第24話 負債


 何事も無くダンジョンから出ると、僕達は依頼の達成報告とモンスターの素材の買い取りのためにギルドに向かった。

 盾の受け流しの練習を手伝って貰ったものの、上手くはいかなかった。以前よりは感覚を掴めてきたが、未だに失敗が多い。教えて貰って一週間でできたら誰も苦労はしないので、当然と言えば当然なのだが……。

 

「腕、大丈夫? 何回も失敗してたけど」

「なんとかね。それに痛くても練習しなきゃできないんだから、これくらいどうってことないよ」

「けど荷物持ちくらいは私に任せても良いんじゃない?」

 

 モンスターの死骸と依頼品は、両方とも僕が持っていた。ミストは今は自分の荷物しか持っていない。彼女に押し付けられたわけではなく、僕から買った役割だ。今日の依頼と狩猟は、ミストがいたから得られたものだ。だから役に立たなかった分、少しでもいいから別の事で挽回したかった。

 

 それにフィネさんに心配されるという状況を、何とかして変えたかったというのもある。

 今回の依頼や前回の食事だけの話ではない。ミストに暴言を吐いてから二ヶ月余り、フィネさんにはかなり気にかけられた。

 文字を読めない僕が依頼書を見ていると真っ先に説明に来てくれたり、素材の買取査定で待っている間にも話しかけられた。僕がハイエナと呼ばれ始めたときも、最初に言った「元気に挨拶をし続ける」という言葉を今も実行している。

 

 些細な行為かもしれないが、それがどんだけ僕の心を癒してくれただろう。彼女のお蔭で、僕は腐らずに冒険者を続けられたと言っても過言ではない。

 だから僕は、大丈夫だということをアピールするために、荷物持ちを引き受けていた。余裕があるということを見せれば、心配されることが少なくなるかもしれない。

 

 近いうちに目的を達成して、少しでも早くフィネさんに恩返しをして喜ばせたかった。

 

「フィネさんには心配かけてばかりだから、大丈夫だってことを少しは見せないとね」

「……あぁ、なるほどねー」

 

 僕の意図を察したのか、ミストはニヤニヤと笑っている。

 

「好きな子に心配されるっていうのは、男の子のプライドを考えたら問題だよねー」

「うん……うん?」

 

 予想してない言葉が聞こえたが気のせいだろうか。言い間違いかと思ってミストが訂正する言葉を待ったが、一向にその言葉は出ず、相変わらずニヤついている。

 

「……違うからね。確かに良い子で明るくて可愛いけど、恋愛対象として見たことは――」

「え? じゃあ嫌いなの?」

「いや、好きだけど……人としてだよ?!」

 

 危うく「異性として好き」という言質を与えそうになった。ミストは「ふーん」と言って残念そうな表情をする。

 

「そっかー、それは惜しいねー。フィネはヴィックの事を気になる人って言ってたんだけどなー」

「ほんとに?」

 

 考えるよりも先に聞き返してしまう。直後に迂闊な発言をしたと気づいた。

 途端に、ミストはしたり顔をして詰め寄ってくる。

 

「あれれー? 恋愛相手としては見てないんだよねー。なのにこういう話は気になっちゃうんだー? へぇー……」

 

 水を得た魚の様な調子で、ぐいぐいと問い詰められる。面倒な事態になった。

 

 フィネさんの事は好きだ。だが恋愛対象としてではなく、一人の人間に対する好意だ。今まで散々な扱いを受けてきた僕にとって、彼女とのコミュニケーションは新鮮で、そして嬉しかった。

 ただ、彼女の振る舞いは、僕がフィネさんの妹と似ているから応援しているという善意で行っていることだ。僕の目的が達成したらそれが続くかどうか分からないし、もしかしたら他の人の応援に力を入れるかもしれない。だが、その程度の関係が丁度良いのだ。

 

 半人前の冒険者である僕が、これ以上の関係を望むのはおこがましいことだ。望むとしても友達程度の関係だが、それもまだ先の話だ。せめて一人前の冒険者と名乗れるくらいになってからだ。

 それまでは、恋愛感情を抱かないように意識はしていた。フィネさんの恋愛事情には興味はあるが、ちょっとした野次馬的な好奇心だ。

 「気になる人」という言葉は気になるが、おそらく勘違いだろう。過度な期待は持たないことにする。別に気落ちはしないが……。

 

「知り合いのことだから気になるのは可笑しくないでしょ」

 

