第2話 交易都市マイルス

 冒険者ギルドという施設がこの街にはあった。大きな街には必ずあり、そこに行けば冒険者になれるということだった。マイルスの冒険者ギルドはマイルスの北区にあり、そこまでの道のりをララックさんに教えてもらった。

 

 早速冒険者ギルドに向かおうとして、大通りを北に進んだ。港近くの通路には、食材や資材を売っている店が建ち並んでいる。道を行き来する人達も、それらを職人や料理人といった仕事の格好をした人が多そうに見えた。

 しばらく歩くと通路の様子が変わる。良い匂いがしてきたり、珍しい物が並んでいる店が増えてきた。家に飾る様な置物や装飾品などが売られており、旅行者の格好をした人達がそれを見たり触って楽しんでいる。それらを購入して喜ぶ姿を見せていた。他の旅行者は、屋台で作られた料理を買い、それを歩きながら食べている。一目見ただけでも美味しそうな串焼きが、旅行者の口の中に消えていく。食べたくなったが節約したいので我慢した。

 様々な誘惑に駆られながらも耐えていると大きな広間に出た。中央広場と呼ばれている場所で、ここで様々な催し物が行われているそうだ。広場には多くの人が居たので何かあるのではないかと期待しながら歩いたが、別の通りに入るまでに何も起きなかったのでこれが普通の事なんだなと理解した。

 

 広場の北西にある通りを進んでいると、周囲の人達の格好がまた変わる。鉄の鎧を着た大柄な人、目立つ色で派手な装飾品を身に付けた青年、露出した服を着て大きな武器を持った女性等々、物騒な人達が目に入る。おそらくこの辺は、傭兵や冒険者が多い区域なのだろう。

 色んな武装をする人々に視線を奪われながら歩いていると、目的の看板が視界に映った。看板には盾と剣が重なった絵が描かれている。冒険者ギルドの目印だった。

 

 看板が掲げられた建物の前で、僕は一つ深呼吸をする。ここから新しい人生が始まると思うと、緊張せざるを得ない。一回だけでは落ち着けず、もう一度深呼吸をする。先ほどよりかは落ち着けた。

 僕は扉の取っ手を掴んで引いて扉を開ける。まず目に入ったのは何人もの人が並べる広い空間と、その奥に配置されている仕切りの付いた長机だった。左右を見渡すと左側には文字が書かれた羊皮紙が何枚も貼られてある大きな掲示板と上の階に続く階段があり、右側には100人ほどが座れるテーブル席が見える。どちらにも人影は無かった。

 視線をもとに戻して前を見ると、長机の向こう側で動く姿が視界に入った。白いシャツと若草色のロングスカートを着て、その上に白のエプロンを身に付けている。おそらくここの職員なのだろう。あまり身長が高くない僕よりも少し小さい少女が、一本に束ねた腰まで伸びている濃い茶色の髪を揺らすほど慌ただしく動いていた。彼女は僕の正面に立つと、愛くるしい笑みを見せて「おはようございます!」と小さな身体に似合わない大きな声で挨拶をした。

 

「こちらはマイルス冒険者ギルドです! 薬草探しからモンスター退治まで、どんな仕事でも受け付けます! どんな依頼でしょうか?!」

 

 元気すぎる声に勢いに圧され、一歩後退してしまいそうになった。負けじと踏ん張ってから長机の前に移動する。

 

「えっと……依頼じゃないです。ここに来れば冒険者になれるって聞いたので……」

「……ということは冒険者登録ですか?」

「たぶんそれです」


 用件が伝わったことに僕は安心したが、一方で彼女は硬直していた。表情が固まり、翠色の目がキョロキョロと動いている。何かまずいことでもあるのだろうか?


「あのー……何か問題あったでしょうか?」

「あ、いえ、あると言えばあるのですが……無いと言えば無いというか……」


 要領の得ない答えに少しイラついた。からかわれているのか。

 疑心を抱いていると、彼女は申し訳なさそうな顔を見せた。

 

「ごめんなさい。……わたし、ここに入ったばかりの新人なんです。だから出来ることが少なくて……」

 

 合点がいった。つまり冒険者登録の手続きを知らないという話だ。ついてない。冒険者になりたくてここに来たというのに、それが出来ないとは思わなかった。

 決意を新たにして一歩踏み出したが、出鼻を挫かれた気分だった。僕は肩を落として溜め息を吐いていた。

 

「あ、けど――!」

 

 少女が大きな声を出す。

 

「知ってる人が居るので呼んできます! ちょ、ちょっと待ってください――あがっ!」

 

 振り返った少女は何かにぶつかって、その場に尻餅をついて止まった。

 少女の前には長く綺麗な黒髪の女性が立っていた。背筋がピンと伸びており、僕よりも一回りほど身長が高いスラっとした体格で肌は透き通るほどに白い。顔立ちが整っていて、睫毛が長くやや吊り目で瞳が黒い。一目見て思ったのが、「綺麗」という言葉がとても似合っているということだった。

 少女は鼻を手で押さえながら女性を見上げると、慌ててすぐに立ち上がった。

 

「り、リンさん! ちょうど良かったです。今呼びに行こうとして――」

「分かってます」

 

