第22話 使い方


「あー、ヴィッキーじゃん。おひさー」


 翌日、受付で買い取りをして貰っているときに声を掛けられた。声は入口の方から聞こえる。ベルクの仲間のラトナさんだ。

 彼女には以前ダンジョンで会ってから、あだ名で呼ばれるようになっている。あだ名で呼ばれるのは少し照れ臭かったが、嬉しさもあった。


「一ヶ月、いや一年ぶりかな?」

「一年前は会ってすらいませんよ。三週間ぶりです」

「うん、知ってるー。ごぶさたごぶさた」


 相変わらずの軽い調子だった。仲間といるときも同じように振る舞っている。彼女がチームのムードメーカーであることは、傍目から見ても感じ取っていた。


「今日は一人なんですね」

「忘れ物を取りに来ただけだからねー。取ったらすぐに帰るから、デートに誘うなら今のうちだよ?」

「あー、ごめんなさい。今はそんな余裕が無くて……」

「あはは、冗談だよー。ヴィッキー、頑張ってるもんねー。その後で良いよ」


 今の僕が何て呼ばれているのか、どんな扱いを受けているのかを知っているはずなのに、ラトナさんはいつもと同じ態度で話してくれる。

 彼女にとっては当たり前のような振る舞いなのだろうが、その当たり前が嬉しい。他愛のない会話でも、心が安らんだ。


「あれ? 盾使うんだ? カっちゃんと一緒だね」

「はい。そう言えば、カイトさんも盾持ちでしたっけ?」

「カイトさんとか違和感あるわー。ま、うちらの自慢の守護神だね」


 ラトナさんはじろじろと盾を見ていたが、「むむっ」と言って眉を顰める。


「ヴィッキーって、盾の使い方知らない?」

「……分かるんですか?」


 盾を買ったのは良い物の、ちゃんとした使い方は知らない。盾を使う冒険者の使い方を見よう見まねで扱っていた。


 ラトナさんはドヤ顔で胸を張り、その拍子に大きな胸が揺れる。僕は一瞬だけ視線を向けてしまった。


「ま、普段から盾使いと一緒にいるからねー。だから見る目はあるよ」


 「素人よりは、だけどねー」とラトナさんは謙遜する。しかし、下級冒険者で同じような観察眼を持っている人が何人もいるのだろうか。


「いや凄いですよ。けど、なんで分かったんです?」

「盾の状態を見たらわかるよー」


 そう言って、僕の盾を持ち上げる。


「盾のへこみが真ん中に集中し過ぎてるから、多分まともに攻撃を受けてるんじゃないかなーって思ったんだー。弱いモンスターならいいんだけど、強いモンスターの攻撃は正面から受けるんじゃなくて、受け流すように使わないとすぐに盾がダメになっちゃうよ。身体にも負担が大きいからね」

「受け流す……」

「けっこう難しいらしいけどねー。カっちゃんもまだ失敗することが多いみたいだし」

「いえ、助かります。盾の使い方に悩んでいたんです」

「これくらい気にしなくていいよ。数少ない同期なんだし、助け合わないとね」


 ラトナさんの言葉を聞いて、同時にララックさんの言葉も思い出した。「自分の力で進みなさい」という言葉を。

 今、ラトナさんからのアドバイスを聞くということは、これに反するのではないか。ララックさんの言葉に全部従う道理はないが、こうも簡単に教えに背くのはどうなんだろうか。


「どしたの? 変な顔をして」


 悩んでいるのが顔に出ていたらしい。ラトナさんが心配そうに見つめている。


「あ、いや、ちょっと聞きたいことがあって……」

「ん、なにー? スリーサイズは八十・百・八十だよ」

「樽じゃないですか」


 どうせなら僕一人ではなく、ラトナさんの意見も聞いて考えようと思った。


「信頼できる人物が二人います。両方ともあなたより人生経験が豊富な人です。その二人から別々にアドバイスを貰いました。一人は『何事も自力で頑張るように』と。もう一人は『仲間の力を借りて頑張りなさい』と。あなたはどっちのアドバイスを実践しますか?」