 なるべく当たり障りのない言い訳を言うが、ミストの顔は納得しているようには見えなかった。追及してくるかと思って身構えたが、その前にギルドに到着した。

 「話は後でね」と言いながらミストは中に入る。買い取り中にそれらしい言い訳を考えることにしよう。

 

 僕は受付に向かおうとしたが、その前に別の方に視線が向かった。視線の先には、大勢の冒険者が集まっている。輪の中心には、黒髪で背の高いノッポの青年がいるのが見えた。マイルスダンジョンや冒険者ギルドでよく見かける冒険者だ。

 

「なぁ、この状況をどう説明してくれるんだぁ!?」

 

 円の中から恫喝の言葉が耳に入る。ノッポが言った様には見えない。人混みで背の高い方しか見えなかったが傍にもう一人男がいて、声の主はそいつのようだ。


 何の騒ぎか分からなかったが、わざわざ見に行くつもりは無い。買い取りと依頼達成の報告を優先しようと思った。

 しかし受付には職員がいない。周りを見ると、遠巻きに騒ぎを見ている姿があった。

 声を掛けようとしたが、職員達の様子が変なことに気づいた。なにやら落ち着きが無さそうに見える。

 

 今回に限らず、ギルド内ではたまにいざこざが起こる。冒険者ギルドへの苦情やら冒険者同士の喧嘩等、大事から小事まで。だが職員はそういった厄介事には慣れており、対処する術も学んでいると聞いた。何度か厄介事の現場に居合わせたときも、職員は落ち着いた様子で対応をしている姿を目撃している。だから今の職員の様子に違和感があった。

 

 事情ぐらい聞こうと思い、顔見知りのフィネさんを探す。しかし何処にもいない。フィネさんは今日は仕事で、ギルド内に居るはずだった。

 

「まさか、ね……」

 

 冷や汗が背中を伝う。懸念を拭うために、輪の中心にいる人物を見に行った。

 人混みを掻き分けて、円の中が見える所まで進む。まず目に入ったのが、ノッポとその隣にいる金髪の青年。次に金髪の視線の先にいる人物を見る。

 

 そこには、今にも泣きそうな顔をしているフィネさんがいた。

 

 意味が分からない状況だった。輪の中では、金髪の青年とノッポで黒髪の青年が並び立ち、向かい側にフィネさんが突っ立っている。

 フィネさんは人から恨みを買うような人間ではない。しかし僕の目には、そんな彼女が二人の青年に責められている状況が映っている。いったい何が起きているんだ?

 

 ただ、フィネさんが泣かされるような事態は無視できない。輪の中に入ろうと前に出ようとしたところで、何者かに肩を掴まれて止められる。振り向くとチナトさんがいて、傍にはエイトさんもいた。


「口を挟まずここにいるんだ」

 

 命令するように、チナトさんが言った。

 

「止めないでください。フィネさんがあんな目に遭ってて放っておけません」

「君が出て行ったら面倒になるからダメだ」

「……どういうことですか?」

「お前が切っ掛けで起きた騒ぎだからだよ」

 

 エイトさんが言葉を繋ぐ。気まずそうな顔をしていて、嘘を言っているように見えなかった。

 

 僕が原因? なんでだ? 心当たりは……。

 

 少し考えて思い至る。心当たりはある。それは僕が危惧していた問題だ。

 

「あの二人がハイエナ……つまり君のことを話題にして食事をしていたんだ。陰口にしては大きな声でね。ああいうのは無視するのが一番なんだけど、フィネちゃんはわざわざそれを否定しに行っちゃったんだ。彼らはそれにむかついたのかね、今度はフィネちゃんの批判を始めたんだ。『ハイエナを放置するなんて、何考えてんだ』、『特定の冒険者を依怙贔屓してんじゃないのか』、『冒険者を差別すんのか』とかね」

「フィネさんはそんなことを……」

 

 言いかけた言葉を止める。先日、ご馳走されたことを思い出した。

 あれはどう考えても贔屓だ。傍から見ればそう思える。もしや見られていたのか?