 リンと呼ばれた女性は、白のシャツに黒いスカートと同色のタイツとブーツを履いていて少女とは服装が違うが、その態度から同じ職員だと分かった。

 リンさんは僕の前に立つと頭を下げた。

 

「ご不便をおかけして申し訳ありません。冒険者登録でよろしかったでしょうか?」

 

 丁寧な対応に少々むずがゆく思ったが、慣れた人が来てくれたことに安心感を持った。僕がうなずくと、リンさんは手元に文字が書かれた羊皮紙を用意した。

 

「では登録を始めます。こちらに必要事項を記入してもらいます。字が書けないようでしたら代筆いたします」

「えっと、代筆をお願いします」

「畏まりました。ではいくつかの質問をいたしますので、それに答えてください」

 

 リンさんは僕に質問を始める。どんなことを聞かれるのかと身構えたが、その内容は名前・年齢・出身地といった身元確認と、過去の仕事や冒険者としての経験の有無を尋ねられただけで、3分も掛からずに質問は終わった。

 

「冒険者登録はこれで終わりです。今から冒険者としての稼ぎ方と掟について説明します。これはどの冒険者ギルドでも共通の知識なので覚えてください」

「は、はい」

 

 長い説明になりそうな予感がして少し緊張する。覚えるのはあまり得意ではなかった。

 身構えて待っていると、「では――」とリンさんが口を開く。


「少し準備をします。その間はフィネさん、ヴィックさんへの説明をお願いします」

「は、はい!」


 フィネと呼ばれた少女が上ずった声で答えた。リンさんは僕達から離れて階段を登っていった。

 気まずい空気が流れた。僕は説明を受けようと待ったが、フィネさんは緊張しているのかなかなか動かない。困惑顔を浮かべて、「えーっと」とか「あのー」とか言って、喋りづらそうにしている。初対面の印象から元気で勢いのある人かと思ったが、一方で失敗を後に引きずる性格でもあるようだ。

 

「フィネさん、でしたっけ?」

 

 とりあえず、僕の方から話しかけた。適当に雑談すれば緊張もほぐれるだろう。

 

「はっ、はい! フィネです!」フィネさんが驚いた顔を見せた。

 

「自己紹介してなかったね。僕はヴィック・ライザー。十五歳になったばかりなんだ」

「し、知ってます! 先ほど聞きました! わたしはフィネ・レッシュです! わたしも十五歳です!」

「えっと……元気が良いよね。いつもそんな感じ?」

「はい! よく言われます! それが良いっていう冒険者さん達がよく居て……」

 

 フィネさんは急にしおらしくなると「さっきはすみませんでした」と謝罪した。

 失敗して落ち込むことは当然だ。よほど図太い神経でもない限り、失敗直後はこうなるだろう。

 けれど、彼女にはその態度は似合わないように思えた。

 

「あのさ……僕も良いと思うよ。元気なのは」

「そ、そうですか?」

「うん。あんな風に迎えられたのは初めてだったから、嬉しかったんだ。だからこれからもフィネさんの元気な声が聞きたいなーって」

 

 叔父の下に預けられた間、僕にかけられた言葉のほとんどが、罵倒や嫌みの類だった。普通に挨拶されることは滅多に無く、碌な会話もできなかった。

 だからフィネさんに明るい声で挨拶されたとき、僕は言葉に表せない感激を得ていた。たとえあれが彼女にとっては何気ない挨拶でも。

 

「良かったー。怒っているのかと思っちゃった。働き始めてまだ一週間も経ってないので、ちょっと不安だったんです」

 

 フィネさんは気を緩めて息を漏らす。緊張して強張っていた表情が解れている。これならもう大丈夫だ。

 

「全然怒ってないよ。だから気にしなくてもいいからね」

「はい……あ、いいえ! 気にします!」

 

 なぜか元気な声で否定された。

 

「心に残して、元気な挨拶をし続けますので、存分に嬉しがってください!」

 

 フィネさんはよく分からない理論を展開した。変な理屈だが失敗して怖気づくよりも前向きに捉えて次に活かす方が全然良い。

 それにこんな風に接してくれる事が嬉しかった。彼女の好意を無駄にしたく無くて、僕は反論せずに肯定した。


 

 

「説明は終わりましたか?」


 一通りの説明を聞いた頃にリンさんが戻ってきた。


「はい! 冒険者ギルドのこともちゃんと教えました」

「ご苦労様です。ではヴィックさん、荷物を彼女に預けてください。歩きながら説明します」

「……歩きながら? どこに行くんですか?」

「冒険者なら誰もが向かう重要な場所です」

 

 そんな場所があるのかと考えていると、ふと違和感を覚える。リンさんの格好が先ほどと違っていたからだ。

 シャツの上から黒い上着を着ており、靴もブーツからヒールの無い靴に履き替え、腰の左側には細長い棒状のようなものを提げている。どこかで見覚えがあると思い出そうとしていると、ついさっき見たものだと気づいた。

 それは冒険者ギルドの前の通りで見た人たちが持っていた武器と同じだった。


「では、ダンジョンに行きましょうか」


 そのとき僕は、フィネと同じくらい固まってしまった。

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