第5話 ボーイミーツガール

 ダンジョンに備えられた松明の下、僕はゆっくりと忍び足で歩いていた。一歩一歩、足音を出さない様に目標に向かって近づく。

 10メートル先には鳥型モンスターのコッコがいた。道の真ん中に一匹、普通のコッコよりも大きいサイズだ。今までは体長30cm程度の個体しか見たことなかったが、目先にいるのは50cmもあった。

 コッコの素材は需要が高い。羽は衣類や布団、飾りなどに使われるため人気がある。身が締まった肉の味も良く、口に入れたときの触感はちょうど良い歯ごたえだ。煮ても焼いても美味しく調理ができる汎用性の高さも人気の1つである。売れる素材が多いので、新人冒険者にとっては財布を潤してくれるありがたいモンスターだった。


 口の中の唾を静かに飲み込む。目の前にいるコッコは是非とも仕留めたい。コッコは逃げるのが早いうえに、嘴の攻撃が非常に痛いのだ。死ぬことは無いが、何度も啄んでくるためかなりうざったい。それにピンチになると鳴き声を出して仲間を呼んで来て一斉に冒険者を攻撃し、しばらくすると一斉に逃げるという通り魔のような行動をとる。すでに三度、同じ目に遭っていた。

 その経験から得たことは、見つからずにすばやく、確実に一撃で仕留めるのが一番良いということだ。


 コッコの倒し方を頭に思い浮かばせながら距離を詰める。コッコまであと5メートル。まだコッコは地面にいる虫を突いていて僕に気付いていない。

 このまま一気に距離を詰めたいが、コッコは臆病なモンスターだ。背を向けているが、耳は周囲の音を聞いて警戒しているかもしれない。最後まで慎重に詰めることにした。


 4メートル、3メートル、2メートルと徐々に距離を詰めていく。何事も無くあと1メートルのところまで近づくと、剣を強く握って攻撃する準備をする。


 そしていよいよ攻撃しようと意気込んだ時、道の奥から音が聞こえた。

 複数人の足音と話し声が反響して耳に届く。音は徐々に大きくなる。食事をしていたコッコにも当然聞こえている。コッコは顔を上げて、音がする方を見ていた。

 今のうちに攻撃しようと剣を構える。と同時にコッコは僕の方に振り返った。


 僕の眼とコッコの眼が合い、お互いに硬直してしまう。僕はいきなり振り向かれて、コッコは振り向いた先に敵がいたことに驚き、あまりの衝撃に動けなくなっていた。

 直後、我に返った僕はチャンスと見て攻撃を仕掛けた。小さく剣を振って、コッコの身体を狙う。突いた方が致命傷を与えられるが、躱される可能性も高い。短く振って確実に当てる。剣先はコッコの胸に到達するが、寸前に気づいたコッコが退いたせいで致命傷は与えられなかった。

 コッコが僕の横を走り抜けようとする。だがその動きにはコッコ本来のすばしっこさが見られない。与えた傷の影響かもしれない。

 すかさず低い姿勢で薙ぎ払うように剣を振る。剣がコッコの足に当たると耐えきれずに転ぶ。その隙を逃すことなく、転んで動きが鈍くなったところを狙って剣で突き刺した。首に剣を刺されたコッコは、しばらくすると身体が動かなくなった。