「何それ? 占い?」

「そんな感じです。で、どっちにします?」

「仲間を頼る、かなー」


 ラトナさんは一秒も考えずに、迷い無く答えた。その決断力が羨ましいと思うと同時に、不思議に思った。


「何でそっちを選んだんですか?」

「だって人は一人で生きられないじゃん。そんなの当たり前でしょ」


 さも当然の様に語る姿に感心した。だけどその通りかもしれない。

 村に居たときでさえ、酷い待遇とはいえ叔父夫婦に生かされていた。冒険者になったときも、職員や他の冒険者と協力することもあった。だからラトナさんの言葉は正論だ。

 一方で、何故ララックさんがあの言葉を言ったのかが疑問だった。


「けど、もう一人の言葉を全部否定するつもりは無いよ」


 悩んでいたところで、ラトナさんが言った。


「もしかしたらその人は、その人にしか見えない何かがあったから、自力で頑張れって言ったのかもしれないしねー」


 その人にしか見えない何か。その言葉が妙に胸に響いた。

 もしかしたらララックさんは、僕に何かを伝えたかったのだろうか。今までの様に直接的ではなく、考えさせられるような言葉を使って……。


「とりま、いろいろと考えてみたらいいじゃん。それより、明日だったよね?」


 突然話題を変えられたが、前に話したときも脈絡も無く話題か二転三転した事を思い出した。おそらく、そういう話し方が好みなのだろう。


「明日って、何がありましたっけ?」

「あ、敬語はいらないよ。なんか嫌だしぃ」

「分かりまし……分かった」

「うん、それで良し。……何の話だっけ?」

「明日、何かあるんですかって話です」

「そうそう、明日でしょ? ミーちゃんが退院する日って」

「ミーちゃん?」

「ミストのことだよん」


 そういうことか、と納得した。それはラトナさんに言われるまでも無く、覚えていることだった。


「明日からまた頑張りなよー」


 手を振って、ラトナさんはギルドの奥に進んで行った。

 彼女が去り際に残した言葉は、愚問だと答えたくなるような言葉だった。


「当然、だよ」


 自分に言い聞かせるつもりで、言葉を口にした。

 まだ僕には力が足りない。それを痛いほど実感していたから。




 ラトナさんにアドバイスをもらってから一週間が経った。

 朝、ギルドに行くと、受付台の前にララックさんがいた。ララックさんの店で会うことが多いため、ここで会うのは初めてだった。しかも受付台にいるということは、何か依頼を出すのだろうか。

 少し興味があった。近寄ると気付いたのか、ララックさんが振り返って「あら、久しぶりね」と挨拶をしてきた。


「お久しぶりです。依頼なんですか?」

「えぇ、そうよ。ちょっと必要なものがあるのよ」

「お待たせしました」


 喋っていると、依頼受付を担当していた職員が割って入る。手には掲示板に貼られる依頼書を持っていた。


「依頼の受付が完了しました。こちらの依頼でよろしいですか?」

「……えぇ、大丈夫よ。これでお願いするわ」


 ララックさんが依頼書を確認した後、職員が一礼をする。間もなくすると、依頼書が掲示板に貼られるだろう。いったいどんな依頼を出したのか。


「どんな依頼なんですか?」

「あら、興味があるの?」


 頷くと、ララックさんが説明を始める。


「ただの素材集めよ。ヌベラという薬草の、ね」


 曰く、僕達冒険者がよく使用する塗り薬に使われている薬草らしい。その薬は僕以外にも使っている人がいるので、需要の高い薬草だろう。

 ただ、その薬草の生息地帯が気になった。


「けど今だと、なかなか依頼を受ける人が現れないかもしれませんね」


 ここ最近、マイルスダンジョンに入る人が減っている。それはモンスターの生態系が乱れていることが原因だ。上階層はともかく、下階層に行く者は極僅かである。そのうえ近々調査が行われるという話があり、それが終わるまでは大人しく待とうと考える者が多かった。

