第3話 マイルスダンジョン
ダンジョンはマイルスから、そう離れていない場所にあった。
冒険者ギルドから出て北に向かって少し歩くと、城壁と街の外に出られる門があった。門の周りには街を出入りする冒険者や商人達が多くいた。その人の多さに眩暈がしそうになった。
「おう、リン! 今帰ったぜ。今日も大量だ!」
「リンさん。リンさんのアドバイスのお陰でクエスト達成できました! ありがとうございます!」
「この前は助かったよ。良い冒険者をよこしてくれたお陰で無事に仕事が終わったよ」
北門に着くまでの間、リンさんはいろんな人達に声をかけられていた。その度にリンさんは手短に、しかし丁寧に返していた。ただの職員だと思っていたけど、思ってたより偉い人なのかもしれない。
北門を出ると門の近くには馬車が多く止められる広場と近くには待機場と思われる施設があった。正面には広間に繋がった大きな道があり、道から離れた東西の方角には森があった。
20分ほど道を進むと、西の森の方に小さな道が見えた。リンさんと一緒に小道をさらにしばらく歩くと10分ほどで洞窟が見えた。
マイルスダンジョン。僕が初めて入るダンジョンの名前だった。
「ダンジョンには様々なモンスターがいます。しかし基本的には、洞窟内のモンスターの強さは同じくらいです。階層ごとにモンスターの強さは多少変わりますが、大きなレベル差はありません」
ダンジョンの中を進みながらリンさんが説明をする。洞窟の壁には松明が備え付けられているので、それほど暗くはない。だけど時々道に凹凸があるため、足を取られてしまうことがあった。リンさんは足場の悪い道であるにも拘わらず、足元を見ずに進んでいた。
「モンスターの強さによって、ダンジョンの危険度も左右されます。ダンジョンの危険度は、下級・中級・上級の3つに区分されています。それぞれの危険度によって、ダンジョンに入れる冒険者も限られます。下級ダンジョンは誰でも入れますが、中級ダンジョンには下級ダンジョンを踏破した中級冒険者か上級冒険者しか入ることが許可されません。上級ダンジョンは、中級ダンジョンを踏破し、さらに冒険者ギルドの試験に合格した上級冒険者だけです。ここまでで何か質問はございますか?」
「……大丈夫です」
色々な情報がいっぺんに入ってきたが、何とか順番に整理する。要は各ダンジョンには危険度が設けられており、その危険度によって入れる人が限定されるということだ。そして僕が今入れるのは下級ダンジョンだけ。
「分かりました。では――」
話の途中でリンさんは一歩前に出て刀を抜いた。抜いた刀を上空に突き刺すと、直後に短い呻き声が聞こえる。リンさんが刀を下ろすと、刀の先には両手を広げたくらいの大きさのモンスターが突き刺さっていた。手と翼が一体化した黒色の体のモンスターだった。
リンさんは刀からそれを抜くと、ゴミを捨てるかのような気軽さで道の端に捨てた。
「説明を続けます」
何事もなかったかのように、再び歩きながら説明を始める。淡々とした対応に少し背筋が寒くなった。
「ダンジョンの場所ごとに生息するモンスターも変わります。ダンジョンごとに戦略を立てて進むのが定石です。中級冒険者でも慣れていない下級ダンジョンに入ったときは、モンスターや地形の違いで苦戦するという方も大勢います。常に注意深くいることが大事です」
リンさんは歩を止めて僕の方に向く。「着きました」と一言言って、僕を前に出るように促す。
前に出るとその先には柵が設けられており、奥の道は下り坂になっていた。柵の手前には看板が立っており、【マイルス下級ダンジョン】と書かれている。
この先に危険なモンスターがいる……。
自然と生唾を飲み込んでいた。胸の鼓動が大きくなっている気がする。だがそれは恐怖によるものだけじゃないと分かっていた。
「では、行きましょう」
再びリンさんが前に出て進む。足元に注意しながら僕もすぐに付いて行った。
それほど急な坂道ではなく、路面もほぼ平らなためこける心配はなさそうだ。何人もの冒険者が行き来してるため整備されているのだろう。
ほどなくして坂は終わるとリンさんは立ち止まり、さっきと同じように前に出るように勧められた。
「ダンジョンには命を脅かすモンスターが生息しており、ここから先は誰も命の保障はしてくれません」
「……はい」
リンさんの真剣な言葉を聞き、僕は再び気を引き締める。
「けど今はご安心ください。先ほども言いましたが、この付近にはモンスターはあまり来ません。来たとしても普通の大人でも倒せるレベルのモンスターぐらいです。それから――」
リンさんは前方の道を指し示す。そこには洞窟と同じように松明が等間隔で設置されている。
「ダンジョン内に備え付けられている松明は、下層へと続く最短ルートを示しています。早く下に行きたいときはこの松明を頼りに進めば大丈夫です。下に行くほど強力なモンスターが生息しますが、素材は高く売れます。自身の実力に合った階層でモンスターを狩るのが最適です。あと――」
説明の途中でリンさんは視線を僕から外して、刀を握りしめた。何事かと思った直後、前方から音が聞こえ始めた。その音はどんどんと大きくなっている。時間が経つと、その音が足音だと分かった。しかしひとつだけじゃない。かなりの多さだ。
松明が備えられている道の脇から、それは現れた。丸っこくて小さな手足と長い尻尾が特徴のモンスター、チュールだ。村に居たときも目にしたことがあるモンスターだが、あのときのチュールは僕でも退治できるほどに小さくて弱かった。
だが目の前にいるチュールは倒せる自信が無い。村で見たチュールは僕の足くらいの大きさだったが、このチュールはあのときよりも五倍くらい大きい。しかもそれが十匹くらいいた。
「珍しいですね。二、三匹ならともかく、こんなにも出てくるとは」
びびっている僕とは違い、リンさんは冷静だった。なぜそんなに悠長にしていられる理由が、僕には分からなかった。チュール達は完全に僕達を捕らえており、明らかに襲い掛かろうとしているのに。
あれほど大量のモンスターを相手にできるわけがない。すぐに逃げようと重心を後ろに動かした直後だった。
「わたくし達は運が良いですね」
リンさんは嬉しそうな声でそう言った。思わず僕は「へ?」と間抜けな声を出してしまう。
この状況を前にして「運が良い」だって? 僕の頭には、「死」の文字が浮かんでいるというのに。
「ちょうどモンスターを探そうと思っていたところでした。その手間が省けます。しかも――」
チュールの群れとの距離が10メートルくらいになると、リンさんは突然群れに突っ込んでいった。あっという間に距離を詰めると、先頭のチュールを一瞬で切り裂いた。太刀筋が見えないほどの抜刀に、ただただ唖然とした。
直後に残りのチュール達がリンさんに襲い掛かったが、リンさんは難なく躱しながら即座に刀を返していく。目に留まらないほどの斬撃を繰り出し、瞬く間に全てのチュールが息絶えていた。
リンさんは刀についた血を拭き取ってから、刀身を鞘に納めた。
「10匹もいたら素材を剥ぎ取るための練習台には十分ですね。素材の剥ぎ取りは冒険者の必須スキルです。これで思う存分練習ができます」
淡々と話すリンさんの顔には、たった今斬り伏せたチュールの血がついている。
何事にも動じない冷静な様子に、頼もしさを超えた恐怖があった。
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