 

「彼女に限らず、そういう事は今までもあった。有力な冒険者は貴重だ。彼らを手放さまいと、ギルドは彼らを手厚くサポートする。彼らが活躍すればするほどギルドも潤う。経営が上手くいけば、他の冒険者への支援も充実する。だから上層部が彼らを優遇するのは理解できるし、露骨な対応をされなければ、他の冒険者も文句は出さない。今まではそのバランスが良かったけど……」

「僕は有力な冒険者でないうえに、利益を与える人間でもない……ですよね?」

 

 チナトさんが無言で返す。その眼が答えを物語っていた。

 

 冒険者に利をもたらすどころか、迷惑をかけるハイエナ冒険者。それが世間の僕への評価だ。

 五階層に挑戦するようになってから、ハイエナ行為とは無縁の生活をしていた。普通の冒険者として活動をしているつもりだった。だから終わったことだと思って、自分がした行いを顧みずに放置していた。

 

 冒険者ギルドがハイエナ冒険者と呼ばれる僕に対して、なぜ何もしないのかは分からない。おそらくフィネさんが庇っているのだと思って、それに甘えていた。陰口を言われたり、襲われたことはあったが、それ以外では何事も無く活動できていたので深く考えなかった。

 

 けど、そんな簡単な事じゃ無かったんだ。

 

 底辺の冒険者を優遇するなんて、他の冒険者からすれば面白いことではない。その筆頭であるフィネさんが槍玉にあげられることは、考えれば分かることじゃないか。

 

「庇いに行かない方がいい。こんなのは喧嘩みたいにどこにでも起きることだ。こういうのは一方が形だけの謝罪でもすれば場が収まって、しばらくすれば誰の記憶にも残らない些細な騒動の1つとして終わるのが相場だ。だから何もするな」

 

 チナトさんが努めて冷静な口調で僕に言い聞かせる。その顔はとても真剣で、心配していることが感じ取れた。

 

「……たしかにそうかもしれません」

 

 チナトさんの言うことは間違ってはいない。この程度の騒ぎは至る所で起きていて、いずれ忘れられるようなことだろう。けどそれは、当事者でなければの話だ。

 

 僕は今の待遇には慣れている。しかしフィネさんはどうだ? こんな目に遭って、フィネさんが明日以降も平常に仕事が出来る姿を想像できなかった。

 

 そしてなにより、

 

「けど僕は、フィネさんのあんな顔を見たくないんです」

 

 フィネさんには笑顔でいて欲しい。

 彼女の笑顔を曇らせることは、許せなかった。

 

 僕はチナトさんの手を振り払って、人だかりを掻き分けながら進む。輪の中に入って、足を止めずにフィネさんの傍に寄っていく。

 フィネさんの前に着くと、彼女は僕に気付いて顔を上げた。

 

「ヴィックさん……?」

「今まで庇ってくれてありがとう。けど、もう大丈夫だから」

 

 僕は涙目のフィネさんに声をかけてから、二人の青年に向き直った。

 

「あれあれ? どこかで見た顔かと思ったらハイエナ君じゃないか。いったい何の用かな?」

 

 金髪の青年はニヤつきながらわざとらしい態度を見せる。冒険者ギルドではあまり見ない相手だ。

 

「これ以上、彼女を責めるのはやめてください」

「責めるだって? 何を言ってるんだハイエナ君」

 

 陰口でハイエナと呼ばれるのは慣れているが、面と向かって言われことは無かった。

 

「これは責めているんじゃない。当たり前の事を要求しているだけだ。お前も腐っても冒険者だろ? 冒険者の世界では、男も女も年上も年下も関係無い。生きるか死ぬかの世界だ。そのために不公平の無いように支援をしてくれって思うのは当然だろ?」

「死ぬのが怖いのなら、冒険者を辞めればいいでしょ」

「そういう考えだと寿命を縮めるぜ」

 

 金髪の男は見下すような目で否定する。

 

「命を賭けてまで冒険する奴なんていない。下級・中級・上級、どの冒険者も安全を確保しながら冒険している。縄張り内で狩りをするモンスターと同じようにな。それに下級ダンジョンには命を賭けるほどのお宝がないにもかかわらず、命を脅かすモンスターがいる。そんなの割に合わないだろ? だからせめて、安心して冒険が出来ることを求めているんだが、それの何が悪いんだ?」

「だったら強くなればいい。強かったらちょっとやそっとのピンチは乗り越えられる」

「単純な頭だなぁ。そう簡単に強くなれると思ってるのか。ならねぇよ。お前だってそうだろ? 未だに貧乏装備から抜けられないハイエナ君。そんなに頑張って強くなれない今の気持ちを教えてくれませんかー?」

「そんなことを言わないでください!」

 

 フィネさんが身体を震わせながら僕を庇う。だが金髪の男は容赦なく続ける。

 