 それまでの間、多くの冒険者はダンジョンに入らずに済む依頼を受けて金を稼いでいるので、そういった依頼は掲示板に貼られると瞬時に消える。一方でダンジョンに入る必要がある依頼は長く残っていた。

 以前なら、下級ダンジョン向けの依頼は遅くとも一週間で受託する者が現れるが、ここ一ヶ月は二週間たっても受託されないことが多い。ララックさんの依頼が下階層に行く必要があるのなら、依頼を受ける人がすぐに現れないことは僕でも分かった。


「急ぎの依頼ですか?」

「……いえ、そんなことはないわ。けどそういうことなら、のんびりと待つことにするわ」


 なんでも無さそうな表情で言ったが、そのセリフを言う前にほっとした表情になったのを見逃さなかった。依頼を受ける人がいないのに、そんな表情をするのは妙だ。

 少し探ってみることにした。


「じゃあ、僕が受けます。いいでしょ?」

「え?」


 ララックさんが眉を上げ、目を真ん丸と見開く。そんな表情は、滅多に見られないものだった。これほど驚くとは、言う甲斐があったというものだ。

 しかし、その表情を見れたのは一瞬だけだった。


「別に無理しなくてもいいのよ。ヌベラはマイルスダンジョンでは七階層以下に生えている薬草だから、あなたには難しいわ」

「七階層、ですか?」


 生息地帯を聞いて、すぐに無理だと悟った。まだ僕は六階層で足踏みしている現状だ。七階層はとてもじゃないが無理だ。


「だから受ける必要は無いわ。のんびりと待つことにするから」


 僕の様子を察したララックさんに引導を渡される。無理だと判断していたので、僕は特に反論すること無く引き下がった。


「……あと、依頼とは関係ないことだけど」


 ララックさんが眉をひそめる。これも、あまり見られない表情だった。


「あなた、特級モンスターって知ってる?」


 唐突に関係ない話題が出る。知っていた僕は迷わずに頷いた。


「そう。ならマイルスの近くに居る可能性がある特級モンスターを、何か知ってるかしら?」

「居るんですか?」

「居る、と思われるモンスター、よ。居るかもしれないし、居ないかもしれないわ。で、知ってるの?」


 若干イラついているような声だった。少しびびってしまい、勢いよく首を横に振る。

 ララックさんは呆れた顔をして溜め息を吐く。僕は思わず「すみません」と謝ってしまった。


「知っておきなさい。知ってて損はしないから」


 そう言ってララックさんは、ギルドから出て行った。普段のララックさんとは違う様子に戸惑いながらも、僕はその背中を見送る。


「依頼、受けるんですか?」


 依頼を受け付けた職員が、僕に声を掛ける。さっきの話を聞いていたらしい。

 僕が首を横に振ると、職員が依頼書をしまおうとする。

 そのとき、その依頼書が他の依頼と違う点を見つけた。依頼内容を記す欄の横に、赤い文字で書かれた判が押されている。


「あの、これは?」


 その判を指差して聞くと、職員は慣れた様子で答えた。


「それは【緊急】と書かれてます。なるべく早いうちに依頼を受けて達成してくださいという意味です」

「早めに、ですか……」


 ララックさんはさっき、「のんびり待つ」と言った。しかし依頼書には【緊急】と書かれてある。

 矛盾した内容に、僕は首を傾げた。僕を気遣ってそう言ったのか?

 

 彼女の不可解な言動の理由を考えていると、後ろから肩を叩かれたのに気付いた。僕は後ろに振り返る。

 そこには、にこやかな顔を浮かべるミストがいた。


「さぁ、冒険に行こうか」


 その言葉には、有無を言わせない威圧感があった。

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