔物が少ない?一体何の冗談だ。これ以上など、想像するのも恐ろしい。


「事実だ。それに、『大氾濫スタンピード』中の魔物は外を目指すついでに人間を轢き殺す事はあっても、囲んで嬲るような事はしない」


「そうなのか?」


 林部は考えながら頷く。


「今俺達に分かる事は何もない。何が起きているかは、全て終わった後に学者にでも投げるべき質問だな。結局、今俺達がやるべきことはダンジョンから脱出する事だけだ」


「ああ、そうだな。そうに違いない」


 答えの出ない疑問を断ち切り、迷宮を駆け抜けていく。




 階層を上がるごとに魔物の能力が低くなり、数も減ったことで移動の速度も上がった。


 おかげでそう時間もかける事無く、一階層まで移動することが出来た。


 そのまま勢いで駆け抜け、ダンジョンの玄関でもある黒い球体のある場所までたどり着く。


「龍之介さん!」


 そこには、見慣れた淡い桃色の髪の、大きな瞳を不安で揺らす祈凛の姿があった。


 多少防具に傷はついているが、俺と違い大きな怪我は無いようだ。


「祈凛、どうしてまだダンジョンの中に!?」


「りゅ、龍之介さんを置いて自分だけ逃げれる訳ないじゃないですか!心配だったんですよ!?」


 祈凛が俺の元まで走って近づき、抱き着いてくる。


「おうおう色男、女の子を不安にさせるのはあんま褒められた事じゃネーゼ?」


 抱き着いてきた祈凛に動揺していると、語尾に癖のある声が掛かる。


 声を掛けてきたのは小柄な吊り目の女だった。


「アンタは……」


入曽いりそって言うもんダゼ。横に居るハゲ男の仲間って言えば分かり易いカ?あ、ちなみに他の仲間は怪我が酷かったんで先に地上に帰還して貰ってるゼ」


 横に居る林部を見ると頷きが返ってきた。


「入曽、何故帰還していない?何かあったのか?」


 林部が怪訝そうに問う。


「嬢ちゃんの熱意に負けてそこの色男を健気に待ってた……って言いたかったんだが、実は探索者協会から周辺の探索者全てに向けて依頼があったんダヨ」


「依頼?」


「地上に出ようとする魔物を食い止めろって言う依頼サ。断れば降級する可能性もあるってんで、実質強制依頼ダナ。何でも、予知系の恩寵保持者ギフトホルダーが良くないもんを見ちまったみたイダ」


 そう言って、入曽は周囲を見る。


 祈凛に気を取られ、周囲をあまり見ていなかったが、いつの間にか大勢の探索者が武器を構えて待機している。


「チッ、最悪だな、魔物相手に防衛戦か。こちら側の戦力は?」


「こういっちゃアレだが、有象無象の寄せ集めダナ。元々このダンジョンに高位の探索者はコネーからしょうがねぇけドナ」


「やはりそうなるか」


 そう言いながら、林部は俺の方を見る。


「いけるか?」


 その言葉の意味を、聞き返すまでも無かった。


「当然だ。林部さんには借りがある。ある程度の傷は『恩寵ギフト』で塞がったから問題ない」


 実際には体中が痛む上、正体不明の頭痛が酷くなってきているが、万が一魔物がダンジョンを抜けて地上に出る事を考えれば、引く気にはなれなかった。


「すまんな、本来なら地上で治療を受けるべきだろうが、実力者は一人でも欲しい状況だ」


 その言葉に、胸元で祈凛が声を上げる


「っ!?りゅ、龍之介さん!?」


「祈凛、悪いが先に戻っていてくれ、魔物どもにちょっくら復讐してくる」


 祈凛は顔を伏し、さらに強く俺に抱き着く。


「い、祈凛……?」


 少し、いやかなり照れ臭いんだが。なんだか視線も集まってきてるし。


「……私も、ここに残ります」


「っ!?なんで!?」


「私も、入曽さん達には助けてもらいました。それに、少しでも戦力が必要なんですよね?それだったら、私も居ていいはずです」


「そう、だけど……」


 一度魔物の群れに囲まれて死にかけた人間として、祈凛にあんな目に遭って欲しくはない。


 しかし、祈凛もかなり意固地になっている様子だ。どうやって穏便に伝えようかと頭を悩ます。


「なハハ!良いじゃんカヨ!そんなに心配だったらアンタが守ってやればいいってだけダロ?」


 こ、コイツ、他人事だと思いやがって。


 反論しようとすると、祈凛が俺の胸元に頭を飼い犬のように擦りつける。


 うわ、いい匂いがする。


「お願いします。もう、心配させないでください……!」


 泣き出しそうなその声に、俺の中にあった反論の言葉が溶けていく。


「…………分かった。けど、無茶だけはしないでくれよ」


「はい……!」

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