第6話 初めての護衛依頼
ダンジョンに入ると、大柄なエイトさんが先頭に立ち、次にミスト、僕の順で、細身のチナトさんが最後尾について進んだ。モンスターと遭遇した時は、前から来た場合はエイトさんが、後ろから来た場合はチナトさんが対応し、隙をついて僕とミストが攻撃する手順だ。しかし今のところ僕とミストの出番はない。モンスターと遭遇しても、二人が一撃目で倒してくれるからだ。
エイトさんは大柄な身体を活かして、大剣を振るって敵を牽制し、敵の足が止まったところをすぐに攻撃して仕留める。チナトさんは穂先が広い二股の槍でモンスターを捉えて、動けなくなったところを槍で突いて止めを刺す。二人の巧みな対応ぶりを見ていると、どっちが護衛対象なのか分からなくなった。
「お二人とも強いですねー。これじゃあ私達の出番は無いかも」
ミストも同じように思っていたようだ。たしかにこれだと僕達のいる意味は無い。
「今は二人に体力を温存してもらわないとね。それに僕達はこの辺のモンスターの動きは熟知してるから、楽なもんだよ」
「そうだ。こんなもん朝飯前だ。大変なのはもう少し先だしな」
チナトさんとエイトさんの気遣いで、少しばかり気が楽になった。
当初は二人ずつで前後の敵を相手取る予定だった。しかし、この様子だとチナトさんとエイトさんが一人ずつで対応してくれそうだ。
もちろん、力が必要なら遠慮なく手を出すが、目的の階層のモンスターを相手にすると思うと委縮してしまう。
五階層目のモンスターの相手は、僕達には荷が重すぎるからだ。
依頼の内容は、マイルスダンジョン五階層目まで依頼人のエイトさんとチナトさんを連れて行き、採掘した鉱石を運ぶことである。最初こそ、五階層目という言葉を聞いて依頼の受託を取り消したかったが、二人の素性を聞いてリスクが高くない依頼だと判断した。
二人は冒険者歴三年でダンジョン七階層目まで踏破した実績があるらしい。エイトさんは本業が鍛冶職人で、チナトさんは料理人だが、副業として冒険者の活動も行っている。二人の様に二足の草鞋を履く者は多いらしく、そんな者達の事を兼業冒険者と呼ぶそうだ。
彼らは時折、都合をつけて一緒にダンジョンに向かっているようだ。エイトさんは武器の試し切りや武器作成のための鉱石集めのために、チナトさんは料理に使うモンスターや植物を取るためにダンジョンに入る。
ただ今回は、それとは別だった。
普段、エイトさんの職場では鉱石を十分に貯蔵しているのだが、急な大量注文が入ったため鉱石の貯蔵が尽きたらしい。こういう時は事前に冒険者ギルドに鉱石集めの依頼を出していたが、職人長の不手際で依頼を出すのが遅れてしまった。
このままじゃ間に合わないということで、部下であり兼業冒険者のエイトさんに白羽の矢が立った。
少量の鉱石ならエイトさんとチナトさんでも事足りるらしいが、今回は二人が運んだこともない量を依頼されていた。時間があれば二人でも十分らしいが、早急に必要なため人手を借りることにしたという話だ。
その依頼書が掲示板に張られる前にミストが嗅ぎつけて受託し、フィネさんに推薦された僕が依頼を受けることになった。
複数人での依頼受託、ダンジョン五階層目、どれも初めての事で不安だったが、七階層目まで行ったベテランが一緒だと心強い。
それに初のダンジョンだというのに全然物怖じしないミストを見ていると安心できた。
興味津々にダンジョンを見渡したり、エイトさんとチナトさんに冒険者の話を聞く様子を見ていると微笑ましい気持ちになった。
「三年で七階層目ってことは、最下層の十階層目に行くのってすごい難しいんですね」
「いやぁ、俺らは片手間にやっているだけだからな。本業としてやったら、今頃は中級ダンジョンには行ってると思うぞ」
「兼業じゃあ無理な感じなんですか?」
「無理というかリスクの問題だな。翌日本業の仕事があるのに、副業で怪我するわけにはいかないだろ。鍛冶屋の仕事の方が安定して収入があるしな」
「顔に似合わず安定志向なんですねー」
「顔は余計だよ。まぁ傭兵家業を生業にしてる奴なら、兼業でも下級ダンジョンは踏破できるだろうな。あいつらは人だけじゃなくモンスターと戦うこともあるからな。実際に上級ダンジョン入りを許可された傭兵も、うちの冒険者ギルドにいるぞ」
「なるほどー。けど私はやっぱ冒険者一本だなー。そしたら色んなダンジョンに入れたり、依頼を受けれるでしょ?」