 無事に倒せたことで安堵の息を吐いた。大物を狩れて満足感に浸っていると、「お、やってるねー」と声が聞こえる。さっきの声がした方向から四人組の男女が歩いて来ていた。


「お、でかいコッコだな。おめでとさん」


 自己紹介をしたことは無いが、見たことのある顔ぶれだった。男二人、女二人の若い四人組。噂に聞くと四人とも王都出身で、冒険者になるためにマイルスに来たらしい。


「こんなでかいコッコは見たことないなー」

「ねー。というか、三階層目にはコッコすらいないじゃん」

「そりゃ、でかけりゃ狙われるでしょ。下だとコッコより強いのが山ほどいるんだし」


 よほど珍しいのか、コッコトークが続いている。そろそろコッコを解体したいのだが、話の邪魔にならないかと気になって、なかなか作業に入れなかった。


 しかし最初に声を掛けた青年が僕の顔を見ると、ハッと気づいた素ぶりを見せた。


「あー、ごめんね。狩りの邪魔して。俺達そろそろ行くから」

「あ、いえ。大丈夫です」


 何が大丈夫なのかと、自分で突っ込みを入れたい返答をしてしまった。しかし彼らは気にせずその場から離れた。


 横を通り過ぎていく際に彼らの装備を盗み見た。デザインの良い防具に、頑丈そうな武器。どれも僕よりワンランク上の装備だ。


 他の冒険者が自分より良い装備を持っていることに嫉妬しているというわけではない。ただ彼らは、僕よりも後に冒険者になった。

 人数が多い方がダンジョンやクエストの効率が良いことは知っている。それでも後から冒険者になった者が、自分より先に進んでいるということに劣等感を感じざるを得ない。


 せっかく美味しいモンスターを倒したというのに、自然とため息が出てしまった。





 冒険者になってから1ヶ月、食い扶持と宿代程度は稼げるようになっていたものの、その日暮らしの生活が続いていた。


 冒険者ギルドでモンスターの素材を買い取ってもらった後、僕は武器屋に立ち寄った。最初に装備一式を買って以来の訪問だ。あの時は何も考えずに安い装備を揃えたが、他の冒険者達を見ていると色んな装備を見てみたくなった。

 全身を甲冑で包んで大きな武器を持っている者がいたかと思えば、逆に軽くて動きやすそうな服を着て小さな武器を持っている者もいる。派手な色の装備や、地味な薄暗い色の装備。大剣やハンマーといった近接武器、弓やボウガンなどの遠距離武器。探してみるといろんな装備が目に入った。皆それぞれ、自分に適した装備を揃えているようだ。

 その一方で、自分がいかに装備を軽視していたかを知って恥ずかしくなった。お金が無かった最初の頃ならともかく、いつまでも同じ装備では先が不安だ。今はマイルスダンジョンの一階層を攻略した程度だが、先に進むにつれて装備も重要になってくる。そのためにも、新たな武器を手に入れるべきだと思った。


 早速、店に並べられた武器を見ていく。欲しいのは自分に合い、かつグレードが上の装備だ。一致する装備があれば目標が具体的になり、今後の励みになる。


 武器や防具を見ていると、ここには下級・中級冒険者向けの装備が多くあった。1つ上のグレードの装備の武器だと20ルパー、防具一式だと1ゴラドだ。今日買い取ってもらったコッコのおかげで、現在の残高は15ルパー。あと少し頑張れば武器は買えそうだった。

 しかしながら、自分に適した武器を探すとなると容易には買えない。僕に合う合わないを確かめるには、実際に使ってみないと分からないのだ。剣以外の武器だと最低でも10ルパー。これが上のグレードならともかく、入門用武器でこの値段は厳しい。仮に僕に適していても、すぐに上等な武器が必要になるからだ。お金に余裕があるのならば色んな武器を試せるが、今の段階では金銭的な問題で無理だ。それとも先行投資的な意味で買うべきなのか。


「おい、兄ちゃん」


 どうこうと悩んでいると店長らしき人が声を掛けてきた。横幅の広く、厳つい顔をした男性だ。貫禄のある顔から、それなりに歳を取っていることが窺えた。

 声を掛けられた理由が分からず、「はい」と返事をする。悩みごとの相談に乗ってくれるのかと期待した。


「買わないんだったら出て行ってくれねぇか? 邪魔だから」


 そんなに甘い世間ではなかった。




 とにかく金が必要だと、改めて確信した。

 武器を試すにも揃えるのにも、それを買う金が無ければ始まらない。店の人も暇じゃない。彼らは買おうとしている人を相手にしたがっている。お金が無いと話すら碌に出来ないのだ。


 武器屋から出て冒険者ギルドに着くと、僕は掲示板の下に向かった。

 掲示板には、難易度を問わずに色んな依頼書が貼られている。特定の素材集めや迷惑をかけているモンスターの討伐、ダンジョン内の要人の護衛など、色んな依頼があった。

 僕はその中から自分でも達成できそうな依頼を探す。依頼を受けても、難易度が高くて失敗したら意味がないのだ。


 しかし掲示板に貼られている依頼書の中には、あまり良いものは無かった。

 文字が読めない僕は、新しい依頼書が貼られるたびに職員の人に読み上げてもらっていて、それらの内容を覚えている。今掲示板にある依頼書は、報酬が安かったり、一人では達成が難しいもので、前に見たときと同じものばかりだった。

 