「羨ましいねぇハイエナ君。ハイエナ行為に加えてここでも守って貰えるなんて。よっぽど優遇されてるんだねぇ」

「だからそれは――」

「間違ってないだろ? ハイエナのそいつを庇っていたことは皆が知ってる。お前らの振る舞いは冒険者を敵に回す行為だって認識してるか?」

「そんなつもりありません! 私は……」

「じゃあ何で庇ってんだ? ハイエナをよぉ。何らかの処分をすべきなのに、むしろ優遇してやがる。お前のその態度が俺達を貶めてるって分からないのか?」

「私は……」

 

 フィネさんは反論が出来ずに黙ってしまう。その顔には怒りよりも悲しさが滲み出ている。

 

 彼女は冒険者達を支えるためにこの仕事をしている。だというのに、その冒険者から糾弾されてしまった。頑張る人を支えるために職員になった彼女が落ち込むのも無理はない。

 

 結局のところ、僕のハイエナ行為が問題なのだ。この問題を何とかしない限り、ハイエナ冒険者を贔屓しているという悪評が、フィネさんに付いて回り続ける。

 僕はどうなっても良いが、フィネさんは何としても守りたい。

 

 じゃあどうすれば良いか。どうすればフィネさんを守れるのか。

 1つの案を考えつくと、僕は静かに息を吸って、二人に言い放った。

 

「人の事をハイエナハイエナって言ってますけど、どこにそんな証拠があるんですか?」

 

 心臓の鼓動が大きくなる。それに反して、辺りは一瞬の間静まり返った。

 聞こえなかったのかと不安になった直後、ノッポの男が口を開いた。

 

「……おい。本気で言ってるのか?」

 

 初めて聞いた声には怒りが込められていて、表情も険しかった。さらには目先を尖らせながら僕を見ている。

 少しして周囲の冒険者もざわつき始めた。なかにはノッポと同様に鋭い視線で見てくる人もいる。

 だがこれでいい。矛先をフィネさんにではなく、僕に向けてれば良いんだ。

 

「もちろん本気です。僕はハイエナをした覚えなんてありません。だというのにハイエナ呼ばわりして……証拠も無しに疑うとか、卑怯じゃないですか?」

「ふざけんな!」

 

 ノッポが怒声を上げる。突然の大声に後退りしそうになる。だが同時に、思惑通りに進んでいることに愉悦を得た。

 

 島に居たときに、今と似た光景を見たことがある。悪事をした者が開き直ったときのことだ。

 最初は彼に対して同情的な者がいて、許そうとする者がいた。しかしそいつは余程悪事を認めたくないのか、開き直って不満を散らし始めた。その後、周囲の者の目が変わった。一人の人間を見る目から、汚物を見るような目に。

 

 今の僕の状況とは若干違うが、周囲の反応が変わったことはたしかだ。僕の発言を、開き直った言葉と思って軽蔑した視線を送る者や、ハイエナ行為を否定したと見て二人に疑念の目を向ける者、別の意図があっての発言なのかと推理し始める者など、色んな視点から捉えようとしている。

 そして彼らの目線は、次の展開を待ちわびている野次馬の様に、僕と二人の青年に向けられる。

 

 さっきまでは青年二人がフィネさんを責めるような格好だったが、今は僕のハイエナ疑惑を二人が証明しようとする展開になった。これでフィネさんに向けられた好奇の目を逸らすことができる。騒動が終わった後には、フィネさんが責められたということではなく、青年達が僕のハイエナ行為を糾弾していたという印象が残る。

 こうなればあとは簡単だ。あの様子だと、僕がハイエナをしたという証拠は持ってなさそうだ。問い詰めてくるだろうが、適当に躱して頃合いを見てこの場から去ればいい。それでこの騒ぎは終わりだ。

 

 僕は二人の様子を窺う。ノッポは憎悪を込めた眼で僕を見ているが、一方の金髪は冷めた視線を向けている。彼らの反応がちぐはぐで、違和感があった。

 

「じゃあお前は、他の冒険者の報告が間違っている、嘘をついていると言いたいんだな?」

「そうです」

「さて、変な話になったなぁ。じゃあ誰が一体何故、底辺冒険者のお前をハイエナに仕立て上げたんだろうねぇ?」

 

 思わず口を閉ざしてしまった。

 僕がハイエナだという証拠が無い一方で、逆にハイエナじゃないと言える証拠も無い。このままだと現状は何も変わらない。

 僕としてはこの騒ぎが収まれば一番良いのだが、相手は簡単に終わらせてくれなさそうだ。

 

