第25話 英雄の真似事
護衛しながら七階層でヌベラの採集。かなり危険な依頼だと認識していた。
七階層に下りることと護衛をすること、両方とも初めての事だった。しかも護衛対象はフィネさんだ。いつも以上の緊張感を持ってダンジョンに挑んだ。
しかし、だ。
「全然いませんね」
ノイズの挑発を受けたのは、六階層でもモンスターの数が少なかったことから、七階層も少ないだろうと予想していたからだ。それでも何体かのモンスターとの遭遇はもちろん、戦闘せざるを得ない状況になることも考慮していた。しかし、全く遭わないのは予想外だった。思わず拍子抜けしてしまうほどである。
最初こそ緊張してお互いに口数が少なかったが、今ではその緊張もほぐれてしまい、会話する余裕が出来ていた。
「そうだね。まぁ、無事で済むならいない方が良いんだけどね」
「けどこれだと、あの人達が言っていたことを実践できないですね」
「そんなの、適当に言ったら良いだけだ。前に七階層のモンスターと戦ったことがあるから、そのときの事を脚色すれば大丈夫だよ」
「いいんですか?」
「そもそも、ああいった連中を相手に真面目に付き合ってたらきりがないから」
「けど依頼を受けちゃったんですね」
「今回は、仕方ない」
話していると、目の前に岩を見つけた。下の方を見てみると、ヌベラらしき草が生えている。抜き取ってフィネさんに見せると首を横に振る。どうやら違うものらしい。
ヌベラとドクバの判別方法を教えてもらい実物も見たのだが、いざやってみると間違えることが多い。僕一人で来ていたら今日中には終わらなかっただろう。フィネさんを連れてきて正解だったと言わざるを得ない。
「親しい人が侮辱されたら怒るのは当然でしょ? フィネさんもそうだったから、あの騒ぎになったんだし」
「知ってたんですね」
「うん。親切な人が教えてくれた」
「そうですか……じゃあ仕方ないですね」
「そうそう、避けられないことだったんだよ。けど、後悔はしてない」
「私もです」
ダンジョンの中だというのに、不安は感じなかった。モンスターと遭遇しないということもあったが、フィネさんといると不思議と落ち着いたからだ。
職員として蓄えた知識と、本人が持つ人を元気にさせる力が僕を心に平穏を与えてくれている。モンスターと戦う術は持っていないが、それは僕が補えばいいだけの話だ。
不安を感じずにダンジョンを進み、ヌベラを探し続ける。七階層にきて一時間、現在までで八束集まっている。あと少しで依頼達成だった。
だが、そのあと少しがなかなか終わらなかった。
最後にヌベラを見つけてから30分以上は探し続けている。気にしない様に別の話題を話しながら探していたが、これ以上気を紛らわすのも厳しかった。
「なかなか見つかりませんね」
「そうだね」
次第に焦りが募り、額に汗が伝った。まだ七階層を全部回り切ってはいないが、これ以上時間を掛けるのは危うい。フィネさんは今日、初めてダンジョンに入った。表情には出さないが、ここまで来るのに体力を消費しているはずだ。
一方の僕も、一日に二度もダンジョンに入り、何体ものモンスターを相手にしている。長引けば体力が尽き、集中力も落ちて危険度が増す。依頼の達成期限は明日だ。これ以上ダンジョンに篭って探し続けるのは得策ではない。
一旦仕切り直して、明日に再度挑戦しようと考え始めたときだった。
狭い道から広い道に出ると、左手方向に、下に空いた大きな穴があった。しかも下に続く梯子が設置されている。八階層に続く穴だと一目で分かった。
八階層にもヌベラはある。探し続けるのなら八階層に下りる選択肢もあるが、今回は選ぶ気は無い。
噂に聞くと、八階層以下は七階層までのモンスターがかわいく見えるほどの凶悪なモンスターが多いという話だ。いずれは挑戦するかもしれないが、今はする気は全くない。一秒もかけずにその判断をした。
諦めて六階層に戻ることを考えていると、穴の近くに目的のものが見えた。
ヌベラが梯子の横に生えている。しかも七階層側の方にだ。
思わぬ幸運に頬が緩んだ。
「ありましたか?」
フィネさんも気づいたようだった。僕が頷いてその場所を指すと、フィネさんの表情に笑みが戻った。