「やる気がある嬢ちゃんだな。そう言えば最近冒険者登録をしたんだって?」
「そうだよ。ずっとなりたかったからさ、15歳になる日を楽しみにしてたんだ」
僕とは全然違う、前向きな理由でミストは冒険者になったそうだ。その表情は、嘘をついているようには全く見えない。ただ、その気持ちをいつまで持つことができるのか心配になった。
ミストが冒険者になる前、同じ理由で冒険者になった少年がいた。しかしその少年は一ヶ月もしないうちに冒険者を辞めた。噂に聞くと、理想と現実のギャップに耐えきられなかったらしい。その少年とミストは似ているように見えた。
「皆、そろそろ気を引き締めてね」
最後尾にいたチナトさんが淡々とした声で言う。一行の前には下り坂があった。
「次が五階層目だよ。本来の目的を忘れないでね」
緩んでいた空気が引き締まる。エイトさんは「おう」と短く返事をし、ミストも「はい」と返事をして前方を見据える。
僕も依頼達成のために、改めて気合を入れなおした。
カンッ、カンッとダンジョン内で音が鳴る。五階層のとある一角で、エイトさんは採掘ポイントに向かってつるはしをふるう。一定の間隔でなるその音は、まるで音楽のようなリズムだった。
エイトさんがつるはしを振るう傍で、そこから出てきた鉱石をチナトさんが拾って鑑識をする。目的の鉱石なら脇に置いているリュックに入れ、違えば取り除いて捨てる。
それを数十度繰り返すと、エイトさんがつるはしを振るう腕を止めた。
「そろそろ移動するぞ」
エイトさんの言葉を聞いて、ミストは鉱石の入ったリュックを背負う。僕はすでに鉱石で一杯になったリュックを背負いなおして、エイトさんのつるはしを受け取った。
「あと少しで終わるから頑張れよ」
「はい」
五階層目に着いてから採掘ポイントを変えるのは、これで五度目だった。変更する理由は、目的の鉱石が出にくくなったことと、モンスターを警戒しているためだ。
五階層まで来ると知恵の働くモンスターがいるため、音を頼りに向かって来ることがあるらしい。だから一定時間経つと、その場から離れて別の場所に移動していた。
現時点では、僕のリュックは鉱石で満杯になり、ミストのリュックもあと1回分の採掘で一杯になりそうだ。僕らのリュックが一杯になったときが、採掘終了のタイミングである。あと少しで終わることが分かると、重かったリュックが少しだけ軽くなったような気がする。
しばらく移動すると、「この辺だな」とエイトさんが僕に手を伸ばす。僕がエイトさんにつるはしを渡すと、リュックを下ろして、ミストと一緒に周囲の警戒を始めた。二人が採掘中のときは僕らが二人を守る番だ。
最後の採掘ポイントは道がうねっている場所にあった。壁がグニャグニャと曲がっているため物陰が出来ている。物陰にモンスターが潜んでいる可能性もあるため、一瞬でも気が抜けなかった。
ミストも僕と同じ気持ちなのか、最初の方こそ他愛もない会話をしていたが、時間が経つにつれて口数が減っていった。会話の無い方が集中できるのだが、先程までよく喋っていたミストが黙ると、少しむず痒くなった。
だが、そんな時間を過ごすのもあっという間だった。
ほどなくしてつるはしを振るう音が止まり、鉱石をリュックに詰める音がする。その後にチナトさんが声を掛けた。
「これで終わりだね」
その言葉を聞いて安堵の息が漏れた。幸いにもモンスターとは遭遇しなかったが、いつ来るか分からない状況で焦らされ続けるのは精神的にきつかった。
「二人ともご苦労さん。あとは僕らが護衛するから荷物をお願いね」
「それは……安心できます」
「おう。この階層のモンスターなら余裕だ」
頼もしい言葉が聞けて肩の荷が降りた。二人に任せればモンスターは大丈夫だ。五階層に来るまでのモンスターも、二人が軽々と退治していた。一階層違うだけのモンスターなら大丈夫だろう。
「けど、ここに来てから全然いませんでしたね、モンスター。いつもこんな感じなんですか?」
ミストの疑問は、僕も感じていたものだった。四階層目までは一階層目と同じくらいの頻度でモンスターと遭遇したが、五階層目に来てからは一度も見ていない。
「いえ……いつもなら採掘中に二・三度襲い掛かって来ます。たしかにおかしいですね」
チナトさんも感じていたようだが、「まぁ良いじゃねぇか」とエイトさんが言う。
「俺達のやることは終わったんだ。さっさと出てしまえば問題ねぇ」