「さぁ、何ででしょう? そんなことを知りたがる余裕が無いほど、僕は毎日生きるのに必死なんで」

「本当にそれで良いのかな?」

「……どういうことです?」

 

 金髪の発言に首を傾げた。僕の身を案じる言葉に、違和感を覚える。

 

「俺達以外にもお前がハイエナだと思っている冒険者は大勢いる。今回で終わらず、また俺達みたいに不満を爆発させる奴が出てくるかもしれないぜ。またそんな事態になっても良いのかな?」

「そりゃ、嫌ですけど」

 

 金髪がにやりと笑う。

 嫌な予感がした。何か失言をしてしまったか?

 

「じゃあお前がハイエナじゃないと証明できれば良い。それが出来ればお前をハイエナとは呼ぶ者はいなくなるだろう」

「そんなことどうやって――」

「簡単だ。お前が一人前の冒険者だと認めさせれば良いだけだ。例えば、この依頼を達成するとかな」

 

 金髪の手には一枚の依頼書が握られている。依頼書に書かれた文字と赤色の印字には見覚えがある。ララックさんが出した依頼だ。


「ヌベラという薬草を十束採取する依頼だ。ヌベラはこの辺じゃあマイルスダンジョンの七階層以下にしか生えていない。これが出来たら一人前の冒険者だと認めてやるよ」

 

 依頼の難易度は、すでにララックさんから教授されている。僕の実力では難しい依頼だ。

 

「この依頼が出来たら達成って、単純すぎでしょ」

「シンプルな方が分かりやすいだろ? 実力のある者がハイエナなんてするわけないからな。それにこの依頼は実力者だと証明するのにぴったしな依頼だ。マイルスダンジョンの七階層の依頼を達成することは、下級冒険者としては十分な実力を持っているって証明にもなる。この街の冒険者の間では当たり前の常識だ」

 

 周囲の冒険者の中に頷いている者の姿がちらほらと見えた。他の冒険者も納得しているようだ。

 だが、僕が依頼を達成できる可能性は低い。まだ六階層のモンスターを一人では碌に倒せないというのに、七階層に挑戦するのは無謀である。

 

 ……降りよう。

 挑発に乗るべきでは無い。これでまた、僕はハイエナ冒険者と言われ続けるだろう。

 だが、命があるだけましだ。それに本来の目的は達した。ここでさっさと終わらせよう。

 

 金髪の案を辞退する。それを伝えようと僕が口を開く。その直前だった。

 

「ま、別に降りても構わないけどね。その代わり、俺らはしつこく言い続けるだけだ。ハイエナを贔屓して庇い続ける職員がいることをな」

 

 金髪はフィネさんの方を見る。

 

「今はこの程度で済ましてやるが、不満を持つ奴は俺ら以外にもいるぜ。ハイエナに対して何もしないっていうのなら、そいつら集めて抗議してやる。例えば……特定の冒険者を贔屓する、職員として未熟な女を辞めさせるようにな」

「やるよ」

 

 反射的に言葉が出た。さっき口にしようとしていた言葉の、真逆の意味を持つ言葉だった。

 

「ん? 何て言った?」

「やるって言ってるんだよ。このゲス野郎」

 

 口調を気にする余裕は無かった。金髪の眉がピクリと動いたが、そんなものは無視だ。

 

「おい。年上には敬意を払えよ、ハイエナ」

「あんたみたいなゲス野郎に敬意を払えるほど、僕は大人じゃない。それに僕がやるって言ったんだ。それさえ分かれば十分だろ?」

 

 金髪は怒りで顔を赤くしているものの、表情を崩さない様に取り繕っている。

 

「……二言は無いな?」

「無いよ」 

「ダメです! 断ってください!」

 

 フィネさんが僕を止めようとする。だがこれは、フィネさんの頼みでも断れないことだ。

 

「嫌です。僕だけならともかく、あいつはフィネさんを虚仮にした。それだけは許せない」

「あ、あんなのはただの挑発です! 私は気にしませんから、依頼を受けないでください!」

 

 僕に危険な依頼を受けさせるために、金髪はあの発言をした可能性はあるだろう。しかしもし本気で言っていたら、フィネさんが槍玉に上げられる日が続くことになる。その可能性を無視して、のうのうと冒険を出来る訳が無い。

 それに、僅かだが勝算はある。

 

「大丈夫です。今から行けば無事に終わる可能性もあります」

 