穴はかなり大きく、壁のぎりぎりまで広がっているが、人が一人通れるほどの幅はある。少し危ないが、あれを取れば残り一束だ。もしかしたら帰り道で見つかるかもしれない。
「ちょっと取ってくるから待っててね」
フィネさんを残してヌベラを取りに行った。穴に落ちないように壁際を慎重に歩く。足元を見ながらゆっくりと進み、何事も無く梯子に到着してヌベラを引き抜いた。
鑑定してもらうまでは断言はできないが、何故かこれがヌベラだという確信があった。しかも梯子の下を見ると、暗くて見にくいがヌベラらしき草がある。八階層でも入り口付近なら、すぐに戻れば安全だ。
「フィネさん。下にもヌベラが――」
報告しようと、フィネさんに声を掛けたときだった。
僕の様子を窺う彼女の後ろに、ワーラットがいた。
「フィネさん! 後ろ!」
即座に叫んで伝える。フィネさんはキョトンとした顔を見せてから後ろを向く。だがワーラットと対面すると驚いたのか、固まって動けなくなっていた。
好機と見たのか、ワーラットは右手に持つ棍棒で殴りかかろうとしている。僕は駆けながら地面に転がっている石を拾い、ワーラットの顔に目掛けて投げつける。気づいたワーラットは石を避ける。その隙に、僕はフィネさんの元に辿り着いた。
ワーラットは僕に気づき、棍棒を振り下ろす。僕はフィネさんとワーラットの間に立ち、盾で棍棒を受けた。衝撃が身体中に響く。以前相手したワーラットよりも強い攻撃だ。だがそれも当然である。目の前のワーラットは、前の個体よりも体格が大きい。2メートル近い身長で僕の倍以上の横幅がある胴体だ。身体が大きいほど力が強いのは子供でも分かること。そのうえ、手にしている棍棒は僕の体の横幅ほどの太さがあった。
強い膂力と強力な武器。2つが合わされば脅威は増す。同程度の体格の個体にも勝てるかどうか分からないのに、これほどの力量差のあるワーラットを倒せる訳が無い。逃げを選ぶのに時間はかからなかった。
幸いにも逃げ道はある。八階層に続く穴の手前に、別方向に続く道があった。通ったことのないルートだが、この場に居続けるよりかはマシだ。
「後ろの道から逃げて! すぐに追いかけるから!」
「は、はい!」
上ずった声でフィネさんが答える。彼女が走り出すと、同時にワーラットが攻撃を仕掛けてくる。僕はそれを盾で受けずに避ける。逃げることが目的なので、無茶なことをするつもりは無い。避け切ったところで僕も逃げ出した。
フィネさんがランプで照らしながら先を進み、僕はそれに続く。知らない道をフィネさんを前にして進ませるのは心苦しいが、四の五の言っている余裕は無かった。
突然、前を進んでいたフィネさんが足を止めた。ワーラットが追っかけてきているのに、なんで止まったんだ? 何事かと思って駆け付けると、その原因がすぐに分かった。
道の先に、行き止まりを示す壁があった。
「そんな……」
絶望の声が漏れていた。眼前には壁が、後ろからはワーラットが来ている。絶体絶命の状況だった。
背後から恐怖の音が聞こえてくる。前には進めない。ならば残るのは後ろの道を戻るだけだ。そのためにはワーラットをやり過ごして逃げるしかないが、必死に脳を働かせても僕達二人が助かる起死回生の案が思い浮かばない。
「ヴィックさん」
フィネさんが僕の名前を呼ぶ。
「なに?」
「その……」
身体を震わせながら、
「こうなったのは私のせいです。だから――」
ぎこちない笑顔を作っていた。
「逃げちゃってください。ヴィックさん一人なら逃げられるはずです」
一瞬だけ、思考が止まった。だけどフィネさんの表情を見て、彼女の真意を察した。
そして、怒りが湧いた。
「なに言ってるんですか」
その矛先はフィネさんにではなく、ましてやワーラットでもない。
僕自身に対してだ。
守るべき相手に心配されて、しかも自分が犠牲になろうとしている。彼女にそんなことを言わせる自分が、とても情けなかった。
彼女を守れなければ、冒険者どころか、男を名乗る資格は無い。
「フィネさんを置いて逃げるつもりはありません」
「けど――」
「大丈夫」
僕は盾と剣を構えて、ワーラットがいる方に向き直る。
英雄の言葉が思い浮かんだ。
「君の命は僕が守る」
己を奮い立たせ、ワーラットに立ち向かった。
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