その意見もごもっともだった。居ないなら居ないに越したことは無いし、出てしまえば関係の無いことだ。
「そうですね。さっさと帰りましょう」
僕がリュックを背負うと、ミストも同じようにリュックを背負おうとする。
しかし、その途中でミストは動作を止めた。
「ミスト、どうしたの――」
瞬間、ミストが僕の口を手で塞ぐ。次に「しぃー」と自分の口に指を当てる。
「何か来てる。あっちから」
ミストが指した方に一同が視線を向ける。耳を澄ますと、たしかに音が聞こえた。ゆっくりとしたテンポで、重量感を感じられるような音だ。だが距離が遠く暗いため、その音の正体を探ることができない。
徐々にその音は大きくなる。おそらくモンスターが近づいているのだろう。だが、エイトさんとチナトさんがいるのなら大丈夫なはずだ。
そう思って呑気に見ていると、徐々にモンスターの輪郭が浮かび上がってくる。
そのモンスターは四足で歩き、腰ほどの高さで横幅も広い。なかなか重量感のありそうなモンスターだ。松明の明かりに照らされて、徐々に色も分かるようになる。
途端に、全身で鳥肌が立った。
モンスターは灰色の毛皮に覆われているが、口元と前足が若干黒ずんでいる。太くて大きな足は、僕を一振りで薙ぎ倒せるように思えた。どっしりとした歩みは、どこか余裕を持っているようにも見える。
あれが五階層目のモンスターなのか。マイルスダンジョンを攻略することになったらあんな生き物を相手にしなきゃいけないのか。途端に冒険者を辞めたくなった。
何とかして逃げないといけない、そう思ったとき、不意に腕を強い力で引っ張られた。エイトさんが僕の手を引いて壁に押し付ける。曲がりくねった道が功を奏して、身を隠すことができた。
「おいチナト、どういうことだ? あれ、グロベアじゃねぇか」
「僕だって聞きたい。もしかしていつもより早いのか」
二人が小声で状況を整理する。切羽詰まった表情から焦っているように見えて、若干不安になった。
「グロベアってあのモンスターの事?」
ミストの質問に、二人が同時に頷く。
「九階層目に生息しているモンスターだ。このダンジョンで一番のパワーと耐久力があり、見た目によらず足も速い。普段は温厚だが、餌を探しているときのあいつはやばい。このダンジョンを踏破したことのある冒険者も、一瞬で葬る程凶暴になるからだ。このダンジョンの死因の四割は、あいつの仕業だとも言われている」
「けど、九階層目のモンスターがなんでここに?」
「僕の方が知りたいよ。グロベアが五階層に来るなんて聞いたことがない。異常事態だ」
「異常でも何でも良い。何とかしないと見つかるぞ」
先ほどまで自信満々だった二人が狼狽えている。雲行きが怪しくなり、二人の緊張感が伝わってきた。
だが迷っている間にも、徐々にグロベアの足音が大きくなる。確実にこちらに近づいている。見つかるのも時間の問題だった。
「グロベアって眼が悪いのかな?」
ミストは平然と二人に質問をする。この状況を理解していないのか、淡々とした様子に二人は若干驚いていた。
「その通りだが、なんで分かったんだ?」
「こっちからは結構はっきりと見えるのに、向こうは気づいてないっぽいし、その辺の匂いを嗅ぎながら歩いてるから」
確かにグロベアは周囲に鼻先を向けながらゆっくりと歩いていた。冷静に考えたら推測できるかもしれないが、初めて見たモンスターを相手に何でそんなに早く気づけるんだ。
「……視力はそこまで良くないらしい。だから耳や鼻を使って獲物を探すらしいと言われているが……」
それを聞いたミストは、足元に落ちていた拳ぐらいの大きさの石を数個拾った。そして少しだけ物陰から身を乗り出すと、素早く石ころを投げる。
ミストが投擲した石はグロベアの真上を通り越して暗闇の中に消えていく。その直後に石が地面に落ちる音がするとグロベアは静止し、音がした方向に向き直す。ミストは続けて同じ場所に石を投げると、グロベアは再び石が落ちた音に向かって移動し始める。
少し待つとグロベアの姿が見えなくなり、足音も聞こえなくなった。
「今のうちだ。行こう」
チナトさんの合図を聞く前から、皆は逃げる準備を始めていた。
何とか助かる。そう思うと少しだけ気が緩んでしまう。
そのせいで、足元に落ちていた鉱石に気付かずに踏み、バランスを崩してしまった。
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