 僕が望んていたのは、一人でできて報酬も良い依頼だ。そういう依頼はたまにあり、今までに2回ほど受けたことがあった。効率よく稼げるので、新人にはもちろん、経験を積んだ冒険者にも人気がある。

 そのため、効率の良い依頼は、掲示板に貼られたらすぐに他の冒険者が受注してしまうことが頻繁にあった。


 そう都合よくはないか。諦めて報酬が安い依頼を受けることにしよう。

 依頼は依頼書を受付に持って行けば受注ができる。依頼を受けようと掲示板に貼られた依頼書に手を伸ばしたときだった。


「ちょっと待って」


 伸ばした手が何者かに掴まれた。掴んだ手は柔らかく、その感覚だけで女性であると分かった。

 声がした方向を見ると、一人の少女がいた。


 オレンジ色のショートヘアで、身長は僕より少し小さい可憐な少女。彼女は僕の手を掴んだまま、申し訳なさそうに尋ねて来た。


「いきなりごめんね。君、依頼を受けようとしているんでしょ?」


 いきなり手を掴まれたことに驚きつつ、「う、うん」と肯定する。


「じゃあさ、一緒に依頼受けない? あそこにいる依頼人が、あと一人は人手が欲しいって言ってるの」


 少女が指した方向には、黒い短髪の大柄な男性と、金色の短髪で細身の男性がいた。二人は僕たちの方を見ず、親しげな様子で会話をしている。


「依頼は二人の護衛と荷物運び。今からダンジョンに向かうんだけど、急な依頼だからその分報酬は高いの。一人50ルパーだって」

「やる」


 間髪入れず、承諾の返事をしていた。冷静に考えなくても割のいい依頼だと分かったからだ。


 少女は明るい顔で「ありがとう! じゃあ、早速行こう」と僕の手を引いた。急な強い力で倒れそうになったが、何とか足を踏み出して持ちこたえた。

 少女は僕を依頼人のもとに連れて行こうとする。けどその前に、疑問を1つ解決したかった。


「何で僕を誘ってくれたの?」


 目の前にいる少女は、今初めて知り合った相手だった。僕は毎日冒険者ギルドに来ているが、少女の姿に見覚えが全くない。しかも僕はお世辞にも優れている冒険者とは言えない。

 知り合いではなく実力者でもないそんな僕をわざわざ誘う理由が分からなかった。


「多分僕達は初対面のはずだけど……」

「うん、初対面だよ。あたし昨日ここに来たばっかりだしね」


 少女は平然ととんでもないことを口にした。

 ダンジョンは危険がいっぱいだ。冒険者を襲うモンスターが生息し、道に迷ってもおかしくない迷路のような場所である。リンさんからは、まずダンジョンに慣れた後に依頼を受けるのが良いと僕は教えられた。

 しかし少女はダンジョンに入った経験が無いにもかかわらず、ダンジョンに入る依頼を受けた。その度胸は、豪胆というより馬鹿なのではないかと疑ってしまう。


「君を誘ったのは職員の人が薦めてくれたからだよ。フィネって子なんだけど、知ってる?」

「フィネさんが……」


 僕は周囲を見渡してフィネさんを探す。フィネさんは受付で冒険者と話をしている。初めて会った頃とは違って慌てずに、そのうえで元気な声と笑顔で対応していた。

 冒険者が受付台に視線を下げたとき、僕に気付いたのか、彼女と目が合う。するとフィネさんは、軽く小首を傾けて微笑みかけてくれた。


 笑顔を見せてくれた時間は一秒くらいだった。だけどあの表情は、僕の知っているフィネさんの笑顔とは随分と違って優しく見えた。

 そのせいかフィネさんの顔がいつもの元気な笑顔に戻っても、さっきの笑顔が目に焼き付いていた。

 動揺して鼓動が大きくなっている。あれは気のせいだ。多分営業用の笑顔だろうと言い聞かせて、動悸を鎮める。


 少し冷静になった僕は、フィネさんのおかげで依頼を受けられることを思い出す。依頼が終わったらお礼を言っておこう。


「知ってるよ。とても、良い人だ」


 なるべく平静を保って、僕はそういった。それを聞いて少女は満足そうな笑みを見せた。

 少女が再び僕の手を引く。


「じゃあ、行こっか」

「うん……そう言えば、君の名前は?」


 肝心な自己紹介をしていなかった。少女も「おっと、忘れてた」と気付いてから僕の顔を見る。


「私ミスト、15歳。よろしくね」

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