 さっきまで僕は、マイルスダンジョンの六階層にいた。あのとき、モンスターの数はかなり少なかった。あの様子なら七階層も、普段よりモンスターが少ない可能性がある。上手くいけば、モンスターと遭遇せずに依頼を達成できるかもしれない。

 そのことをフィネさんに小声で話したが、彼女の表情は未だに晴れない。

 

「大丈夫。私もついて行くから」

 

 すると、ミストが近寄って来てそう言った。

 

「私が行けばモンスターの相手もできるし、他の薬草と見分けることができるから安心して」

 

 フィネさんがほっとするなか、僕も密かに安堵の息を吐いた。

 今回の依頼の難しい所は、採集の際、他の薬草と間違えないかということだ。

 マイルスダンジョンには様々な種類の薬草が生えている。そのなかには見た目が酷似している別種の薬草があり、事前に調べていないと見分けられない程だ。

 

 ヌベラはそれに該当していて、見た目が似た【ドクバ】という別の薬草が同階層に植生されている。そのため、間違えて採集する人が多いという話だ。ミストがついて来てくれるならその心配はない。心置きなく採集できる。

 

 だが金髪は「ダメだ」とその援護を邪魔した。

 

「お前がついて行ったら認めない」

「いいじゃない別に。たかが一人くらい」

「一緒に行ったらモンスターの相手はお前がするだろ? 七階層のモンスター相手に一人で立ち回れて、初めて一人前って言えるんだ。邪魔するな」

 

 ミストが「ぐぬぬ」と悔しそうな顔をする。

 ミストが付いて来てくれないとなると、ヌベラを探すのは難しくなる。見分け方だけでも聞いて一人で行くのが賢明か。

 

「冒険者以外でも、ダメですか?」

 

 そこに、フィネさんが割って入った。

 

「……冒険者以外なら護衛しなきゃいけねぇし、モンスターを相手にするときは足手纏いになるからな。護衛付きでこの依頼を達成出来たら、文句どころか頭を下げて謝ってやるよ」

「そうですか」

 

 フィネさんは僕を見て微笑んだ。

 

「じゃあ、私が付いて行きます!」

 

 驚きの余り言葉が出なかった。彼女の発言で、周囲の騒めきも大きくなる。

 

「正気で言ってんのか? お前」

 

 口を閉じていたノッポがフィネさんに問い質す。そう言いたくなるのも無理はない。

 モンスターが少ないことを見込んでいるはいえ、七階層を踏破したことが無い冒険者を護衛にするのは、自殺行為にも近い判断だ。

 

 しかしフィネさんは「もちろんです!」と平然と答える。

 

「私は薬草の区別ができます。それに私が蒔いた種をヴィックさんだけに対処させるなんて、私にはできません。だからついて行きます」

 

 フィネさんの意志は固そうだった。しかし僕の方は自信が無い。

 

「けど僕は、護衛なんてしたことが無いよ。フィネさんを守り抜けるか分かんないし、万が一のことがあったら――」

「じゃあ、依頼を受けるのを辞めてくれますか?」

「それは……」

「あと置いて行こうとしたら、一人でダンジョンに入って追いかけますので」

 

 自分が強情であることは自覚していたが、フィネさんも同じように強情であった。

 僕はフィネさんが悪く言われたことを許せないから依頼を降りるつもりは無い。だがフィネさんも、僕を手伝いたいという思いがあるから引き下がるつもりは無さそうである。

 大人しく、一緒にダンジョンに行くしかなかった。

 

「じゃあ二人で行くってことに決まりだな」

 

 金髪がそう言って区切りをつける。

 

「ノイズ。職員も巻き込むなんて聞いてないぞ」

 

 ノッポが抗議の言葉をノイズと呼ばれる金髪に向け、「いいじゃねぇか」と返されている会話が聞こえた。なにやら揉めているようだったが聞けるような余裕は無い。

 僕等はすぐにダンジョンに向かう用意を始めた。

 

「じゃあフィネさんは準備を始めて。ミスト、買い取りの方は任せたから」

「分かりました! ちょっと待っててくださいね!」

「了解。あと……」

 

 ミストが心配そうな顔をしていた。

 

「気を付けてね。ヤバそうになったら辞めてもいいんだから。あいつらは色々と言ってたけど、フィネやヴィックにも味方がいるってことを忘れないでね」

「うん。分かってる」

 

 今まで僕を助けてくれたフィネさんのためにも、依頼を達成する。僕の頭にはそれしかなかった。

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